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ミミーランドの奇妙なピエロ

作者: 氷室竜也

 久々に実家へ帰宅した私は、自室で一つのピンク色の風船を手に持って、眺めていました。


 会社員にもなるいい大人が、自室で風船を手にしているのは、決して心が病んでいるわけでも、気違えたわけでもありません。


 この風船は子供の頃の思い出なのです。


 それを聞いて「あれ?」と思った方もいらっしゃるかもしれません。

 その方は「どうして萎んだり割れたりしないの?」と思った事でしょう。



 そう、この風船は子供の頃から決してしぼんだり割れたりしない『魔法の風船』なのです。


 子供の頃、この風船を手に入れたのは、ミミーランドという遊園地でした。

 



 ミミーランドは二十年ほど前に、日本のとある地にてオープンした、テーマパークでした。


 そこでは全国から訪れた人々によって賑わい、いつも喧噪としており、第二のディズニーランドと名高い場所でした。

 今はもう閉鎖されていますが、当時はそれはもう、物凄い活気に満ちていた場所でした。


 小学生になって間もない子供の頃、私はそのテーマパークで奇妙な体験をしました。

 昔話になりますが、今回はその事について語ろうかと思います。





 

 十文字卓郎は、後部座席で親指を噛んで、正面を見据えていた。


 隣には、一つ年下の妹が静かに座り、移りゆく景色を静観している。


 運転席には父親。

 助手席には母親が座っていた。



「着いたぞ」



 停車するなり卓郎は第一にシートベルトを外して、乗用車の扉を第一にこじ開け、飛び出した。


 卓郎が前々からおねだりをし続けた、ミミーランドにやっと到着したのだ。


 車から降りると、そこには夢のような世界が広がっていた。


 

 第一に視界に入ったのは、遊園地の看板ともいえる巨大な観覧車だ。

 日中でも虹色に輝く観覧車は、卓郎には真夏の特大の花火のようにも見えた。


 次にジェットコースター。

 荒ぶる海蛇に似た軌道を描くそのレールには、現在進行形で稼働しているコースターの姿があった。

 その迫力は凄まじいもので、遠くからでも、入園者の悲鳴が聞こえてくるような気がした。


 卓郎は持ち前の好奇心から、ジェットコースターに乗りたかった。

 パンフレットに載っていた身長制限は辛うじてクリアしており、小学低学年の卓郎でも挑戦することが出来る。


「父さん、あれ乗ろ!」

「え、あれに乗るのかい?」


 卓郎が父親の袖を引っ張ると、父親は顔を引きつらせた。

 きっとこういうのが苦手なのだろう。


「乗ってあげたら? 男は度胸でしょ」

「ははは、そうだな」


 母親が薄ら笑いを浮かべると、父親もつられて苦笑した。


 

 卓郎たちは、早速入口でチケットを買い、園内へ入場した。



 そこには、想像も絶する人海があった。

 ミミーランドは五年前に建設され、ほとぼりも冷めてもおかしくはない時期ではあるのだが、そんなものはお構い無しに、家族連れの親子で溢れかえっている。


 もしかしたらこの中に同級生も居るかもしれないと、卓郎はキョロキョロと周囲を見渡す。

 だがそれは雲を素手で掴むようなものであり、無駄な努力だった。


 この嫌気が差すほどの人ごみを見た父親が、家族に注意を促した。


「はぐれないように注意しないといけないね。悪い人に連れていかれたら大変だ」

「でも、このテーマパークって人が多いけど、誘拐事件とかは起きてないんだって」

「そりゃ凄い。でも念の為に手を繋いで歩こう」


 父親は卓郎に手を差し伸べてくるが、卓郎は恥ずかしがって、首を振って拒否。


「一人で歩けるもん」

「そうか? 離れないようにな」


 父親は卓郎の代わりに、母親と一緒に妹の手を繋いだ。

 自分で突き放したが、卓郎は妹に対し、僅かに嫉妬してしまう。


「まずどこから行こうか?」

「ジェットコースターがいい!」

「うーん……それは後にしないか? 楽しみは最後の方にとっておくべきだろう」


 相変わらず父親は顔を引きつらせている。

 彼はジェットコースターが苦手である為、いきなり体調を崩すといけないので、最後の方に回したかったのだろう。


 だがそんな事を子供が聞くわけもなく、卓郎は駄々をこねてしまう。


「ジェットコースター!」

「分かった分かった。乗ろう」


 父親が折れると、卓郎はニッと笑った。


「母さんはどうする?」

「そうねえ、私はさくらと、ショップ巡りでもしてくるわ」

「じゃあ、そこの時計塔に11時ごろ集合でいいかな?」

「11時ね。いいわ。気を付けてね」


 母親と妹のさくらの女性チームと別れる。


「じゃ、行こうか」

「うん」


 卓郎と父親のチームは、早速ジェットコースターのアトラクションへと向かって歩いた。


 歩いている途中、卓郎はふと気になるものに興味を示し、思わず立ち止まった。


 

 それはピンク色の風船を沢山持った、道化師ピエロの後ろ姿だった。


 彼は非常に大柄で2mは越すであろう巨漢であった。カラフルな衣装を着て、二つに分かれた帽子を被っている。


 異形の姿ではあるが、その道化師は行き交う人々を、まるで魚のようにすいすいと掻い潜って歩いていた。

 卓郎が更に驚いたのは、誰も彼の姿を見て反応を示さなかったことである。

 誰も道化師が、見えていないようだった。



「ねえ父さん、あれ…………あれ?」


 卓郎は、父親に道化師の存在を告げようとするが、父親の姿はどこにも無く、卓郎は雑踏の中で独りポツンと突っ立っていた。


 いつの間にか父親とはぐれてしまったのだ。


 

「父さんが迷子になっちゃった!」


 卓郎は周囲を見渡しながら、人ごみの中を駆ける。

 ジェットコースターの入口に向かうが、父親の姿は無い。周囲をどれだけ探そうと、見つけられなかった。 


「どこに行っちゃったんだろう……」


 卓郎はとりあえずベンチに座った。深い溜息をつく。

 移り行く景観の中に、父親や母親の姿が混じっていないか、眺め続ける。



「君、もしかして迷子かい?」


 すると男の声。

 卓郎はそちらに目を向けると、作業服を着て眼鏡をかけている、中年の男が立っていた。


「ええと、おじさんは?」

「私はここの清掃員だよ。迷子になったのなら、迷子センターに案内をしてあげよう」


 卓郎は顔をしかめてしまう。

 いい歳をして迷子扱いをされるなど、恥ずかしかった。

 もし同級生にこのことが伝わり、噂になったらとてもじゃないが耐えられない。


 とはいえこのまま父親が見つからないで、ジェットコースターに乗れなくなるのはもっと嫌だ。


「はい、迷子になってしまいました。案内をお願いします」



 卓郎は丁寧に、ペコリとお辞儀。彼のお世話になってもらうことにした。

 すると男はにこやかに微笑む。


「いい子だね。迷子センターはこっちだよ」


 卓郎は男に案内されるままに、ついていった。

 人を掻き分け父親を捜しながら、ひたすら男の後についていく。

 



 卓郎が歩くたびに、徐々に周囲の人ごみが減り始めたような気がした。

 心なしか若干辺りが薄暗くなってきたような気もした。


 空は紅くなり始め、雲や太陽もどす黒いものへと変わった。

 

 メリーゴーランドのアトラクションは、蛇や怪物といった不気味なオブジェクトへと変貌——入園者の姿が、真っ黒い影のようなものになってきていたのだ。

 彼らの不気味な笑い声が、園内に響いた。


 卓郎は怖くなり、身を震わせる。

 まるで悪夢の世界を彷徨っているような感覚に陥ったから。

 

「こっちであってるの?」

「ああ、あってるともこっちに来れば、ちゃんとご両親も見つかるよ」


 男はそういうが、卓郎は信じられなくなった。

 今にも逃げ出したい、恐ろしい感情に駆られた。



「待ちなさい!」


 だが、突如勇ましい声が上がり、卓郎や男が振り返る。


 そこには先程見かけた、太り切った道化師の姿があった。



 顔は雪のように真っ白で、口元に紅い化粧をしている。髪は緑で目元は蒼い——カラフルな道化師だった。

 しかもその道化師の太いこと。

 体は脂肪によって玉のように丸く、お腹がデンと付きだしていた。


 その道化師は必死な面持ちで男を指差して、少年に説得。


「そいつは子供を連れ去る悪い奴だ。騙されないで!」


 卓郎は「えっ」と言わんばかりに目を見開き、卓郎を連れ去ろうとした男から、距離を取る。

 すると男は唸る様な低い声で嗤った。


「ふっふっふ、バレては仕方が無い。無理やりにでも連れ去ってやる!」

「うわあぁぁ!」


 男はそう開き直ると、一目散に卓郎に飛び掛かって来た。


 だがその道化師は目にも留まらぬ速さで、男と卓郎の間に割り込んだ。



 ぼよん!

 効果音に直すとこんな擬音語になるだろう。

 

 ふとっちょ道化師の大きなお腹で、男がトランポリンよろしく弾き飛ばされた。 

 

 道化師はすぐさま手に持っていた風船を、倒れ込んだ男の背中にくくり付ける。すると男の体が宙に浮き始め、空へと飛翔を始めたのだ。



「畜生! 覚えてろ!」


 卓郎を連れ去ろうとした男は、天にまで高く上り出し、豆粒のように小さくなり、最後には見えなくなった。


「助かった……?」

「ふぅ、危なかったね」


 太っちょ道化師は卓郎に向き直り、優しく微笑みかけてくる。

 卓郎はジッと道化師を見上げた。自分の倍はあろう、本当に大きな道化師だ。


 怖くはない——頼もしさがあった。

 卓郎は彼に笑顔で礼を言った。


「助けてくれて、ありがとう!」

「僕は正義の味方だからね! この程度ちょちょいのちょいさ!」


 道化師はそう胸を張るも、卓郎はすぐに顔を崩した。


「でも、これからどうやって帰ればいいんだろう……」

「大丈夫! 僕が魔法をかけてあげるから! さぁ、これを持って目をつむって」


 卓郎は半信半疑だったが、ピンク色の風船を受け取り、言われた通りに瞳を瞑り視界を閉ざす。


「そのまま真っ直ぐ歩いて。絶対に目を開けないように」



 卓郎は、目を瞑ったまま歩き出す。

 しばらく歩いていると、ふらつき出し不安になってくるが、それでも必死に歩き続けた。



 卓郎は何かにぶつかって、転倒——尻もちをついてしまい、目を開いてしまう。


 父親の姿がすぐ目の前にあった。


「卓郎! ここに居たのか、探したぞ!」

「お父さん!」


 いつの間にか、道化師の魔法によって元の世界に帰還したようだった。


 父親は卓郎を抱きしめて、ホッと胸を撫でおろした。


「一度はどうなると思った事か……その風船は?」

「これ? これは太っちょ道化師ピエロから貰ったの!」

「太っちょピエロ? そんなイベントあったっけ……まあいい、ジェットコースターに行こうか?」


 卓郎は首を振った。


「ううん、風船を持ってるからジェットコースターには乗れないや」

「そうかぁ! それは残念だったなぁ、ははは」


 父親はさも嬉しそうに、そう悔しがった。






 今でもあの出来事は鮮明に覚えています。


 ミミーランドが閉園した今、太っちょ道化師はどこに居るのか分かりません。

 ですが、きっとどこかの遊園地で、子供たちを悪い奴から守っていることでしょう。


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