執事と伝言と学園と
その後、話はトントン拍子で進んでいった。
一学期が終わり、成績が出る。裕樹は、成績はあまり関係がないのだが。
夏休みの三者面談で、担任に緑峯に行くと伝えた時は、担任も顎が外れるくらいあんぐりとし、驚きをそのまま表現していた。
そして、今。
学校見学に来ている。
学校見学は、招待状を持っている者のみ来れる。
(そらそーだ。招待状ねーと、入学できないもんな)
裕樹は妙に納得していた。
母と並んで、緑峯へ向かう。もちろん、電話予約済みだ。個別で案内してくれるらしい。
電車に揺られ30分、そこから緑峯のバスは出てないので、タクシーで20分ほど。東京郊外、裕樹の地元よりも山奥の、奥多摩の方。そこに、そびえ立つように緑峯はあった。ちなみに、交通費は領収書があれば支給されるらしい。なんとも気前のいい学校だろうか。
「……」
母と二人で、そのどでかい校舎を見上げる。いや、校舎の前にある、門といったほうが正しいのかもしれない。
相澤親子は言葉が出なかった。
そうしているうちに、誰もいないはずの門が大きな音を立てて開く。
─────ぎ…ギィ…
「……」
もう何も驚かない。とでも言うのだろうか。二人は悟ったような表情をしていた。
「……とりあえず、中入るか」
「……そうね」
辛うじて出てきたのは、とても拙い言葉だった。
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昇降口へ行けば、人影があった。
「初めまして、相澤様。私は、緑峯栄様の専属執事長、斎藤司、と申します」
斎藤司と名乗った人物は、顔を上げた。
綺麗に整えられた黒髪、切れ長な目、すっと筋の通った鼻、何事も見透かすような黒い瞳…一言で言うならば、美形な男子というところだろう。優雅な雰囲気を纏い、燕尾服がきちりと決まっている。
「…はじめまして」
彼の見た目は、20前半。盛っても後半といったところだろう。そんな人が執事長になれるものか。と疑問に思う。
「若そうに見えるのに、執事長をやってるのが不思議ですか?」
見透かしたように微笑し、自ら年齢を明かした。
「ふふ…私、今年で28になります。つい最近、父からこの座を受け継いだのです。まだまだ未熟者ですが、本日はどうぞ、よろしくお願い致します」
そう言って、司は恭しく頭を下げた。
それに釣られ、相澤親子も焦りながら頭を下げる。
「こ、こちらこそ…よろしくおねがいします!」
裕樹は、半ば強制的に頭を下げさせられたようなものだのだが。
「それではご案内いたします」
そこから、二人は司に色々な場所に連れていかれた。
(午後からって…こんな時間かかるからかよ…)
そう、この見学は午後からだったのだ。何かあるのだとは思っていたが、校舎が広すぎて、午前中では時間が足りないかららしい。
──────二時間後
「お疲れ様です」
漸く最後の応接室にたどり着き、そこでお茶をもらう。
「ありがとうございます」
出されたお茶を口に含めば、すぐに芳醇な香りが広がり心の底から癒された。RPGでいえば、HPが回復するような感覚だ。
「…さて、本題に入りましょうか」
「本題…ですか?」
「はい」
コホン、と司は咳払いを一つした。そこから一気に雰囲気が豹変する。
「相澤裕樹、君が“特別な者”であれば、これが見えるね?」
「それはっ…」
「?」
裕樹は目を見開く。それとは対照的に、母は首を傾げていた。
司の指が向くのは、何も無い空間。あるといえば窓くらいだ。裕樹の母には見えていない。しかし、裕樹と司には"視えていた"。
「その反応からわかるよ。この子はバンシーと呼ばれる精霊でね。死を司ると言われているんだ」
バンシー。西洋の精霊。家族に死期が近くなると、バンシーの啜り泣きが聞こえるという。
彼らには、汚らしい布を被った老婆が視界に映っていた。
「僕の使い魔でね。僕の家系は、こういうものを使役する、エクソシストのようなものなんだ。まぁ、少し違うけどね」
「…それで、俺にそれを話してどうしたいんですか?」
「…いや、見えるかどうかだけ確かめたかっただけだよ」
嘘をついているのは、裕樹でも分かった。しかし、ここで詮索する必要も裕樹にはないので、そのままスルーすることにした。
司はもう一度咳払いをすると、また温厚な雰囲気に戻る。
「…相澤裕樹様、緑峯栄理事長からの伝言です。【鱗之介は正義などではない】とのことです。入試を受けに来て下さることを、楽しみにしております」
そう言って、司は玄関へとまた案内をしてくれた。
「本日はお越しいただきありがとうございました。裕樹様、貴方がここに入学してくれることを期待しております」
彼は、初めてあった時と同じように、恭しく頭を下げた。
「こちらこそ、貴重なお時間、ありがとうございました。斎藤さん、理事長さんに伝言をお願いできますか?」
「はい」
裕樹は、司の耳元で伝えて欲しいことを言った。
「______」
「! かしこまりました」
司は少し驚いたように目を見開いたが、すぐにポーカーフェイスを保ち、優しい微笑みに戻った。
「それでは、失礼します」
裕樹と母は、また来た道を戻って行った。
門が閉まり、二人の背中が見えなくなったあと、司は一人呟いた。
「面白い子だ」