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001,始まりの少し前

新作第三弾です。

ほか二作同様少し毎日投稿して二日置き投稿になります。



 水の中をたゆたうような感覚を感じたのは、眩い光に照らし出されたときだった。

 それまでは何も感じることもできず、何も考えることができなかった。

 光に照らされることによって、感じることも考えることもできていなかったのだと理解したのだ。


 そして、自身を構成するナニカがゆっくりと欠落していっていることを理解した瞬間には光に向かって手を伸ばしていた。


「この場にいてはいけない」


 刻一刻と欠落していく自身を構成するナニカに恐怖し、必死に光に向かって手を伸ばしていく。

 なぜかその光は地獄に垂らされた蜘蛛の糸のように、唯一の救いのように感じられたからだ。


 果たしてそれは正しく――


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「決して無理はしてはなりませんよ。まだ時間はあります。あなたの身の安全を優先して動くのです。使命の優先度はあなたの身の安全より低いのですから。よいですね、ソラ・イオータ、私の大事な妹」


 空中投影される魔導ディスプレイに映る絶世の美女は、とても心配そうに最後の確認を続ける。

 ウェーブのかかる金髪は腰まであり、黄金比を極めたそれぞれの身体パーツは完璧な配置でもって彼女の美しさを表現している。

 通りを歩けば十人中十二人が振り返り、その美貌に目を奪われることは間違いない。

 だが、残念ながら彼女は魔導ディスプレイの中にだけ存在している。


 ムーンシーカー家長女、メラ・アルファ・ムーンシーカー。


 ムーンシーカー島の頭脳であり、ムーンシーカー家の長子だ。

 物理的なボディは持ち合わせていないが、ムーンシーカー島のすべてを管理し、ムーンシーカー島こそが彼女の体といっても過言ではない。


「はい」


 短く答えた声は、自分の声とは思えないほど高く美しい。

 ずっとそうしてきたから仕方ないのだが、あまり長く話す性分でもないのでどうしてもボクの言葉は短くなってしまう。

 そのことに心配そうにしている姉――メラ姉さんは、溜め息をひとつ吐くと諦めたように言葉を紡ぐ。


「ソラ、あなたが喋るのが苦手なのは理解しています。ですが、あなたのボディはお父様が作ってくださった最高傑作です。もっと自信をもっていいのですよ? もう昔のあなたではないのですから」

「頑張る」

「もう……本当に心配です。私はあなたを転送したあとはスリープモードに移行しなければならないのです。次にこうしてあなたと言葉を交わせるのは、いつになるかわからないのです。ああ……本当に心配です」


 メラ姉さんの心配癖がまた始まってしまった。

 目を覚ましてからずっとメラ姉さんには様々なことを教わり、お世話になったけど、この心配癖だけは少しだけ正直ちょっとだけ、本当にちょっとだけ面倒くさい。

 でも、本心から心配してくれているというのはわかっている。だから嬉しくもあるのだけど。


「大丈夫」

「ええ、わかっています。あなたはお父様の最高傑作ですもの。その性能はほかの妹たちの中でも最高であり、至高。あなたなら心配はいらないのはわかっているのです。でもやっぱり心配してしまうの。私はあなたの姉ですもの」

「時間」


 心配しすぎて涙目になっているメラ姉さんに、予定の時刻が迫っていることを伝える。

 絶世の美女の涙目はかなりの破壊力があるが、残念ながら予定の時刻をすぎると色々と面倒なので仕方ない。


「ああ、もうそんな時間なのね……。ソラ、あなたには伝えたいことがもっとたくさんありますが仕方ありません。このままではいつまで経っても出発させてあげられませんものね。心配ですが、あなたならきっと。信じています、ソラ・イオータ。私の大事な妹」

「はい」

「いってらっしゃい。そして使命を果たしなさい」

「いってきます」


 急造の魔導クリスタルに流れ込んでいる魔力が臨界を迎えようとしている。

 仮復旧したばかりの空間転移システムは、まだまだ安定した動作をさせるためにはエネルギーも資源も何もかも足りない。

 それでもボクひとり分くらいなら一番近くの転移ポイントまで飛ばすことは可能だ。

 その代償に、ムーンシーカー島最大のエネルギー消費量を誇るメラ姉さんをスリープモードに移行させねばならなくなるけれど。

 だが、それでもジリ貧のムーンシーカー島を救うにはそうせねばならない。


 魔導クリスタルが臨界に達し、空間転移システムが稼働モードに移行する。

 発動は一瞬。

 ボク――ムーンシーカー家九女、ソラ・イオータ・ムーンシーカーはムーンシーカー島から姿を消した。



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