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010,湖面に映る朝日亭



 ミネルバに案内された宿――湖面に映る朝日亭は、思った以上に綺麗で過ごしやすそうな場所だった。

 部屋はちょうど、ミネルバの隣が空いていたのでそこにしてもらい、やっと落ち着くことができた。


「それじゃあ、もう日も落ちちゃったし、続きはまた明日にしましょ。ソラさんも旅をしてきたんですもの、疲れてるでしょ? おやすみ」

「おやすみ」


 てっきりミネルバのことだから、今日中に契約書なりなんなりでしっかりとビジネスパートナー契約を結ぶのかと思っていたらそうでもなかった。

 むしろ、ボクの体を気遣ってくれてさえいる。

 このちょっとしたギャップに好感度があがっていくのを、ひしひしと感じてしまう。

 ……もしかしてこれも商人のテクニックなのだろうか。

 だったら、効果は抜群だと思う。

 すごいな、ミネルバ。


 ひとりで商人のテクニックに戦慄している間に、ミネルバが隣の部屋のドアを開けて閉めた音が聞こえた。

 湖面に映る朝日亭の壁はあまり厚くないようなので、結構音が筒抜けだ。

 だから、何やらベッドの上でバタバタしているような音が隣から聞こえてきてしまっている。

 さらには、布で押し殺して入るけれど、とても嬉しそうな声まで漏れてしまっている。


 ふーむ。これも商人のテクニック……なわけないよね。

 ミネルバは思った以上に可愛いひとなのかもしれない。

 でも、これから仲良くやっていくためには、ここは聞こえない振りをしておくべきだろう。


 今日一日移動し続けて多少汚れてしまったフード付きマントを脱いで、魔導技能『瞬間洗浄』を施す。

 その名の通り、瞬間洗浄は対象を一瞬で丸洗いして乾燥まで行なってくれる魔導技能だ。

 統一大陸時代には、洗濯機の魔道具が普及していたからあまり人気がなかった魔導技能だが、今はとても便利だ。

 湖面に映る朝日亭にも洗濯のサービスはあるのだが、ひと籠でいくらといった有料サービスであり、当然ながら洗濯機なんて便利なものはないので手洗いだ。

 乾燥も物干し竿に干して行うので、時間がかかる。

 その点、瞬間洗浄は一瞬で洗濯乾燥を行える上に無料だ。

 お金はなるべく魔石に使いたいので、できるところから節約していくつもりなのだ。

 まあ、そうはいっても必要なものにはお金を惜しむつもりはない。

 特に食事に関しては、美味しそうならガンガンお金をつぎ込んでいきたいところだ。

 ……だってそれくらいしか娯楽になりそうなものがなさそうだし。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 魔導人形は、人間のように代謝をしないので、汗や垢で衣服が汚れることはない。

 排泄もしないので、トイレに行く必要性はないが、一緒に過ごす人間ができた以上は適度に行かなければ怪しまれてしまうだろう。

 なので、一応この宿のトイレの場所も確認はしてある。

 ただ、ウォシュレット完備の近代的なトイレとはいわないまでも、もう少しマシなものはなかったのだろうか。


「ボットン……」


 ついつい口にでてしまうくらい衝撃的な光景――ボットン便所に顔が微妙に引きつるのを感じる。

 不幸中の幸いなのは、悪臭が漂っていないところだろうか。

 でも、トイレットペーパー代わりに置かれているのは明らかに葉っぱだし、正直ボクは排泄の必要のない魔導人形であることに、これほど感謝したことはないだろう。


 トイレのことを一先ず忘れることにして部屋に戻ろうと思ったが、そこで気づいた。

 廊下は歩くのも覚束ないくらい真っ暗だ。

 でも、ボクは自然と魔導技能『夜目』を発動させたままここまできてしまった。

 普通なら光源を用意してくるものではないだろうか。


 便利な魔導技能を、いくつも自然と使えるようになるのが当たり前になるくらい、ムーンシーカー島で訓練したのがこんなところで弊害をもたらしている。

 亜空庫の件についてもそうだ。

 今のところ問題になっていないからいいものの、これからは少し考えて魔導技能を使うべきだろう。

 でも、便利な魔導技能を使わないという選択肢はない。

 そのあたりは臨機応変にいこう。


 一先ずは誰にも見つからないように部屋にさっさと戻るとしよう。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 部屋に戻ってからは、情報収集を再開するために周辺探知を全開で行使する。

 すると、隣の部屋にいるミネルバはもうすっかり熟睡しているという情報が入ってきた。

 まだ午後八時を少し回ったくらいなのだが、なんとも早い就寝だ。

 いや、どうやら酒を出すような店以外は、もうほとんど閉まっており、民家ではほとんどの人間が眠り付いているようだ。

 でも考えてみれば主な光源が蝋燭などしかない環境なのだから、日が落ちれば一日の終わりという生活でも不思議ではない。


 ただ、街の中にある一部のエリアではそうでもないようだ。

 そのエリアはどうやら富裕層が居住している場所なようで、ミネルバが熱心に語っていた玩具レベルの魔道具の反応がいくつもある。

 中には照明として機能するものもあり、それを使っている家ではまだ相当な人数が活動しているようだ。

 そのほかにも夜陰に乗じて動いている怪しい人間も幾人かいたが、ボクにとっては関係ないことなので気にする必要もない。


 周辺探知の限界距離である半径十キロ圏内で取得できる様々な情報を整理し、データベースに追加、更新していく作業を行う。

 ムーンシーカー製の高度な魔導頭脳がなければ、とてもではないができる作業ではないだろう。

 でもボクは稀代の天才、ダイチ・ムーンシーカーが作り上げた最高傑作なのだ。

 ぶっちゃけ、この程度ならほかにも色んな作業しつつ行えるだけの性能をもっている。

 しかし、今回はムーンシーカー島を出て始めて訪れた街の情報なので、色々と確認しながらのんびり楽しみたいところだ。


 幸い、魔導人形に睡眠は必要ない。

 精神の疲れをとるには、必要になることもあるけど、まだ時間的にも早い。

 ミネルバのようにこんな時間から寝るなんて、ちょっと無理だ。

 それに、富裕層エリアから取得できる情報には、ちょっと興味深いものを発見してしまった。


 さあ、ちょっとアダルトな富裕層の夜の時間を覗きみてみよう!


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ……ゆうべはおたのしみでしたね。


 いやあ、玩具レベルの魔道具しかないようなくせに、あんなものやこんなものまであるなんて……人間という生き物は業が深いね!


 結局、富裕層の夜の時間の観察のせいで、ちょっと夜更かししちゃったよ。

 まあ、それでも精神的には十分に疲れがとれたようで、ボクのメンタル状況は万全だ。

 むしろちょっと興奮が残ってるくらいだね!


 ……こういうときは深呼吸だ。


「ふぅ……賢者タイム」


 あっさりと残っていた興奮もなくなり、フラットな状態になったボクの心境を一言で表すとまさにつぶやいた通りだ。

 もう少しで朝日も上り始めるので、周辺探知圏内の人間は少しずつ目を覚まし始めている。

 もちろん、その中にはミネルバも入っている。

 彼女ももう少しで目を覚ますだろう。

 目覚まし時計なんてないだろうに、みんな正確に起きれてすごい。


 そんなことを考えていたらミネルバが起きたようだ。

 ボクもベッドから起きて着替えなければ。


 ちなみに、ベッドは湖面に映る朝日亭に最初から設置してあったものではない。

 設置してあったベッドは、長方形の箱にシーツとタオルを掛けただけのベッドとはとても呼べないひどいものだったからだ。


 ムーンシーカー島で使っていた低反発マットレスと、ふかふかの羽毛布団一式を亜空庫に仕舞っておいてよかった。

 おかげで、借りた部屋に設置してあったすべての家具を亜空庫に収納しなければベッドをおけなかったけど、その程度大した手間でもない。

 ただ、この状況をミネルバに見せることはできないので、ベッドを回収して家具をもとに戻さないといけないけど。


 まあ、ボクはボックス持ちなわけだから、ぎりぎり言い訳はたつとは思うのだけどね。


「ソラさんー。起きてるー?」


 ベッドを仕舞って、家具を再配置し終わったちょうどいいタイミングでミネルバが部屋をノックするとともにそうドア越しに声をかけてきた。

 亜空庫に大量に入っている衣服の中から、すでに今日着る服は選んで着用してある。

 上に昨日も着ていたフード付きマントを羽織れば、いつでも出かける準備は完了だ。


「おはよう」

「おはよう。今日もいい天気よ。まずは朝食を食べましょう。昨日できなかった話はそのあとにしようと思うの。いいかしら?」

「ん。わかった」


 スライド式の非常に簡単な鍵を外し、ミネルバを出迎えるとさっそく宿に併設されている食堂へと向かう。

 昨日は居酒屋のような店で食事をとったけど、湖面に映る朝日亭では別途料金が必要だが、食事の提供もしている。

 メニューは朝食セットのひとつしかないが、今の時間にやっている店は少ないようなので十分だろう。

 このあと部屋に戻って話し合うこともあるしね。


 給仕と女将を兼任しているおばさんにミネルバが朝食セットをふたつ頼み、のんびりと世間話をしつつ待つ。

 世間話をしているとはいっても、端からみればミネルバが一方的に喋って、時折ボクが相槌を打っているようにしかみえないだろうけどね。



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