015,満足
閑古鳥が鳴いていたといっても過言ではない魚介類の網焼き露店だったが、ボクが持ち込んだ醤油の香ばしい匂いに釣られた客によって、食い尽くされた。
「いやあ……。まさかこんなに早く売り切れになるとは……」
「ん。満足」
ボクも大人買いした魚介類をすべて胃袋におさめ、膨れたお腹をさする。
でも、すぐに膨れていたお腹は元通りのいかっぱらに戻っていく。
魔導人形であるボクは、人間と違って急速な消化吸収を行うことができる。
十人前以上はあった魚介類でも短時間で食べ尽くすことができたのは、こういう理由だ。
「じょ、嬢ちゃんよ。あのショーユだったか? 少しでいいんだ! わけてもらえないだろうか?」
「無理」
「そ、そうだよな……。あれほどのもんだ。そうだよなぁ……」
「明日もくる」
今日の売り上げの立役者が醤油であることは、店主も十分にわかっているようで、やっぱり醤油を融通してもらえないか聞いてきた。
でも、補充がいつできるかわからない以上、おいそれと渡すことはできない。
がっくりとうなだれる店主だが、今日は満足したけど、明日も食べたいと思えるくらいには美味しかった。
もちろんそれは醤油ありきの話であり、明日も醤油の香ばしい匂いがこの露店から漂うことになるだろう。
それを理解した店主はもちろん――
「お、おう! 任せろ! 明日も新鮮なやつをたっぷり仕入れて待ってるぜ! 俺は、ライズってんだ! 嬢ちゃんの名前を教えてもらってもいいか?」
「ん。ソラ」
「待ってるぜ! ソラ嬢ちゃん!」
お互いに名前を交わし、ついでに握手もして別れる。
露店からボクが見えなくなるまで店主のライズは手を降っていたのを周辺探知は捉えていたけど、ボクは一度も振り返ることはなかった。
明日また会うわけだしね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
午前中に引き続き、聖竜を探るべく通りを歩いていく。
途中で醤油を塗るための刷毛を探してみたが、いい感じの大きさのものがあまりない。
それに日本でみたような、柔らかくて綺麗な刷毛が全然売っていない。
どれも堅くて、大きい。
これなら木のスプーンの裏に醤油をつけて塗っても変わらないんじゃないだろうか。
とりあえず、いくつか木のスプーンと食器を購入しておく。
今回は醤油瓶から垂らして使っていたが、スプーンの裏につけて塗るなら小皿などに移したほうが使いやすいだろう。
美味しいものを食べるためならこれくらいの出費は厭わない。
まあ、実際大した額ではないけどね。
購入を終えたらそのまま通りを進み、砂浜まで一直線に向かう。
今度は場所を変えて探知をしようと思うので、砂浜沿いに聖竜湖を回ってみよう。
聖竜湖を正面にして向かって右側には港があるので、湖の中にまで石壁が続いている。
意外と長く続いているし、途中には監視所のようなものまである。
これでは聖竜湖側から街に侵入するのは難しそうだ。
でもボクの場合は、湖の底を歩いて中に入ることができそうだけどね。やらないけど。
聖竜湖の透明度はお世辞にも高いとはいえない。
そして砂浜から少し離れると、途端に水深が低くなるようなので、湖の底を歩けば視認は不可能なのだ。
ボクのような探知系の魔導技能でもあれば別だけど。
周辺探知の限界距離を少しずつ伸ばしながら、ゆっくりと砂浜を移動していくと、幾人もの人間が砂浜で戦っているのを捉えることができた。
というか、目視でも確認できるくらい、砂浜のあちこちで戦闘が起こっている。
どうやら、彼らは砂浜に隠れいている弱い魔獣を狙って戦っているみたいだ。
装備も、壁外でみかけるような魔力のない鉄を打っただけのものであることは変わらない。
だが、ボロボロだったり、サビが浮いていたりと、その中でも粗悪品であるのがわかる。
昨日門前でみかけた、少々身なりの汚い少年と彼らの見た目はそう大差ない。
ワイワイと賑やかに、だが必死に戦っている彼らを避けて、テクテクと砂浜を移動していく。
砂浜で戦っている彼らを眺めている間にも、探知は続行しているし、こうして歩いている間にも同じく続けている。
複数のことを一度に処理するのは、魔導頭脳にとっては得意分野だ。
おかげで、こうしてほかのことに気を取られていても、しっかりと目的を果たすことができている。
まあ、結果は伴っていないけど。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
砂浜を結構な距離歩いてきたけれど、聖竜らしき反応を捉えることはできなかった。
ただ、ダンズの大きな石壁と壁外の建物が小さくみえるくらい遠くまで歩いてきたわけだが、まだまだ聖竜湖は大きい。
外周すべてを回るには相当時間がかかるだろう。
砂浜を歩くより、湖面を滑走していったほうが遥かに時間短縮になるのはいうまでもない。
でも、その場合は魔獣に襲われるし、漁にでている人間に発見される恐れもある。
どちらも解決する方法があるにはあるが、魔力消費もそれなりにかかるので、今やることでもないだろう。
食事でも魔力の回復を図ることができるけど、魔石から魔力を抽出したほうが回復効率は高い。
ミネルバとの仕事を進めていけば、彼女経由で魔石を安く入手できるようになると思うので、それまで我慢しよう。
今日のように、いっぱい食べたくなることもあるだろうから、お金には常に余裕をもたせておきたい。
まあ、しばらくは一日単位での指名依頼となるから、毎日報酬がもらえるから大丈夫だろうけど。
ここまで歩いてくるまでに三時間くらいかかっているので、少し急いで壁外へと戻る。
ミネルバとの約束は夕方ごろということだったが、詳しい時間は決めていない。
というか、時計がないのだ。
あるのは、大まかな時間を知らせる教会の鐘のみ。
しかもあまり大きな音ではないので、壁外にはあんまり聞こえないという有様だ。
ダンズではそれなりに聞こえるみたいなので、一応役に立っているようだけど。
無論、ダンズを囲む大きな壁のすぐ近くにある壁外に鐘の音の音が届かないということは、街の中でも壁近くでは音は届かないだろう。
そういう場所は、きっと地価なんかが安くなっていたりするんじゃないだろうか。
ほかにも、もし壁が破られたりしたら、真っ先に被害にあう場所なわけだし。
まあ、街に土地を購入する予定はないけどね。
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少し急いで戻ってきたかいあって、日が暮れる前には壁外に帰ってくることができた。
戻ってくる間にも砂浜では、行きにみかけた彼らががんばっていた。
荷物に魔獣の死骸が増えていたようなので、狩りは順調そうだ。
ああいった魔獣も一応食べられるようだけど、肉質的に堅いみたいなので工夫が必要いるだろうね。
味まではわからないので、いつか機会があったら食べてみようかな。
お昼よりも人間が増えた通りを居酒屋に向かって進むと、店の前には昨日今日で若干見慣れた狐耳に狐尻尾の獣人さんが待っていた。
こうしてみると、ミネルバは結構な美人さんだ。
道行く人間も、店の前で待ちぼうけをしている彼女のことをチラチラと見ていくものがそれなりにいる。
でも残念。その子はボクと待ち合わせをしているのだ。
「ミネルバ」
「あ、ソラさん! お腹すいたでしょ? 私もペコペコなの。早く入りましょ」
「ん」
ちょっと優越感に浸りながら、ミネルバについて店に入る。
ボクをみつけたときの彼女の顔は、まさに華が咲いたような笑顔だったのだ。
ミネルバをチラチラみていた野郎ども、羨ましかろう!
そんな馬鹿なことを考えている間に、昨日同様個室を借りて中へと入っていく。
すると、ミネルバは席に座る前からいい笑顔で本日の成果を報告してきた。
「聞いて、ソラさん! もう大収穫よ! やっぱりソラさんの情報はもうダンズのほうでも広がり始めてたわ。でもそのおかげで、すんなりと仕事をとってくることができたわ!」
「おー」
「でも情報の回り方が異常なくらい早かったのが少し気になるわね……。ソラさんも気をつけてね。たぶん大丈夫だとは思うんだけど、何事も警戒しすぎて過ぎることはないわ」
「ん」
一日も経たずに、そこまで情報が出回っていることに驚きを隠せない。
魔導情報通信もないだろう状況でここまで早く情報が拡散するということは、誰かが意図してそうしているのだろうか。
まあ、迷宮フィーバー中という状況も絡んでいるのだろう。
ボックス持ちは迷宮でも重宝されるようだからね。
「ソラさん、何食べる?」
「任せる」
「じゃあ――」
昨日食べた料理は正直微妙だったし、調味料をほとんど使えないような店ではどれを頼んでも大して変わらないような気がする。
なので、メニューに関してはミネルバに押し付けさせてもらおう。
常連のミネルバなら最悪でも大外れは引かないだろうし。
注文が終わって店員が去ると、ミネルバが羊皮紙を一枚渡してくる。
「これが、冒険者ギルドに提出する指名依頼書よ。内容や報酬について問題があったら教えてね。報酬については諸々の経費を引いたものを折半にしてあるわ」
「ん。問題ない」
報酬に関しては事前に説明されているので問題ない。
折半にはなっているが、冒険者ギルドにとられる手数料などはミネルバ持ちなので、実際のところは六対四くらいでボクのほうが取り分は多い。
鉄証になったら、冒険者ギルドを介さないようになるので、それまでの話だけどね。
内容も同様で、特に問題はないのでこれで大丈夫だろう。
まあ、初依頼だし、信頼関係を大事にしたいと言っていたミネルバがこんなところで罠を仕掛けてくるとは思えないしね。




