016,逆転の発想
指名依頼書の確認が終わる頃には、料理も届き、一端食事タイムだ。
とはいっても、ミネルバが昨日同様色々と今日のことを合間合間に話してくるのを聞きながらだけど。
ボクも頑張って今日したことを喋ってみたけど、全部単語だった。
まあ、ミネルバはそれでも理解してくれたから大丈夫だけど。
やっぱり無理して喋るべき必要はないよね。
「聖竜湖は観光名所にもなっているくらいなのよ。でも街の外だとやっぱり弱い魔獣がいるから、街の中からみるのが普通ね。ソラさんは戦えるのよね?」
「ん。つよい」
「それなら大丈夫ね。でも気をつけてね。たまに聖竜湖から出てくる魔獣は加護とは関係なしに強い魔獣もいるから。加護のおかげで出て来る頻度は低いんだけど、たまにあるのよね。あ、でも突撃マグロをソラさんしとめてるのよね? じゃあ大丈夫かしら」
「平気」
「ふふ。ごめんなさい。そうよね、ソラさんなら平気よね」
微妙に生暖かい目でみられているような気がするが、実際にミネルバにボクの戦闘力をみせたことはないのだから仕方ない。
だって見た目的にはボクは幼女寄りの少女という、大変に可愛らしく可憐な容姿をしているし、マントで隠しているけど体も華奢だからね。
その目でみてみるまでは、いくらボクが強いといってもなかなか信じられないだろう。
それもそのうちわかることだろうから、別にどうしても訂正すべきことではないし。
「あ、そうそう。この指名依頼書だけど、このあと冒険者ギルドにいって受け付けてもらって、受けてもらっていい? 朝の冒険者ギルドは混んでるから」
「わかった」
「ごめんね。明日は夕飯を食べる前にやれるように準備しておくから」
このあとの予定も決まり、のんびりと食事に戻る。
ちなみに、今回の料理は魚の煮付けに謎肉の串焼きが数本とアルコールをものすごく薄くして甘めの果物で割ったジュースだ。
謎肉の串焼きが少し大きめでボリュームがある。
魚の煮付けは今ひとつだったが、謎肉の串焼きはまあまあだった。
ちょっと肉が筋張っていて堅いが、塩を振っただけでもそれなりに美味しい。
ジュースは甘めのミカン味だった。
総評すると、謎肉が何の肉なのかちょっと気になった、という感じかな。
もう、料理の感想じゃないね!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
食事を終えて、暗くなり始めて今日一番混んでいる通りをミネルバと一緒に冒険者ギルドに向かって歩く。
混んではいるが、互いを見失うほどではない。
ミネルバが店をでたところで一瞬ボクのほうを向いて数秒ほど止まって悩んでいたけど、彼女は何を考えていたのだろう。
いつもピンと立っている狐耳が、ヘニョリと垂れていたのも気になる。
まさか迷子にならないように、手を繋ごうとしていたわけではないだろうし。
確かにボクは可憐で美しい、どこからどうみても美少女だけど、子どもではないのだからね。
パートナーならそこのところしっかり認識してもらっておかないと。
まあ、実際に手を繋いだわけでもないし、ボクの勘違いの可能性もあるけど。
冒険者ギルド内は、すべての受付がうまる程度には混んでいた。
だが、ミネルバとボクに気づいた職員が、なぜかひとつだけ空いている受付に誘導してくれたのですぐに対応してもらえた。
さっそくミネルバが指名依頼書を提出し、さっと目を通した受付が受理され、ボクへと回ってきた。
今回の受付もあの大男のマックスではなかったが、話は通っていたのか、空いていたというより、空けておいた受付への誘導といい、流れるような手際だ。
「では、ソラ様。こちらの指名依頼をお受けになりますか?」
「ん。受ける」
「かしこまりました。それでは手続き致しますので、登録証の提示をお願い致します」
そういえば、今回からすべてのカウンターの前には足の長い椅子が置かれている。
ミネルバは立ったままだったけど、ボクはその椅子に座らないと受付がよくみえないので座らせてもらっている。
おかげで、受付の人間とのやりとりもスムーズだ。
誰か知らないが気が利くじゃないか。いいぞ、もっとやれ!
「お待たせ致しました。指名依頼をお受けしていただきありがとうございます。登録証をお返し致します。こちらが依頼の写しとなります。気をつけていってらっしゃいませ」
先程提出したばかりの指名依頼書なのに、写しをもらい、深々と頭をさげる受付と、ざわざわとこちらをちら見している冒険者たちに見送られてギルドを出る。
待ち時間もほとんどなく完了したのは、ミネルバが事前に色々と冒険者ギルドに手を回してくれていたからだろう。
しかし、それを誇るでもなく、当たり前といった様子でこなしているのがちょっと格好いい。
やるじゃない、ミネルバ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本格的に暗くなり始めた通りを宿へ向かう。
空を見上げれば、日本ではお目にかかるのが難しいくらいの星空を眺めることができる。
街灯などの照明がなく、せいぜいが店から漏れてくる蝋燭の弱い灯り程度だからだろう。
「ソラさん、上をみて歩いていると危ないわよ」
「平気」
「もう……。心配だから、私が手を握って誘導してあげる」
星空を眺めながら歩いていると、ミネルバが困った顔をしながらボクの手を握ってきた。
でも困った顔の中には少し嬉しそうな顔も混ざっているように、ボクにはみえる。
そんなにボクの白魚のような手を握りたかったのか。
なんて罪作りなんだろうね、ボクは!
今日のところはこの素晴らしい星空に免じて、誘導されてあげてもよくってよ!
とはいっても、宿にはすぐついたので、そこで手をつなぐのは終わりだ。
でも、ミネルバはとても満足そうだったけど。
少しの時間でもボクみたいな美少女と手を繋げたんだから当たり前だけどね!
ボクだってボクみたいな美少女と手をつなぎたい。
ミネルバは美人さんだけど、美少女ではない。
年だって二十代半ばくらいだと思うし。
まあ、口に出しては絶対に言わないけどね。
そんなことを考えている間に、ミネルバは女将のおばちゃんに体を洗うためのお湯を頼んでいた。
お風呂なんて高尚なものは、富裕層でも一部の人間しか入れないらしいので、体の汚れを落とすのには、水浴びをするしかない。
石鹸やシャンプーもないみたいなので、あまり綺麗にならないが、それでもやらないよりはマシだろう。
ボクは魔導技能と装備のおかげで必要ないけど。
ただ、だからといってお湯を頼まないのも不自然だし、何より綺麗にしていないと思われるのも不本意だ。
実際は衣服も体も、このあたりのどの人間よりも綺麗なのだとしても。
昨日はミネルバも頼んでいなかったので気にしていなかったけど、こうして目の前でやり取りをみてしまってはスルーするわけにはいかない。
なので、ボクもお湯を頼んでおく。
お湯は大きな桶いっぱい分を別料金でとられるが、まだまだ突撃マグロで得たお金はあるので、必要経費として割り切っておく。
明日には指名依頼の報酬が入るしね。
「おやすみなさい、ソラさん。明日も今日と同じくらいでお願いね」
「ん。おやすみ」
お湯は沸かしてから部屋に運んでくれるということで、先に部屋へと戻ることにした。
あとはもう、特に用事もないので就寝の挨拶を交わして別れる。
ミネルバは体を拭いたらすぐ寝てしまうだろうけど、ボクの夜の時間はこれからだ。
今日も富裕層の夜の行動を観察して情報収集に努めなければいけない。
そう、これは大事な大事な情報収集なのだ。
決してやましい気持ちなんてないんだからね!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
嘆かわしい! とても嘆かわしいぞ! 富裕層の人間ども!
まさか、アレがこうなってそうなってしまうなんて! しかもコレをこうしてそうしてしまうなんてなんという逆転の発想!
まったく! まったく!
……ふぅ。
昨夜行なった情報収集の結果がまだ尾を引きずってい。
でも、深呼吸をひとつすれば万事オッケーだ。
もう少し経てば日が昇ってくるだろうから、ミネルバも起きてくるだろう。
食堂ではもう女将のおばちゃんたちが動いているし、ベッドを片付けたらボクも用意をしよう。
今日からミネルバとの仕事が始まる。
仕事内容は事前に話し合っているからわかっているが、それでも少しドキドキする。
先程深呼吸をして精神をフラットにしたばかりだというのに。
欠落してしまった記憶のせいで、ボクが生前に社会人だったのか学生だったのかもわからない。
だから、こうしてちゃんとした仕事をするのは、不安でもあり、楽しみでもある。
そうこうしているうちに、ミネルバも起き出して準備を始めたようだ。
ボクの準備はもう整っている。
いつでもきていいよ、ミネルバ!




