就活Debut
「ドアが閉まります。ご注意ください。」
その声を合図に一斉にドアが閉まる。「白線の内側でお待ちください」だの「無理な駆け込み乗車はご遠慮ください」だの、海外では次の駅名すら言わない電車だって当たり前に存在するというのにどうしてこうもご丁寧なのだろうとつくづく思う。お国柄故の親切心か、お節介か。それともいちいち言わなければ分からないとでも思われているのだろうか。そう考えてしまう自分がひねくれ者なのか。
ふと顔を上げると、とても大学生とは思えない疲れた顔が2つ窓に映っていた。しかし、この先体験するであろう疲労や辛さは今の比でないことをその顔は知っている。
「この1時間でだいぶ魂しぼり取られた気がするわ...」
初めての就活ガイダンスを終えて、学校を出てから今まで一言も喋らなかった葉子がぼそっと呟く。
「話聞いてただけなのにねぇ」
「それな」
ついさっき言われたことを反芻する。
『ひとつひとつの積み重ねが大切です!』
『特に近年は主体性を求める企業が多いようです!』
『これから大事なのはとにかく自己分析!』
『学生生活で特に取り組んでいたことは?』
『自分のアピールポイントは?』
思い出すだけでも眩暈がしそうだ。
「ぶっちゃけ夏休みにインターンとか言ってたけど全然実感湧かないし」
「ほんとそれ。3年になった実感すらまだあんましないのに」
「でも1年生は」
「若く見える」
「つらい・・・」
「な・・・」
丁度人がたくさん降りる駅に着いて珍しく目の前の席が空いたので、ありがたく座ることにした。あんまり覚えていないけど二人とも周りに若者の皮を被ったお年寄りだと思われても仕方ないんじゃないかっていう座り方をしていたと思う。
「とりあえず、週休二日で福利厚生がしっかりしてるところが良い」
「あー、それは大事」
「紗季は?」
「公務員をどうしようか割と本気で悩んでる」
「安定の」
「そう」
「でも勉強大変そう」
「最低1000時間は勉強しなきゃ受からないし合格した人の7,8割くらいは予備校通ってるらしい」
「うわぁ・・・行くの?」
「まぁ本気で目指すことになれば、バイト代貢ぎ込むよね。独学で受かる自信全然ないし」
「なるほど・・・」
次の駅に着くと、就活生らしくビシッとスーツを着た女の人が乗ってきて、二人から少し離れたところに座った。いそいそと鞄から書類だか資料だかを取り出して一生懸命読んでいる。
「明日は我が身、ってか・・・」
「あーやだやだ!働きたくない」
「まだ働き始めてもないけどねぇ」
「朝に電車乗りながら『帰りてぇ』って思うのと一緒」
「あー、ちょっと分かる気がする」
「来年の夏には毎日スーツとか本当信じらんない」
「いっそのこと婚活したい勢いだわ」
「でも30代までに結婚できるが3割でしょ?」
「終わった」
「人生詰む詰む」
「もはや終活」
「お先真っ暗」
「ハッハッハ」
乾いた笑いしか出てこないけど、笑えるだけまだマシなのか。実感のなさの賜物よ。
「とりあえずやるしかなっちゃん」
「がんばろ」
「じゃ」
「ばいばい」
重い腰を上げて葉子が駅から降りた。入れ違いで小さい子を連れたお母さんが乗ってきて向かいの座席に座った。
お花屋さん、お菓子屋さん、アイドル、魔法使い・・・自分もあの子ぐらい小さい時には有り余る程夢があったはずなのに、いつの間にか全部なくなって、今となっては自分が何になりたいのか、何をしたいのか、全く分からない。いつ失くしたのかも思い出せない。まぁ大人になるってそういうことだよな、って仕方なく思う自分もいる。
今までずっと、皆と同じように中学に行って、高校に行って、大学に行って。通えていることに感謝しなければと思いながらも、就職のためにもまぁ行かなくちゃいけないもんなぁなんてさも当たり前かのように過ごしてしまう日があるのも事実で。大学だって自分が受かりそうなところを何となく選んで受験して。でもこれからは間違いなく同じようにはいかなくて。純粋に好きなことや得意なこと以外にも考えなければいけないことがたくさんあって。今までは3年間、4年間と期間が区切られ、たとえ自分の選択が違ったとしても少しの間我慢すればどうにかなることだったけど、次の選択は先の見えない、長くて数十年もの未来を決定するかもしれない大きなもので。その上責任なんていう重い荷物背負わされて。いや、今まで誰かに持ってもらっていたものを今度は自分で持たなければならなくなった、と言えばいいのか。
スマホをいじってる人、本を読んでいる人、口を開けて寝ている人。この車両にいるうちの一体何人が、今の自分に満足しているのだろう。一体何人が、この道を選んで良かったと思っているだろう。
ゆっくりと目を閉じる。考えなければいけないことは山積みだけれど、今は何も考えたくない。
長いようで短く、短いようで長い戦いが静かに始まった。




