011,邪竜戦争
湖面に映る朝日亭の朝食セットは、アジに似た魚の塩焼きと堅い黒パン、それに魚のアラなどが入ったスープだった。
黒パンはスープにつけないと堅いし、スープの味付けは塩だけ。
アジに似た魚の塩焼きについては美味しかった。
総合的な評価は、パンとスープいらないかなって感じ。
魔導人形のボクだから黒パンはスープにつけなくても噛み砕けたけど、たぶんこれ普通の人間には無理な芸当だと思う。
ミネルバもスープに浸して柔らかくしてから食べていたし。
黒パンをガリゴリ噛み砕いているボクをみて、ミネルバが驚いて教えてくれなかったらそのまま食べきっていたかもしれない。
パンにスープを浸して食べるなんて文化は、ボクには馴染みがないのでほかにも色々やらかしそうでちょっと怖いな。
ミネルバの食べ方をよくみて、しっかり情報収集をしよう。
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朝食を終えれば、ミネルバに部屋で今後について話し合う。
ミネルバの部屋もボクの部屋と同じ作りとなっており、ふたりではちょっと狭い。
まあ、ひとりでも狭いんだけど。
家具はベッドのほかに、机と貴重品入れの鍵付きの箱くらいしかなく、椅子をふたつ食堂から借りて持ち込んでいる。
こうでもしないと床に座るか、ベッドに座るかの二択だからね。
立って大事な話し合いをするのは論外だろうし。
「では、改めまして。ミネルバ・カッツェ。魔鉄証級の商人をしているわ。扱っている商材は、魔石や魔獣の素材全般。ここダンズとワチムを行き来して貿易をしていたけど、ダンズの近くに迷宮が発見されたからこちらに拠点を移したところよ」
「ソラ。冒険者」
小さな机を挟んで向かい合うようにして座り、改めて自己紹介をするミネルバに合わせてボクも自己紹介をする。
ただ、ボクの場合は話せることがそれほどない。
実際、昨日旅を始めたばかりなのだから仕方ない。
ムーンシーカー島のことを話すわけにもいかないし。
「え、えーと……ソラさん、ほかにはないかしら? その、何か趣味とか特技とか? 趣味って私……あーえーっと……ま、まあいいわ!」
「……ボックス持ち?」
「そ、そうよね! ソラさんは冒険者で貴重なボックス持ち! それで十分よね!」
やっぱり自己紹介が短すぎてミネルバを困らせてしまったようだ。
でも考えても思いつかないんだから仕方ない。
それにミネルバも十分だと言ってくれているし、なら大丈夫だろう。
「じゃあ続けるわね。ソラさん、私はあなたとパートナー契約を結びたいと思っているわ。いわゆる専属契約に近いものだけど、雇用主と従業員の関係ではなく、対等な立場での契約になるわ。ソラさんに求めるものはあなたのボックス持ちとしての能力ね。私が仕入れてきたものを収納して、別の場所に運んでもらう。基本的には運搬が仕事になると思うわ。ここまではいいかしら?」
「ん」
真剣な表情に戻ったミネルバの説明は特に難しいこともない。
昨日居酒屋の個室で話したことの少し詳しい程度の話だ。
ボックス持ちの能力――亜空庫を求めているんだから、仕事が運搬をメインとするものになることは予想していたし。
「よかった。それと契約する前に知っておいてほしいことなんだけど、私は商人として利益を追求することは当然だと思っているけど、それ以上にお客さんとの信頼関係を大事にしているわ。そのせいでときにはあまり利益にならない仕事も引き受けることもあるわ。ソラさんとパートナー契約を結んでも私の信念は変わらない。それでも……私のパートナーになってくれる?」
「ん。よろしく」
「こちらこそ! よろしくね、ソラさん!」
ミネルバの商売における信念は立派なものだ。
あこぎな商売をして、客を食い物にするようなやつだっていっぱいいるだろう。
そんな中でも信頼関係を大事にする商売をしたいと思い、実行しているというのならボクに否やはない。
「それでね、ソラさん。私はお客さんとの信頼関係を大事にしているのと同じくらい、あなたと信頼関係を築きたいと思っているわ! そのためにはまずは私を知ってほしいの。前言を翻すようで申し訳ないんだけど、今すぐにパートナー契約を結ぶんじゃなく、まずは冒険者ギルドを経由して依頼を受けてもらう形にしたいと思ってるわ。そのほうが冒険者ギルドの貢献度も溜まるし、ソラさんは街に入れる身分証が欲しいのよね?」
「ん。欲しい」
「なら決まりね! もし何度か依頼を受けて私のことが気に入らなかったりしたら、いつでも言って。直せるところは直すけど、どうしてもだめなら、そのときは仕方ないわ。残念だけど、決めるのは私じゃない。ソラさん、あなただから」
信頼関係を大事にしているミネルバらしいといえばらしいその提案に、ボクも異存はない。
完全にボクに有利な条件だし、今すぐ街に入りたいわけじゃないけど、入れるようにしておくのはいいことだ。
それにもしかしたら、街への運搬なんて仕事があった際に、ボクが入れなかったら意味がない。
ミネルバは言葉にしていないけど、そういう理由もあったりするのかな?
「ギルドのほうには指名依頼として出すから、その場でソラさんが受けてくれれば問題ないはずよ。ソラさんは今銅証だったわよね? 普通銅証相手に指名依頼なんてあまりないことなんだけど、ボックス持ちは別だからね。問題ないはずよ」
「わかった」
「ただ、これから仕事をとりにいくからまだ詳しい内容は決まっていないわ。でも、たぶん迷宮への物資運搬の仕事になると思うわ。聖竜湖の近くは大した魔獣はでないけど、迷宮のある森には加護が届かないわ。私の騎獣に乗っていくことになるけど、もしかしたら戦闘になるかもしれないからそれだけは覚悟しておいてね」
「聖竜湖? 加護?」
「え!? ソラさん知らないの!?」
ミネルバの説明で受ける仕事についてはわかったけれど、その中でいまいちわからない単語があった。
ボクの疑問に対して、ミネルバの反応はありえないとでもいうような強めなものだったが、知らないものは知らないんだから仕方ない。
「知らない」
「そ、そういえば、ソラさんは昨日ダンズについたばかりなのよね? それなら知らないのも……いえ、お伽噺でも語られるくらい有名な話だもの、知らないなんて……。あ、でも帝国あたりなら聖竜様はいないんだっけ……?」
「むぅ」
……帝国なんてあるんだ。
そういえば今いる国の名前すら知らないな、ボク。
困惑しているミネルバだけど、そんなこと言われてもこちらも困る。
ちょっと唇を尖らせて抗議の姿勢をとるが、フードを深くかぶっているままなのでみえないかな?
というか、今更だけどミネルバにちゃんと顔を見せていない気がする。
「あ、ごめんなさい! そうよね、知らない人もいるわよね。大丈夫よ、ソラさん。心配はいらないわ! 私が色々と教えてあげられるから! ね? 機嫌直して」
「ん。教えて」
抗議の態度が通じたらしく、慌ててミネルバが弁解してくる。
本気で怒っていたわけでもないし、そもそも怒ってないので、ついでとばかりにフードを外して顔をみせつつ、教えを請う。
「……! ソラさん! あなた、とても綺麗な女の子だったね! てっきり何かしら理由があってフードをとらないのかと思ってたけど、とったほうが絶対にいいわよ!?」
「気にしない」
「えー……。絶対とったほうがいいと思うんだけどなぁ」
さすがはムーンシーカーの娘たちの中でも最高傑作といわれるだけあって、ボクは美少女だ。
自分でいうのもなんだけど、美少女なのだ。
大事なことなので二回いっておく!
だから、同性のミネルバでも見とれてしまうのは仕方ないし、フードで隠しておくのは勿体無いと思うのもわかる。
それでも、今回みたいに顔をみせるためなどの理由がなければフードは今後もとらないだろう。
だって、面倒事を引き寄せそうだし。
美しいって罪だよね。
「聖竜湖」
「あ、そうだったわね。聖竜湖と加護の話だったわね。その前にソラさんは、邪竜戦争は知ってる?」
「知らない」
「なるほど、じゃあそこからね」
ミネルバの丁寧な説明によると、千年前に邪竜と呼ばれる邪悪な存在が空から突然降ってきたそうだ。
降ってきた邪竜によって、地は裂け、山は火を噴き、世界は大混乱に陥った。
混乱に乗じて、邪竜は世界をさらに破壊し、当時高度に栄えた人類に牙を剥いた。
混乱の最中の強襲に、人類は大きな被害をだしてしつつも、反撃を開始する。
これが後の世に伝わる『邪竜戦争』と呼ばれる大戦の始まりである。
百年に及ぶ人類と邪竜の戦いは、徐々に人類を劣勢に追い込んでいったが、そこへ聖竜が現れ、人類に味方する。
聖竜との共闘のおかげで、邪竜を地上から追い出すことに成功し、邪竜戦争は人類と聖竜の勝利に終わる。
しかし、人類が受けた被害は甚大であり、過去の栄光はみる影もなくなっていた。
だが、慈悲深き聖竜の加護によって守れた人類は、ゆっくりと戦争の傷跡を癒すことができたのだった。
……天変地異って邪竜が起こしたの?
ミネルバから教えてもらった邪竜と聖竜の話をまとめるとこんな感じだ。
聖竜の加護については、強い魔獣を寄せ付けづらくするという効果があるらしい。
邪竜の手によって凶暴な魔獣が全世界に放たれた影響で、人類の生存圏は著しく狭まってしまっているらしい。
……魔石生産用の家畜が野生化して進化したんじゃないの?
天変地異後に、海洋資源を手に入れるために海にでたムーンシーカー島の資源回収班が出会った敵って、邪竜だったのか。
空から降ってきたって言ってたし、惑星ゼルストーゼ外生命体だったのだろう。
それならデータベースにない未知の存在というのも納得だ。




