力と意味と月と
裕樹は目を覚ました。
場所は、真っ白の地下室。先程の夢のような世界とは違い、矢張り、どこか現実味がある。
「ようやっと目覚めたか」
祖父の声が聞こえた。
その声の主を探すために、裕樹は上半身を起こす。
手に力を入れた時、右手の中になにか細長く硬い物体があった。
手を動かすと、カチャリと音がする。
右手を見ると、あの黒い刀が収まっていた。
「これ…」
「契約が終わったようじゃの」
祖父は、裕樹の真後ろに居た。
「じいちゃん、俺さ…」
「言わんでも良い。台座を見ればわかる事じゃ」
台座を見た。
台座の近くには、刀を封印してあっただろう鎖が散り散りになり、散乱していた。
「…何を見たんじゃ?」
祖父に問われる。
恐らく、試された時の事だろう。
「……親父が死ぬところ。あの、海水浴場での話だ」
「…」
祖父は無言で頷く。
裕樹は、自分の手にある刀を見ながら言う。
「あの時さ、親父、死ぬ前に親父を殺そうとしたあの女見たいなやつを氷漬けにしたんだ。あの時の俺は、ただ、親父が死んだことを嘆いてた。だから、余計なことをしようと思わなかったし、平凡に生きたかった。
でも、もし親父がその女を氷漬けにしてなかったら、今頃俺はいなかったんだな、って思うんだ。あの力が、特別な者の証なのかな」
「その光景をもう一度見て、裕樹はどう行動した」
裕樹は軽く笑った。
その笑みは、すぐに壊れてしまいそうな、儚い顔だった。
裕樹の表情を見て、祖父は悲しみを覚えた。
(よう似てきたもんじゃ…)
息子と孫の性格の一致が怖く感じ、悲しくも思え、うれしくも思えてきた。
「…身代わりになった。親父の代わりに」
裕樹は立ち上がり、祖父と向き合う。
「裕樹、お前の父はな、自己犠牲の意識が高いやつじゃった。昔からな。他人の為なら死ぬことを厭わない。人のことを第一に考えるやつじゃった。
じゃからこそ、臆せずに裕樹を守るため、自分から敵に飛び込んだんじゃ。
儂はそれを誇りに思っておる。
じゃがな、裕樹。その力を手にしたということは、自分も相手も護らねばならぬ。欲望の為ではない。自分に負けぬためじゃ。自己犠牲はただの自己満足に過ぎん。それは、裕樹、お主が一番知っているはずじゃ」
裕樹は祖父の話を黙って聞いていた。
力の意味を、裕樹は知った。
そして、思い出す。父を失った時のことを。拭いきれない恐怖と絶望。悲しみ。…自分に対する怒り。
何故、あの時行動しなかった。
何故、違和感を感じなかった。
何故、親父を助けられなかった。
何故、何故、何故─────
積もりに積もった後悔の念。
裕樹は視界を閉じ、考えた。一つの結論に至る。
「誰も死なせなければいい。殺させない。この力で、守り抜く」
そう言った裕樹の目には、覚悟の灯火が輝いていた。
「裕樹、もし緑峯に行くのだとしたら、あまり刀の力を使わんほうがいい。その力は強力じゃ。狙われやすい。下手したら、周りにも余計な危害が加わるかもしれん」
「っ…ああ。刀は普通の刀として使うよ」
「それが良いじゃろうな」
そこで会話は途切れた。
裕樹は、なぜ祖父が緑峯学園に進学しようとしていることを知っているのか疑問にも思ったが、祖父だからと自己完結した。
二人は無言で道場に戻り、裕樹はそのまま家に帰ろうとした。
「待て。そのままじゃ危険であろう。これを持ってけ」
裕樹に投げ渡されたのは、真っ黒の刀用の袋だった。
「それは、その刀用のやつじゃ。…その刀の名は、黒吹雪。あやつと同じ、氷系の力を得意とする。ザラキは他の力も使える万能の者じゃ。どう使うかは裕樹次第じゃよ」
「サンキュ、じいちゃん」
裕樹は、今度こそ家に戻った。
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「ただいま」
外はすっかり暗くなり、夕飯の匂いが漂ってくる。
裕樹は家の戸を開け、中に響くように言った。
「おかえりなさい。…あら、その刀は…?」
「俺の護るための力だよ」
母は微笑み、そう、と言った。
「ご飯、出来てるわよ」
「ん」
リビングに着くと、祖母がいた。
「ばあちゃん、待たせたね」
祖母は、椅子に座りじっと待っていた。
「おや、裕樹かい? あの人はどうしたんだい?」
「まだ道場だよ。やることが残ってるんだって」
「そうかい」
祖母の視線は刀に向く。
「…そうかいそうかい。選ばれたんだね」
裕樹は祖母が知っていたことに対して、少し驚くが、あの祖父の妻なので知っていてもおかしくないと納得した。
「…うん。まぁ、ね」
祖母は自分の隣の席を叩き、裕樹を座れと促す。
裕樹は、祖母の隣に腰掛けた。
「じゃあ、食べよっか。お義父さんはまだみたいだからね」
母は苦笑しながら、いただきます、と言う。
それに続き、裕樹と祖母も言った。
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「これでよかったんかのう…」
祖父は道場で一人、座っていた。
「主が決めたことじゃろ、裕太朗」
道場にもう一つの声が響く。
「ザラキか」
祖父…裕太朗は目を閉じたまま、言い当てた。
「主も随分と老いたものじゃな」
「そういうザラキは変わらんようじゃ」
二人は、知り合いだった。
「…その口調、気持ち悪いな」
「それはひどいんじゃないか? ザラキ」
裕太朗は苦笑いを浮かべ、口調を変えた。
「矢張り、主はその方が良いな」
ザラキは笑った。
柔らかく、綺麗に。
「久しぶりだな、この口調。じじいになってからは、さっきので貫いていたから。それよりもザラキ、どう思う? 俺の孫は」
「そうじゃな…見込みはある。流石、裕太朗の孫といったところか。だが、妾の主としては満たない。成長すると言っても、未知数じゃ」
「…何を馬鹿なことを。そのほうが楽しいくせに。その証拠に、ザラキの顔、綻んでるよ」
裕太朗の言った通り、ザラキの顔はゆったりとしていた。裕樹には見せていなかったような、優しい顔だった。
「麟之介に封印され、ずっと暇じゃった。唯一の楽しみといえば、主と話すことじゃった」
「…すまない。俺が力不足だったから、お前を解放してやることが出来なかった」
裕太朗は申し訳ないというより悔しそうな表情だった。
ザラキはそんな裕太朗の頭を撫でた。
「いいんじゃよ。結果的に主に触れることが出来ている。それだけで、妾は充分じゃよ…。裕樹のように先祖返りのような力を持つ者はそう滅多におらんからな」
「ああ…そうだね…」
「妾は、裕樹に嘘をついた。それを知るのは何時になるのじゃろうな」
ザラキは、窓から見える月を見上げた。
「変わらないのう。いつの時代も、綺麗な月は」
「変わらず月は綺麗だよ、今も、昔もね」
そういった二人の手をは、強く握られていた。