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012,契約



 邪竜戦争と聖竜の話をミネルバに教えてもらったことで、いくつか謎が解けた。

 どうやらお伽噺としてこの話は広まっているようで、相当有名な話らしい。

 特に聖竜の加護は実際にその効果を今も確認できているものらしいので、一部では信仰の対象にすらなっているそうだ。


 周辺探知や詳細探知ではそういった反応はないので気づかなかった。

 これはもっと違う魔導技能でアプローチする必要がありそうだね。


「こんなところかしら? どう、ソラさん?」

「ん。ありがとう」

「どういたしまして。そういうわけで、聖竜様はここストルトム王国では知らない人がいないくらいに有名で崇められている存在なの。知らないだけで目をつけられることはないけど、一応ね」


 丁寧に説明してくれたミネルバにお礼をいえば、少し照れておどけてウインクをしてくる。

 でも最後にまた知らない言葉がでてきた。

 話の流れ的に、この国の名前みたいだ。期せずして国名を知れたのはいいが、やはり情報が不足しているのは問題だ。


 ミネルバに頼りすぎるのもあまりよくないだろうが、今のところは知り合いは彼女しかいない。

 適度に頼らせてもらおう。


「それじゃあ、一応契約書を作っておきましょ」

「契約書?」

「そうよ。冒険者ギルドを通すといっても、事前にこうして話し合いもできているし、今後を考えても書面に残しておくべきなの。これはむしろ私のためというよりは、あなたのためよ、ソラさん」

「ボクの」

「ええ、だから心配しないで」


 てっきり冒険者ギルドを介した依頼形式が終わってから契約書などは作るのかと思っていた。

 そもそも冒険者ギルドの依頼というのが契約書代わりになると思っていたからだ。

 冒険者ギルドの依頼は失敗すればペナルティが発生する。

 つまりそこには何らかの拘束力があるということにほかならない。

 たとえば、ペナルティを無視したら登録証の剥奪とか。そこまでいかなくとも警告や注意はあるはずだ。

 街に入るための鉄証が欲しいボクとしては、それは十分な拘束力になる。


 契約書をわざわざ交わさなくても、依頼を受けなかったりするつもりは毛頭ないの。

 でもそれは確実なものではないし、ミネルバにとっては確約がほしいところだろう。

 そういった意味で契約書を交わすのは納得ができるのだが、そうではないみたいだ。

 むしろ、ボクのためというのはどういうことだろう?


 ボクが首を捻っている間に、ミネルバは鞄の中から分厚い巻物をいくつかと、布に包まれた箱を大事そうに取り出す。

 詳細探知の反応によれば、あれは魔道具だ。

 すっかり忘れていたが、居酒屋で鞄の中にあったのを確認していた魔道具がこれのようだ。

 あのときはそこまで詳しく調べてはいなかったが、どうやらこの魔道具は魔導技能『契約』が使えるもののようだ。

 ただ、やはり玩具レベルのものでしかなく、その拘束力は非常に弱い。

 破ってもどうということはない、口約束よりはマシな程度のものだ。

 こんなものでは魔法的拘束力を十分に発揮することは当然できないだろう。


 そんなことを考えている間にも、ミネルバの契約書作りは進んでいく。


「あ、そうだ。ついうっかりしてたけど、ソラさんの収納容量はどのくらい? 一般的なボックス持ちは収納大袋三袋で契約するものなんだけど」

「収納大袋?」

「あー……。そこからか。大体これくらいの大きさの袋のことなんだけど」


 そういって両手を大きく広げて大きさを示すミネルバ。

 大きさ的には一立方メートルくらいだろうか?

 ボクの亜空庫の容量なら余裕で千袋以上入るけど、ここは一般的という三袋にしておくべきだろうか。


「あ、でも、あの大きさの突撃マグロがそのまま入ってたんだよね。四……いえ、五袋くらいはあるのかしら?」

「五袋で」

「いいの? 荷物とかあるんじゃない?」

「大丈夫」

「わかったわ。じゃあ、収納大袋五袋分を借りる契約にするわね」


 ……そういえば突撃マグロを取り出しているところを見られていたんだった。

 三メートルくらいの魚とはいえ、余裕をもって収納するにはそれ以上の大きさが必要になる。

 さらには、ボクはほとんど手荷物を持たずにいたので、突撃マグロだけを入れているわけじゃないというのはすぐにわかることだ。


 確認が済んだミネルバは、分厚い巻物を解き、三枚を残して鞄にしまうと机に綺麗に並べる。

 詳細探知によると、この巻物は羊のような生物の革を鞣して作られた紙のようだ。


「羊皮紙? 三枚?」

「ええ、これは契約書用の羊皮紙で、少し特別なものよ。三枚あるのは役所に提出して保管してもらうためと、私とソラさん用。ちなみに、この契約の魔道具で書くのよ? 見てて」


 なるほど。

 役所に提出ということは、魔法的拘束力ではなく、法的な拘束力を重視した契約書のようだ。

 それなら玩具レベルの魔道具でも大した問題はないだろう。


 ミネルバは、布に包まれている契約の魔道具の箱を慎重にあけ、中からインク瓶のようなものを取り出す。

 魔道具はいろいろな形状があり、契約の魔道具の場合は書面に残すことを前提としているため、こうしてインク型になっていることが多い。


 付属の羽ペンみたいな筆にインクをつけ、さらさらと羊皮紙に文章を書き出していくミネルバの手つきは非常になれたものだ。

 さすがは商人といったところだろう。


「はい、これがソラさんの分ね。内容に間違いがないか確認して」

「わかった」


 契約書には、契約の魔道具を使って書き上げられたものなので、薄っすらと魔力の反応がある。

 でもやはり予想通り、魔法的拘束力を発揮できるほどのものではない。

 契約内容に罰則事項が明記されていないというのも原因かもしれないが。

 基本的にボクに有利な条件、冒険者ギルドを通した指名依頼とし、ボックス持ちの能力を使ってミネルバの仕事が受けた仕事をするというものだ。

 報酬については受けた仕事に応じて変動するらしいが、冒険者ギルドを介することで最低限のものは保証される。

 拒否権の明記もされており、拒否した時点でこの契約は無効となるとまで記されているのだから、ボクに有利すぎる。


 契約書としては非常に簡単すぎて逆に疑いたくなるくらいだけど、これで問題がないというのなら別にいいだろう。


「ん。問題ない」

「じゃあ、ここにソラさんの名前をお願いね」


 言われたとおりに契約対象者の指名欄に名前を記入すれば、契約書は完成だ。

 ちなみに、非常に弱いものとはいえ魔法の契約書なので、契約対象者は自分で名前を記入しないといけない。

 この場合は名前は、偽名でも問題はないが、高度な魔法契約書になるとそれも通じなくなるので注意が必要だ。

 今回は『ソラ』だけでも問題ないけど。


「……うん。これで問題ないわ。その契約書は常に持ち歩いてね。いろいろと便利だから」

「? わかった」


 言われる通りに亜空庫にしまった契約書だが、あの程度の契約内容でどんな便利なことがあるのか疑問だ。

 でも自信たっぷりのミネルバの表情をみれば、きっと便利なんだろうと思えてくるから不思議だ。

 これも商人としてのテクニックのひとつなのだろうか。


「さて、これで大体終わったかな? それじゃあ、さっそく収納大袋を買いに行きましょう! そのあとは別行動かな。私は役所に契約書を提出して、仕事をとってくるわ。ソラさんはどうする?」

「散歩」

「わかったわ。迷宮フィーバーで壁外にも冒険者が多いとはいえ、あんまり奥の方にいくと危ないから気をつけてね。夕飯までには戻ってこれると思うから、昨日いった居酒屋で一緒に食べない?」

「わかった」

「じゃあ決まりね!」


 さっそく行動を開始するミネルバに合わせて、部屋を出る。

 簡単な用意をしたら、すぐに来るというので、食堂で待ち合わせだ。

 とはいっても、昨日もミネルバは化粧の類はしていなかったし、外に出掛けても問題ないような服装だったからそれほど時間はかからないだろう。

 ボクのほうはいつでも出掛けられる格好なので問題ない。


 食堂につくと、朝食をとった席が空いていたのでそこに座って待つ。

 すると――


「失礼。少々お時間をいただけないでしょうか、ボックス持ちのソラ殿」

「誰?」


 ミネルバを待っているボクに話しかけてきたのは、糸目で笑顔をいかにも商人といった格好をした男だった。

 ボクのことをボックス持ちとわざわざ呼ぶということは、昨日冒険者ギルドからつけてきた人間のうちのひとりだろうか。

 でも、昨日つけてきた人間の魔力パターンの中にこの男のものはなかったはずだ。

 では、つけてきた人間がどこかに報告して交渉にきたって感じかな?


「これは失礼しました。私はダンズとワチムで貿易商をしている」

「はいはい、そこまでよ!」

「……これはこれはカッツェ殿。交渉の邪魔をされては困りますな」


 自己紹介を始めようとした糸目の商人だが、そこへちょうどいいタイミングでやってきたミネルバが待ったをかける。

 一瞬だけ顔をしかめた糸目の商人だったが、本当に一瞬すぎて魔導人形のボクじゃなければ見逃していたくらいだろう。

 見事なポーカーフェイスだ。


「あら、そうだったの? でも残念ね。もうソラさんと私は契約を交わしてしまったのよ。これが、その証拠よ!」

「……そうですか。今日のところは引き下がるとしましょう。それではソラ殿、また近いうちにお会いましょう。では」


 ミネルバが先程書いた契約書を糸目の商人に掲げて見せると、効果はてきめん。

 あっさりと引き下がる糸目の商人は捨て台詞のような言葉を残して去っていった。


 ……なるほど。確かに契約書は便利なもののようだ。



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