幼馴染みと恩返しと決意と
「はあ!?」
「朝からうるさい」
条青第三中学3-1の教室の隅で、朝のHR前に一人の男子生徒が叫んだ。
「おまっ…緑峯行くん!??」
「そうだってさっきから言ってんじゃねーか」
その男子生徒の言葉を面倒くさそうに流しているのは、相澤裕樹。
「だってあそこ…一般入試の受け付けはしてない超レア高だぜ? そんな学校に裕樹が? ありえねぇ…」
ありえない、と言われたことに裕樹は腹が立った。
「へーへー別に俺なんて何の才能もない凡人ですよーだ」
その様子を見て幼馴染み_安良岡凪叶_は少し焦った。
「べっ…別にそんなこと言ってねーよ! 何の才能もないって、自分のこと下に見すぎ! …お前、昔から剣だけは頑張ってんじゃん」
にこやかに笑った彼に対し、裕樹はボソッと言った。
「……イケメンの無駄遣い」
「どういう意味だゴラ」
凪叶の額には青筋が浮き、眉間にはシワがよっていた。声もワントーン低い。
「そのままの意味だよ」
挑発するように、裕樹は鼻で笑う。
「ちっ…なんでこんな奴が招待状受け取ったんだか。どーせなら、俺に来りゃァ良かったんによ」
「無理だろ」
「即答の一刀両断かよ」
はぁ、と溜息をこぼす凪叶の表情は、行動と真反対で笑みが浮かんでいた。
「まぁでも良かったわ。お前の才能も、漸く出番が来たらしいな」
凪叶の意味深な言葉に、裕樹は頭上にはてなを浮かべる。
「どういう意味だよ、それ___」
「はよー、お前ら席つけー」
裕樹が問いただそうとした時、タイミング悪く先生が入ってきた。
「相澤ー、HR始めっから自分の席戻れな。愛しの安良岡とは後で楽しく話してろー」
「せんせー、俺、あんな奴の愛しのヤローになりたくないでーす」
「…安良岡、そう言いながらもお前…相澤のことが…」
教師と生徒のちょっとしたコント。
だんだん危なくなってきたので、席に戻った裕樹は突っ込んだ。
「いや先生、どーでもいいからHR始めろよ」
「おい相澤、タメ口やめろ」
場が和んだところで、学級委員が司会のもと、朝のHRが始まった。
HRの間、裕樹は考えていた。
もしかしたら、凪叶は_____この刀のこと、先祖のこと…すべて知っているのではないか、と。
家族以外に俺の過去を知っている…親父のことを知っているのは凪叶だけ。昨日あったことを知っていてもおかしくはないのではないかと…。
その考えを振り切るかのように、裕樹は首を横に振った。
だが、やはり不安なのだろう。そっと、指で竹刀袋の上から黒吹雪を撫でた。
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「なぁ、さっきのどういう意味だ?」
「ん? さっきのって?」
昼休み、裕樹達は食堂で昼ご飯を食べていた。
条三中は、自由な校則なので、お昼は自由に友達と食べていい。放送委員は、昼の放送があるので少し無理があるが、それでもその他の生徒は、各々、適当な場所で食べている。
多くの生徒は、裕樹達のように食堂に来ることが多い。
安く、品揃えも良いので、好評なのだ。
裕樹は、母が朝作ってくれる弁当を食べ、凪叶は、いつも饂飩を食べている。
裕樹も、最初は飽きないのかと不思議に思ったが、時間が経てば慣れてしまい、なんとも思わなくなった。
「俺の才能がなんとかーって言ってたじゃねーか」
ズズっと箸で掴んだ饂飩を啜り、2、3回噛んでから、飲み込んだ。
「ああ、そのことか。
確か…緑峯は"特別な者"しか入れないんだったよな?」
裕樹は頷く。
「てことは、お前の剣の才能が認められて、強い学校に招待されたって考えれば、俺にとっちゃ嬉しいわけよ」
また、箸で饂飩を掴み、啜り、2、3回噛んでから、飲み込む。
その箸で、裕樹をビッと指した。
「幼馴染みの出世を喜ばない幼馴染みが何処にいる」
裕樹は嬉しくなった。
心の中では、不安だったのだ。
バレる、とかじゃない。
ただただ、知らない学校に行き、"特別な者"が何か分からないまま行くのは怖かった。不安だった。恐れを感じた。
幼馴染みの一言は裕樹の胸に広がり、味方がいると、助けてくれる者がここに居ると教えてくれた。
その事が純粋に嬉しかったのだ。
「…ん、ありがと」
素っ気なく感謝を言ったが、何年も隣にいる幼馴染みは分かっていたようで、
「照れんなよ。…つか、お前が照れると怖いわ。明日槍でも降りそうだな」
ヘラヘラと笑いながら、冗談を言った。
その笑顔が、裕樹にとって掛け替えのないものだと、改めて実感した。
更に、裕樹は考える。
今まで気付かなかっただけで、こいつは…凪叶はいつでも隣にいてくれた。
辛くても、嬉しくても、悲しくても、楽しくても…喜怒哀楽を共にした、大切な幼馴染みであり親友なんだ。
そんな思いを胸に、裕樹は決意した。
俺は護ろう。俺を支えてくれた全ての人を。
これから出会う、全ての人を。
これからは、恩返しの時間だ。