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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

家事のオリンピック

作者: 真夏の雪だるま

専業主婦にとって家の中は戦場だ。

誰も知らないかもしれないが家事はとても体を使う。

私の場合、朝目覚めると、まず玄関の郵便受けへ行き、新聞を持ち帰る。

そして、ザ~と新聞の社会欄、経済欄に目を通す。

「今日も目新しいニュースはないわね。」

新聞を読み終わると、私はキッチンで朝食を作りながら、気分転換にリビングのテレビを付けた。

これも日課だ。何か目新しいニュースが流れていないかチェックしている。

「さあ、待望の我が国主催のオリンピックが今日の夕方から開催されます。四年に一度のスポーツの祭典、今年はいくつのメダルを取れるのでしょうか。そして今年からは各スポーツ種目が賭けの対象になります。今も世界中から大量の資金がオリンピック大会本部に流れています。勝ちそうな国に賭けるも良し、個人の選手に賭けるも良し、勝っても、負けてもあなた一人の責任です。無理に賭けろとは申しません。ですが参加すればあなたにもミリオネアのチャンスが訪れます。」

私は昨年の夏に見た。ニュースを思い出した。


「国会で審議に審議を重ねた結果、賛成多数で念願のカジノ法案が可決しました。この法案によりカジノが解禁になります。もちろん、オリンピックもその対象です。これをきっかけに高齢者のタンス預金や企業の内部留保を景気の底上げ、賃金アップ、設備投資に回してもらいたいものです。なお、この法案可決により年金や健康保険の廃止、学生の授業料無料化が決定しました。今まで問題になっていた年金の不正受給や世代間の不公平がこれで解消されることでしょう。なお、浮いた国家予算は全額このオリンピックに賭けられます。是非とも勝利して資金を倍増してもらいたいものです。果たしてオリンピック競技会場の建設に掛かった借金の穴埋めはできるのでしょうか。それとも不可能なのでしょうか。真実はその時に分かります。私はここで言いたい。このオリンピックは、世界初のカジノオリンピックだと」


「ふんっ、そんなに上手くいったら警察はいらないわよ。馬鹿ね。」

私はテレビに向かって独り言を言った。

「あ~、忙しい、忙しい。主婦って、なんて忙しいのかしら」

別に誰かと競い合っているつもりはない。でも誰かに追い立てられて早くやらなければならない。

そんな感じがするのだ。手始めに息子を起こすことにした。

「朝ですよ~。早く起きて~。いい加減、部屋から出てきて~」

最近、息子は自分の殻にこもっている。私に対しての態度も冷たい。

私には、息子が思春期なのか、反抗期なのか、いじめなのか、原因が全く分からない。

でも、ここでやり投げ…じゃなくて投げやりになっては駄目だ。

せめて私だけでも匙を投げないようにしようと決めている。

私は部屋のドアをコンコンと二度ノックした。全く反応がない。

次にドアを引いてみた。やはり鍵が掛かっている。

「俺は絶対にこの部屋から出ないからな。」

どうやら生きているようだ。本当にどう扱ったら良いか対応に困る。

ひとまず、昨晩の食事がそのまま載った食器を一旦、片付け、新しい食事が載ったトレイを部屋の前に置いておいた。

「ここに新しい食事を置いておくからね。お腹が空いたときに食べて」

私は息子の部屋を後にした。

バスルームを通ると仄かに明かりが付いている。

覗いて見ると義父が風呂場でゆったりと湯船に漬かっていた。

私は急いで部屋に戻り、湿気を吸った重い布団を膝と腰の力を使って、ひょいっと持ち上げ、押し入れに入れた。この作業は力とタイミングが重要なのだ。

次に私は昨日の夜に洗った洗濯物を取り込んでタンスの引き出しに畳んで入れた。

午前中の最大の仕事は床の掃除だ。

カーペットのゴミはまず先に粘着テープの付いたローラーで大まかに取ってしまう。

ここで先に掃除機をかけてしまうとゴミが空気中に飛散し、作業の二度手間になってしまうのだ。

リレーのように作業を順番にやっていく事がポイントだ。

掃除は上から下へ、料理は並行して作業をする。

効率よくやれば時間を短縮できる。

私は、リビングのソファーに寝転びながら、さっき出前で頼んだピザを一片、一片、口についばんだ。

そして目の前に置かれたテレビの電源を入れた。

「見てください。これが今日行われるオリンピック競技会場です。材料には、廃材の紙を一度粉砕し、ロール状に練り固めた棒材と国内産の杉木材、そして竹を蜘蛛の巣状に編み込んだエコノミーとエコロジーのダブルエコをテーマに作られました。まるでこの場所にもう一つの地球があるようです。」


「ピンポ~ン」

突然、家のチャイムが鳴った。

「は~い、どちら様ですか。」

「すいません。こういうものです。」

二人組の男は黒い手帳を提示した。

「それで主人は見つかったのでしょうか。山に行ったきり、戻ってこないんです。雪山で遭難したのかもしれません。」

「まぁ、落ち着いて。現在、私達の方でも懸命に捜索中です。それと先日、奥さんからお預かりしました手帳の筆跡と登山名簿の筆跡が一致しました。しかし、何分にも山は広く、吹雪いているので足跡が消えてしまっていて…。もう少し早く連絡をいただければ何とかなったのですが…」

「私が悪いって言うんですか」

「そうとは言いません。あくまでも理想論を言っているのです」

「最近、主人とは反りが合わなくて喧嘩をしていたんです。だから私は自分の部屋にこもっていました。主人とは顔も見たくなかったのです。後になってから走り書きのメモを見てトラベリングバスに乗り、山へ行ったことを知りました。私にはどうすることも出来なかったんです」

「事情は分かりました。目下全力をあげて捜索を続けてみます」


「先輩、近所でちょっと気になる情報を得ました。あの家の亭主は家の中で死んでいるんじゃないかって噂です。」

「ほぉー…それでその情報は確かなのか。」

「多分、間違いありません。近所の人間が証言してくれました。あそこの亭主が失踪したという日に朝から晩まで外で家の改築工事をしていたそうです。でも誰一人、その亭主が家から出てきたところを見ていないと言うんです。ただし、工事の作業中だけです。昼の休憩中は家の中でストーブにあたり、休憩していたそうですから。」

「それは気になるな。もう一度、あの家に行ってみよう」


「先輩、本当に行くんですか。あくまでも噂ですよ。口を滑らせて情報を持ち込んだ自分にも責任はありますが…」

「そうだな、確かに噂だ。でも、俺たちの仕事は一軒、一軒、しらみつぶしに当たって情報を集めることだ。牛の一歩でも真実に近づくなら必要なんだよ。もしかしたら噂は間違いかもしれない。あの奥さんが言う通り山に行って遭難したのかもしれない。事実、登山名簿に亭主の名前があったからな。」

「それなら山の捜索を続けましょうよ。その方が確かですって。もし、本当に亭主が遭難していたら早く救助しないと大変なことになります。死ぬか生きるかは時間との勝負です」

「確かにな、君の意見は的を射ていると思う。でも、俺の刑事の勘が違うって言っているんだ。あの奥さんは怪しいって。昔、盗用の魔女と言われた女だ。名前を偽装することぐらい朝飯前だろう」

刑事は賭けた。犯人はあの奥さんだ。そして失踪している亭主はあの家の中にいる。

刑事は家のチャイムを鳴らし、開口一番にこう言った。

「つかぬことを聞きますが、お宅には他に誰か住んでいるんでしょうか」

「義父と息子がいます。ただし、義父は今、外出中です。息子は部屋に引きこもったきり出てきません」

「それなら息子さんと話しを出来ませんか。ほんの少しだけでもいいんです。参考までに」

「もしかして息子を疑っているんですか。息子は何もやっていません。そんなに調べたいなら、今度は捜査令状でも持ってきてください」

「まぁ~まぁ~、落ち着いて。あくまでも任意ですので無理にとは申しません」

「失礼だわ。もう帰ってください。」

そう言うと玄関の扉をピシャッと閉められた。

「ふんっ、悪女め。しばらくは泳がせておいてやる。何かボロが出るかもしれないからな」


最近の買い物は便利になった。パソコンを開き、ネット注文するとその日のうちにお店の商品を届けてくれる。

かさばる物やお米のような重量のある物は車を持っていない私にとっては重宝している。

以前なら自転車で商店街を走り回っていた。

野菜や肉、果物類は前の籠に入れ、後ろの座席には特売の缶コーヒーを買った時だけヒモで箱を縛り、固定して運んでいた。

でも最近は夜になると物騒で、街灯が無い所を歩いていると背後から誰かにストーキングされているそんな感じがした。そのせいなのか外出する機会がめっきり減ってしまった。


刑事は、一日中、彼女の尾行を続けていた。ホシにバレないように距離を置き、時には人を交代して情報を集めた。

「先輩、僕はあの引きこもりの息子が怪しいと思います。僕たちが家に行っても顔を見せないし、何か後ろめたい事があるから外に出られないんだと思います。」

「…そうか、お前はそう思うか」

「えぇ、先輩はそう思わないんですか」

「思わない。腹が黒い奴に限って腹のうちは見せたがらないものだ。彼女みたいに。完璧に見える時ほど小さなミスが命取りになる。小さな嘘を付くと、その嘘を隠すためにさらに小さな嘘を付く。そんな嘘が積み重なっていけば彼女自身の首を絞めるほどの化物となって自分自身に返って来る。俺たちはそのがんじがらめになった嘘をひとつずつ解きほぐして彼女の前に突きつければいいんだ」


私はバスルームに行き、浴槽の蓋を開けた。

「あら、おじいちゃん、こんなに痩せちゃって可愛そう。私の言うことを聞いていれば、もっと長生き出来たのにねぇ…。急に警察に行って本当の事をばらすなんて言うんだもの。つい足蹴にしちゃったじゃないの。あんな簡単にポックリ逝くなんてね…」

浴槽には薬液に漬けて置いた胴体が上手い具合に骨だけになっていた。

腐りやすい内臓部分は薬液中のバクテリアが分解し、溶かしてくれた。

私は風呂からボロボロになった骨を取り出し、ミキサーにかけた。

骨は粉砕され、粒子の細かい粉となった。

「おじいちゃん、息子さんと同じ場所に埋めてあげますからね」

私は雪混じりのガーデニング土に先ほどの粉を混ぜ、酸性の強い液体をスプレーで土に散布した。

その後、バスルーム内のありとあらゆる場所を念入りに掃除した。


「ピンポ~ン」

刑事は再度、家のチャイムを鳴らした。犯人が高飛びすることを警戒しての時間稼ぎだ。

「は~い、どちら様ですか。」

「度々、すいません。こういうものです。」

奥さんの前に刑事手帳を提示した。

「またですか。いい加減にしてください」

「今回は奥さんのご要望通り、こういうものを持ってきました。これは家宅捜索令状です。あなたの家の中を調べさせていただきます」

刑事は部屋の至る所にスプレーをした。そして、一部を指差して言った。

「奥さん、見てください。青白い光が見えるでしょう。これはルミノール反応と言うんです。血液に薬剤を吹きかけ、ブラックライトで照らすと光るんです。」

「そんなはずない。念入りに掃除したもの」

「おや、知りませんでしたか。髪の毛や指紋は薬剤で消せても、血液は少し洗ったり磨いたくらいでは落ちないんですよ。」

「わっ、私が悪いって言うの。元はと言えば政治が悪いのよ。年金を急に辞めて自分でお金を稼げって言う方が悪いの。折角、夫の年金で老後は安泰の生活を送れると思っていたのに…。それに夫が急に実家の父と同居するなんて言い出すんだもの…。だから私はお金を増やそうと、しょうがなく競輪、競馬、スロット、スポーツ賭博をやったんじゃない。その結果、残ったお金は雀の涙。そうなったら最後の手段は生命保険金しか一発逆転できるものはないじゃないの。」

「詳しい事情は署で聞きます。午後四時五分、あなたを死体遺棄及び殺人容疑で逮捕する。」

刑事は私に対し、一枚の逮捕状を提示した。私は観念し、がっくりと首を落とした。

「先輩、よく彼女が犯人と分かりましたね。」

「よく言うだろ、刑事は足で稼げってな」

そう言うと刑事はスーツの内ポケットからお気に入りの銘柄煙草とジッポライターを取り出した。

今までは事件が解決するまで絶対に吸わないと自分の中で決めていた。ジンクスである。

そして今、事件が解決したことでその封印を破られた。

刑事は箱から煙草をおもむろに一本引き出し、口に銜え(くわえ)、ジッポの火に顔を近づけた。

スー、フッ、フッ…。

吸った煙草の煙を次々に小出しで吐き出した。

空中には煙草の煙で描かれた五輪の輪がぼんやりと浮かんでいた。


翌日、刑事は警察署の自分の座席に座り朝刊の一面を斜め読みした。

紙面には、世界中が注目していた期待のカジノオリンピックは一本のタバコのポイ捨てによる競技会場炎上消滅と言う前代未聞の「火事のオリンピック」となったと書かれていた。

これによりオリンピック大会本部に集まった資金全部が火の車に代わったとか、消火の泡と共に消えたとか。


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