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妖精の森  作者: 李音
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妖精の森2

 小雪が起きた時には時計の針は十一時を指していた。寝巻のまま一階に降りていくと、リビングで理恵がテレビを見ていた。

「こんな時間まで寝ているなんて珍しいわね。朝ご飯は流しに置いてあるから適当に食べちゃいなさい」

 小雪は黙ってテレビを見ている母親の顔を見つめた。森まで一緒に来てほしいと言いたかったが、どうしてと聞かれたときの理由が説明できないので止めた。笹原大悟が怖いからと正直に言っても変な顔をされるのが落ちだ、大悟から直接的な被害を受けている訳でもないのだから。

 小雪は夢で聞いた言葉から、幼少の頃の記憶の様々を思い出してきていた。小雪が五歳になる年の事だ。近所に優しい老婆が住んでいて、様々なおまじないを聞いたり教わったり、実際におまじないを掛けてもらったりもした。小雪はそれに夢中になり、行くたびにお茶とお菓子も頂いて楽しい時を過ごした。親切に老婆が家まで送り届けてくれた事も思い出した。夢で聞いた言葉は、その老婆が言ったものに違いないのだ。

 笹原の気配を振り払いたい小雪は老婆の言葉に従うことにした。朝食を終えて外に出る。もう昼になるので日差しが強烈であった。幼少の頃の記憶を辿って自転車で走る。家から右に出てカーブを右に曲がり、T字路を左に折れる。それから網の目状に走っている道をまっすぐ突っ切って、少し広い道路に出た。そこで止まって記憶を掘り起こし、それから東に向かった。少し走ると左手にまばらに過ぎてゆく家屋が消えて杉林になる。右手は畑でそれを越えると一軒家があり、そこから先が雑木林となる。左右が林に囲まれたところで急な下り坂になる。風に揺れる木々のざわめきが、あらゆる方向から小雪に語り掛ける。濃い緑の香りが漂い、木々が何かを訴えているようにも感じる。

 坂の途中、右手の方に奇妙な入り口があった。小雪はその前で自転車を止めた。

「確かこの先だったと思う」

 アスファルトの道路が杉林に向かって五メートル程続いているが、そこから先は薄暗い林の中だ。いつの日か老婆が姿を消してしまい、小雪はこの林に近づかなくなっていたが、この奇妙な杉林への入り口は、ここを通る度に気にしていた。少し前まで蔦や雑草で道路がほとんど見えない状態になっていたのだが、今は綺麗に刈り取られていた。アスファルトには幾筋も亀裂が走っている。小雪が意を決して先に進もうとすると、背後に何者かの足音と息遣いが聞こえた。

「やあ」

 小雪はその声を聞いたとたんに寒気が走り体を震わせた。振り向くと大悟がそこにいた。きっと大悟はジョギングの途中で、たまたま会ってしまった。小雪はそう思いたかった。

「こ、小雪ちゃん可愛いね。ぼ、ぼく、す、好きだよ、アッハッハ」

 好きと言われた事よりも、声音や言葉の底に隠れている得体の知れない何かが怖かった。小雪は無意識に後ずさっていた。うだるような暑さの中で、頬に冷たい汗が流れるのを感じる。

「この森には、は、入らない方がいいよ。お、恐ろしいものがいる。ぼ、ぼ、僕には、分かる」

 目の前の男の方がよっぽど恐ろしかった。小雪は耐えられなくなり、踵を返して林の中に駆け込んだ。アスファルトの切れたところから先は砂利で舗装してあった。砂利は新しく、ごく最近に道が作られたようだ。小雪が道に沿って走っていくと、小川があり真新しい橋が架かっていた。そこを通りすぎると突き当たって別の道が現れる。左右に分かれているが、左の方が砂利で舗装されていたので、小雪はそちらを選んだ。右手には斜面があり、左手には小川が見える。走っていくと右手の斜面が切れてコケに覆われて今にも崩れそうな大谷石の階段が現れ、その先に大きな鉄の門が見えた。門扉には人が通れるくらいの隙間が開いていた。小雪は迷わず門扉をくぐり、その先の大きな屋敷の扉を力の限り叩いた。驚く事に、今時この屋敷には呼び鈴が付いていなかったのだ。

「お願いです、助けて下さい!」

 走ったせいで既に汗だくだ。大悟が追ってくると勝手に想像していた小雪は、後ろを振り返った。頬には黒髪が張り付いていた。その時に頭上で何かが動く気配を感じた。思わず上を見るが何もいない。いくらなんでも大悟が空中から襲ってくる事はあるまい。しかし、小雪は恐ろしかった。

「助けて下さい! 助けて下さい!」

 必死に叫んでいたら扉が開いて外国人の若い女が現れた。

「何事ですか?」

 小雪は女の余りに人間離れした容姿の端麗さに衝撃を受けた。それは大悟の事を忘れてしまう程のものであった。女の少しウェーブのある銀色の髪は肩に届くか届かないかの長さで、パールを思わせる肌色、鼻は外国人にしてたそれほど高くはないが、まるで人形師が丁寧に作り上げたような均整の取れた面立ちだ。少し細められているブルーグレーの瞳は妖艶な輝きを持ち、見つめられると吸い込まれていくような感覚に陥る。背は西洋人にしては低い方だろう。胸元が大きく開いた灰色のボディーフィットのワンピースを着ている。半袖の肩の部分が開いており、むき出しの白い肩が不思議な程艶めかしく少女にも大人の女にも見える。愛らしいという言葉でも、流麗という言葉でも表現できる。その絶妙なバランスで保たれている非常な容姿は、どこか人間らしくないものがある。彼女を目にした者に一言で表現させたならば、妖精やエルフ、または女神といった言葉が出てくるだろう。

 小雪は先ほどまで助けて欲しいとあれほど強く願い、声にも出していたのに、今は何を口にしたら良いのか分からなくなっていた。阿呆のように口を開けて突っ立っている少女を見て、女は微笑を浮かべた。

「どうしました? 何かお困りだったのではありませんか?」

 女の声は涼やかで落ち着きがあり、少女よりは大人の印象が強い。小雪は薄桃色の唇の間から紡ぎ出される声に聞き惚れてしまった。その時に背後に人の気配を感じたような気がして、一気に恐怖が引き戻されて背筋に寒気が走る。

「怖い人に会ったんです。少しだけ家の中に入れて下さい」

「まあ、それは大変ですね。どうぞ、お入りなさい」

 明らかに小雪の方が年下にも関わらず、女は慇懃な態度を崩さない。中に入るときに、間近にいる女からほのかに香水が香り、小雪は嬌然となり体中が軽く痺れるように感じた。

「二階の窓から外の様子を見てみましょう」

 女は両手を下腹部の辺りで手を重ね、先に立って玄関のすぐ近くの階段を上がった。小雪は彼女の一つ一つの動作に魅了され、陶酔してしまう。同時にこの女の異常とも言える魅力に恐れを抱き始めた。この女は笹原とは違った意味で、常人からかけ離れた何かを持っている。

 二階のアーチ形の窓から大谷石の階段から玄関に至るまでの通路が見下ろせた。

「大丈夫です、誰も来ていません。この森には悪い気を持った人間は入らないと思います。余程勘の悪い人間でもなければ分かるはずです」

 女が奇妙なことを言った。それで小雪は笹原が言っていた事を思い出した。この森に恐ろしい者がいるなどと、おかしな事を言っていた。それで小雪は笹原が森には入っていないだろうと思うことが出来て少し安心した。しかし、先ほど感じた気配は笹原でないとすれば何だったのだろうか?

「あなたは少し落ち着く必要がありますね。お茶をお出ししましょう」

 小雪はすぐに帰ろうと思ったが、女と顔を合わせると何も言えなくなった。タンザナイトのように深く怪しい瞳の輝きに撃たれ、視線が蛇の如く絡みついてくる。逆らう事が出来ないどころか、好きな異性を前にしたかのように胸が高鳴っていた。小雪は同性に対してこんな気持ちは変だと否定しようとしたが、女の手招きでそんな気持ちは容易く瓦解した。後は下僕のように言われるままに従うだけだ。

 この屋敷は日本ではあまり見られない変わった造りであった。縦長で非常に奥行きがあり、玄関、屋敷の中央、そして一番奥の三か所に階段があり、部屋の数は一階だけでも十はある。小さなホテルと言っても誰も疑わないだろう。周りが雑木林に囲まれているので静観であり、建物が古いのも相まって夜になると心霊スポットでもあるかのような不気味な雰囲気を醸す。

 一階に降りた小雪は懐かしさを覚えた。ここに来た事があるのは間違いないし、ここに住んでいた女の子と一緒に広い屋内を探検した事をおぼろげに思い出してきた。それから女の後から歩き、玄関から四番目の右側の部屋が気になって立ち止まった。誘われるように扉を開けると、何もない部屋で、床いっぱいに黒い線で、円の中に五芒星のある魔法円が描かれていた。小雪はそれがとても懐かしく、そして楽しい気持ちになる。よく思い出せないけど、ここでとても素敵な事があった、小雪はそれだけは確信できた。

 魔法円を見つめる小雪の両肩を、か細い指がやんわりと掴んだ。女が体を小雪の背中に押し付け、吐息が小雪の耳に触れる。

「この部屋が気になるのですか? ここは魔法を使う為の部屋です」

 もはや小雪にその声は届かなかった。耳元で聞こえる女の声と息遣い、そして背中に感じる乳房の感触、小雪は鼓動が秒速で早くなっていくように感じた。さらに高い気温のせいもあり、少女は目眩を起こしそうになった。

「さあ、こちらにいらして下さい」

 女が小雪の手を引いた。触れる部分から感じる少し冷たく柔らかな肌が、また小雪を狂わせる。その彷彿とする気持ちは、好きな異性への恋愛感情と似て非なる、愛だの好きだのというものを超越した蠱惑的な感情であった。夢魔というものが実際に存在するのなら、このような気持ちにさせられるのではないか。

 小雪は玄関から七番目の右側の部屋に通された。汗にまみれ、暑さにやられそうになっていた小雪を冷やりとした空気が包み込む。そこは客間らしく、入って正面に暖炉があり、部屋の中央に白いクロスのかかっている長いテーブルがあり、壁には数枚の絵画があった。全て花とそれに対となった妖精の絵であった。小雪が絵の一枚を見ていると女が言った。

「この絵画はお婆様の趣味です。一〇年ほど前になりますが、この屋敷にはお婆様が住んでいたのです」

「知っています。わたしここのお婆ちゃんに、よく遊んでもらっていたんです」

「まあ! お婆様を知っていますのね。ゆっくりお話を聞きたいですね」

 それから女は一度部屋を出て、茶器を乗せた盆を持って現れる。そして受け皿とティーカップを順番に置いて紅茶を注いでいく。

「どうぞ、めしあがれ」

 ティーカップを口元にもっていくとよい香りが漂ってくる。お茶の知識などない小雪でも、それが良い茶葉であると分かった。

「わたしはメチェーリヤ・アドレーエヴナ・エフトゥシェンコと申します」

「え? それ名前?」

 小雪はまったく聞きなれない雰囲気の名に、思わず聞き返してしまった。失礼ではあるが、メチェーリヤはそれを受け止めて微笑した。

「日本人には聞き慣れない名でしたか? ロシアでは父姓が入るので、名前がとても長くなるのです。わたしの事はメーニャとお呼び下さい。あなたの名を教えて頂けませんか?」

「あ、はい。伊藤小雪です。小さい雪と書きます」

「可愛らしい名前ですね」

 それからしばらく沈黙が続いた。メーニャは小雪の事を見つめて微笑みを浮かべているばかりで、何も話そうとはしなかった。小雪は彼女とすこし目を合わせただけで顔を赤らめてしまう。見つめられている事が嬉しくもあり、怖くもあった。言うなれば天使と悪魔の両方に凝視されている、そんな常軌を逸した雰囲気。小雪はそれに耐えきれなくなって言った。

「あの、この森って何かいますよね? 大きい鳥とかそういうのが……」

 小雪はさっき感じた気配の事を言っていた。それが聞きたかった訳ではないのだが、ここまま黙っていたらメーニャの雰囲気に飲まれて自分がどうにかなるように思えた。

 それを聞いたメーニャの表情が急に変わる。微笑が消え、顔を少し斜めに怖いような目で小雪を見つめる。微笑を浮かべていた時も見え隠れしていた魔性の部分が、今は前面に押し出されいた。

「あなた、あれを見たのですか?」

「あ、あれ? あれって、何です?」

「見てはいないのですね。でも気配を感じたという事は、見えるかもしれませんね。いいですか、森で何を見ても見ないふりをして下さい。認知されたら憑りつかれてしまいます」

「幽霊でもいるんですか?」

 メーニャは下らないものを嘲笑うような笑みを浮かべる。

「そんな生易しいものではありません。あれは、昔は人間に危害を加えない所か、幸せを運んでくれる存在でした。しかし、今はそうではないのです。憑りつかれたら何をするものか、ちょっと想像がつきませんね」

 小雪はすっかり怖くなって、ティーカップを両手で持ったまま固まっていた。

「心配しないで下さい。見ても気づかないふりをすれば良いのです。誰かに憑りつかない限り、あれは神木から離れる事が出来ません」

「それってどんな姿をしてるの?」

「妖精です」

 メーニャは当然のように言った。普通は堂々と妖精などと言われたら、現実感が伴わないものだが、メーニャの場合は違った。自分の意見を否定することを許さないという支配的な意思と、真実を語っているという確固たる自信が、小雪にものを言わせなかった。普通だったら妖精がいると聞けば、見てみたいと思うものだが、メーニャの瞳の奥に内在する新月の夜を思わせるような暗い色が、小雪に興味よりも恐怖を与えた。

「少しは落ち着きましたか?」

 メーニャはわざとらしく言った。笹原への恐怖は薄れていたが、代わりに別の恐怖を植え付けられた小雪は、心配そうな面持ちのまま頷いた。メーニャはそれを見て、さも楽し気に微笑する。彼女は小雪を怖がらせて楽しんでいる。

「……ありがとうございました、そろそろ帰ります」

「あれの事もありますし、森の入り口まで送りますよ」

 小雪は少し安心した。あんな話を聞いたばかりで、薄暗い木々の中を一人で歩きたくないと思っていた。


 一歩外に出ると、強い湿気で衣服が体に張り付くように感じた。辺りはアブラゼミの重奏が喧しい。

「そこの階段はとても古くて崩れるかもしれませんから、気を付けて降りて下さいね。越してきたばかりで改修が済んでいないのです」

 小雪は階段が崩れるなんて、いくら何でもオーバーじゃないかと思ったが、よく見てみると本当に今にも崩れそうに見えた。階段のほとんど全体が苔に覆われて緑色になっていて、わずかに苔の張っていない部分から大谷石が見えている。大谷石は劣化が早く、降雨の浸食なども受けやすい。

 階段を下りたところで、嘘のように空気が変わった。水の底にでも落とされたような暗さの中に、冷たい空気が溜まっている。風がそよいでくると寒いと感じる程で、この場所は普通ではないと肌で感じざるを得ない。そして、蝉の声が妙に遠く、まるで虫達がこの林を避けているかのようにも感じられた。小雪は笹原から逃げていた時は必死だったので、この林の異常さに気付かなかった。階段から先が少し下りになり、浅い谷に小川が流れ、そこから先は杉林で緩やかな登りの傾斜が続いている。

「分かりますか、この森の異常さが。私も貴方も、ここを森と呼んでいますが、本当は森ではなく林です。ほとんどの杉が明らかに植樹されたものです。でも、わたしたちが今感じているのは森の空気です。わたしは子供の頃によく森に遊びに行っていたから分かります。あるものが何の変哲もない杉林を森にしてしまっているのです」

 小雪はあるものの正体を察していた。そして、今はそれを見てはいけないような気がした。メーニャはそんな小雪の気持ちを知ってか、微笑を浮かべながら言った。

「ついて来てください」

 メーニャは小雪の見たくないものを、わざわざ見せようとしている。意地の悪い事だが、小雪はメーニャに対して、もはや嫌という言葉を持ち合わせなかった。小雪自身は、この時は自分の心の変化に気付いていなかった。

 二人は小川にかかった小さな橋を渡り、砂利道を外れて杉林の中に入っていく。杉の幹は一抱え程の太さから、小雪の腕程度の太さまでまちまちであった。倒木が多く、その殆どが厚い苔に覆われ地面と一体化しているようで、この林が古くから存在している事を物語る。

「あの杉です」

 メーニャが言った。先に見えるのは巨大な杉の木だ。他の木々の間からその存在がはっきりと見える。それはまるで民衆の間に王が座してでもいるかのような、桁違いの存在感を示していた。その幹の太さは大人三人が輪になっても届かないかもしれない。低いところに二本の太い枝が人間が腕を広げているような形で出ていて、見ているだけで気味が悪くなる。巨大杉は近くの並木道でも見られるが、こんな離れた場所に一本だけそれが存在するのは奇妙だ。小雪はこの杉を何度も遠くから見ていたし、幼少の頃にこの林の屋敷に遊びに来ていたので、この巨大杉の事もよく覚えていた。大昔に見た時は、ただの大きい杉という印象だけで、今のような不気味さは感じなかった。

「林の中にこんなに大きな杉が一本だけあるなんて、不思議ですよね。樹齢は三〇〇年は超えているでしょう。何か理由があって、この杉だけは残されたのです。そうですね、例えば神様が祭られていたとか、祟りがあって切る事が出来なかったとか、そういった理由かもしれません。あれはそういう特別な木に宿るのです。この林が森のような空気を持っているのは、あの大杉にあれが居るからなのです」

 大杉を見ていたら小雪は寒気がして、もう帰りたいと思った。

「これ以上近づくのは止めましょう。あれに会ってしまったら大変ですからね」

 二人は林の傾斜を下り、砂利道に戻って出口を目指す。進むほどに木の密度が減り陽光の強さが増していく。その時、小雪が立ち止まった。それに合わせてメーニャも歩くのを止めると、背後で足音がした。後を追う者が小雪が急に立ち止まったのに反応し、二三歩行って止まったという感じであった。誰かがついて来ている。

「振り向かないで下さい、あれがついて来ています。見たらお終いですよ」

 メーニャがそう言うので、小雪は決して振り向かなかった。しかし、背後にいる何かが怖いとは思わない所か、見てみたいとすら思った。

「見たらどうなるんですか? 殺されちゃうとか?」

「いえ、憑りつかれても殺されたりはしません。けれど、良い事がないのは確かです」

 二人が歩いていくと足音はついて来たが、出口に近づいたところで気配が消えた。道路に出るとそこはアスファルトが熱せられ、照り返しで強烈な暑さになっている。小雪はそこで笹原の事を思い出し、左右を確認した。人の姿はなかった。ほっとして自転車のハンドルを動かし、曲がっていた前輪を前に向ける。すると少し重いような気がした。しかし、籠には何も入っていない。

「また遊びに来て下さい。美味しいお茶とお菓子を用意して待っていますよ」

 メーニャは首を少し傾いで、胸のところで両手を組んで言った。陽光にはっきりと照らし出される彼女は、まるで自身がダイヤモンドでもあるかのような輝きを放っている。少なくとも小雪にはそういう風に見えた。ただお茶に誘われただけなのに、異性からの告白に勝る胸の高鳴りを感じてしまう。これが異常な事であると、小雪ははっきりと悟っていた。メーニャの持つ魅力の危険さにも気づいていた。しかし、自分ではもうどうにもならなかった。

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