冒険者ギルドの酔っ払い
王都を出て1ヶ月、やっとスノーエンド公国に来れました。スノーエンド公国は、元々、魔物が住む未開の領域だったのですが、とある公爵によって多くの魔物の領域が開放され、出来た国です。その為、魔物の被害も多く、冒険者にとっては稼ぎのよい国のようで、『冒険者の国』と称されることもあります。
ただ、そんなスノーエンド公国にも問題はあります。それは、1年中、雪が降り、正に氷の世界とも言える厳しい環境です。お陰で作物が作れる場所は、フェルモンド連合王国との国境側の南部の一部だけで、慢性的な穀物、野菜不足に悩まされています。肉は魔物の肉を、魚は北側の海で豊富に捕れるそうです。
そんなスノーエンド公国に入って1日目、路銀もほとんど底をつき、防寒具も無い現状では、更に北へ向かっても凍え死んでしまいます。なので、しばらくの間は、公国南部、最大の都市であるオマール伯爵領の領都で活動することにしました。
オマール伯爵領は、スノーエンド公国建国時に、魔物の領域開放で活躍した騎士の方が、今の領地と爵位を授かった事から始まる、由緒正しい家で、今は公国で消費されるほとんどの小麦をこの領地で作っているそうです。
また、領都のオマールは、フェルモンド連合王国へと続く街道が町を貫いているため、交易都市としても栄えているようです。
私は、そんな領都オマールにある冒険者ギルドオマール支部にやって来ました。
・とある冒険者視点
冒険者を続けて早くも30年が経った。今では冒険者ランクも中堅冒険者と言われる中でも上位のBランクだ。稼ぎも悪くなく、貯蓄もそこそこある。本当ならそろそろ辞め時なんだろうが、養う家族もいない上、実家は貴族で俺は次男だが、今になって実家に帰るわけにもいかない。転職しても、他の仕事のことなんて何にも分からない、俺みたいなおっさんが、他の仕事に就けるわけもない。そんな理由で、未だに冒険者をダラダラと続けており、最近はやる気もなく、ギルドの食堂で酒をひたすら飲むだけの毎日だ。
そんな、いつもの退屈な昼飯時に、16歳くらいの女の子が冒険者ギルドにやって来た。服は明らかに安っぽい旅装束だが、フェルモンド連合王国南部の貴族特有のプラチナブロンドの腰まである髪をポニーテールにし、まるで宝石のようなキラキラとした深いサファイア色の瞳は少し吊り目がちだが、顔全体の印象としては、きついと言うよりも、気品を感じさせる。もしかしたら、歩き方や所作がそう見せているのかもしれない。兎に角、その女の子は明らかに何処かの貴族の娘だと分かった。
不味い、こんなあからさまに貴族の娘だと分かるような子がこんなとこにいたら、誑かされて、売られちまうぞ!
何時もならそれがどうしたと、無視していたのだが、何故か、この娘は放っておくわけにはいかないと、勝手に体が動いていた。
・ミストリア視点
冒険者ギルドに入った途端、嫌な視線が私に集中しますが、無視して受付へと向かいます。
「おい、嬢ちゃん。ここはお嬢ちゃんのようなお貴族様が来る場所じゃないぜ。帰んな。」
突然、大柄のお父様と同世代くらいの酔っ払いが話しかけてきました。昼間からお酒ですか?感心しませんね。
「私、貴族ではありませんのよ?ちょっと育ちが良いだけですわ。それに、忠告は有りがたいのですが、私、働かないと生活ができないのです。」
「いやいや、冒険者以外にも色々と働く方法は有るだろうが。」
「私、剣と弓以外、ダメダメですの。」
笑顔で返すと、酔っ払いは「はぁ~」と溜め息をつき、「わかった。わかった。好きにしろ、何かあったら、俺を頼れよ?俺の名前は、アルベルトだ。大抵はそこの食堂にいる。冒険者の中には嬢ちゃんのような育ちが良さそうな娘を、奴隷として売ろうとする輩がいるからな。気を付けろよ?」と言い、冒険者ギルドを出ていきました。何だったんでしょうか?意外と面倒見が良かったりするのでしょうか?不思議に思いながら、私は、登録受付へと向かいました。