謎と過去と少女と
いつの間に目を瞑っていたのだろうか。
裕樹はそっと目を開けた。
あの地下室と同じく、その空間は真っ白だった。
よく目を凝らすと、黒い檻の中に人影がある。
「誰だ…?」
疑問を口に出してみた。
「…人か。珍しいのう」
幼い女の子の声。
その声とは裏腹に、口調は随分と古いものだった。
「何用じゃ」
その少女に裕樹は問われた。
姿は見えないのに、何故か背筋が凍るような悪寒。恐怖を覚えた。
理由はわからない。でも、恐かった。裕樹にとって、初めての感覚だったという。檻の中に閉じ込められている少女は、不思議な雰囲気を纏っていた。
「…用はない。じいちゃんに言われて、気が付いたらここにいた」
「そうか。お主は麟之介の子孫か」
「…そうらしいな」
少女の乾いた笑い声が裕樹の耳に届く。
「フッ…妾を解放しに来たようじゃな。
じゃが、妾はもう二度と人間に従わん。醜き人間どもに支配されるくらいなら、ここで朽ち果てた方がマシじゃ」
なんとなく、裕樹はその人間を馬鹿にしたような言い草にカチン、ときた。
「お前がどう思っているのかは知らないけどな、人間の全員が全員、馬鹿みたいに私利私欲のことしか考えてるわけじゃねぇ。少なくとも、俺は自己犠牲で死んだ奴を知っている。
その発言は許せねぇな」
裕樹にとって、自分の父親が馬鹿にされたような感覚だった。
目を閉じれば思い出すあの光景。幼い頃の裕樹はまだ理解ができていなかったが、あれが所謂“特別な力”なら合点がいく。
「ならば、お主を試させてもらう。なぁに、簡単な事じゃ。お主の記憶を見させてもらった。
もう1度それを見て、お主がどういう反応をするのか、それを見定めさせてもらう」
影が動いた。
その瞬間、裕樹の意識は何処かへと飛ばされた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「こ、ここは…?」
裕樹が立っていたのは、あの日の海。
父親が死んだあの日のとある夏の物語。
「裕樹! 来い!」
懐かしい声が聞こえた。
裕樹が声のする方へ振り返ると、そこには幼き自分と今は亡き父がいた。
「お父さん!!」
走りながら父親の元へ向かう、あの頃の裕樹。
その表情は今では考えられないほど可愛らしく、純粋なものだった。
「…ほんと、皮肉だよな。こんなことがなけりゃ、俺だってもう少しはましな人間になっていただろうに…」
自分の手と幼い自分を見比べて裕樹は呟いた。
目の前では、自分を軽々と持ち上げる父の姿があった。
「裕樹、スイカ食べに行くか!」
「うん!」
元気に返事をした小さな裕樹は、とある1点を見つめる。父の腕から飛び降り、“そこ”へ向かった。
「ダメだ! 行くな!!」
裕樹の声は届くはずもなく、手は空を切る。
「ダメ…なんだ…! そいつは…!」
小さな裕樹が向かった場所は、波打ち際。その場所には、倒れている女性がいた。
小さな裕樹は、なんでみんな助けないの…? と思いながら、その人に近づく。
「大丈夫ですか?」
純粋無垢な小さな裕樹は、警戒心というものを持たなかった。
「ええ…大丈夫よ。それより、あなた…私が見えるのね…?」
「え…」
急に女の雰囲気が変わる。
その女は立ち上がり、ウネウネと長い髪の毛を動かしながら、小さな裕樹に近づいく。
「裕樹!!」
父は小さな裕樹を庇おうと前に出る。
その時、裕樹の中で時間が止まった。本当に止まったかどうかなんてわからない。だが、今の裕樹にとってそれはどうでもよかった。
(また、助けられないのか? 自分のせいで失うものがあってもいいのか…? この光景を見て、動けないままでいるのか…!?)
裕樹は大きく深呼吸をすると、ぐちゃぐちゃな頭を整理するように、裕樹は目を瞑る。
(いいや、俺は変わったんだ。
臆するな。一度体験したことじゃないか。ここからの行動パターンは読めている。あの女が海水を操り、俺の親父を水の球に入れ、溺死させる)
裕樹はふっと思いついた。まるで、神の暗示を受けたかのように。
(なんだ、あの女の子が言っていたとおり簡単な事じゃないか。俺が身代わりになればいい)
裕樹は、そう考えつき、行動に移した。
自分の体が軽くなったような錯覚を覚え、重い砂浜を軽快に走っていく。
目指すは、父親と女の間。
「待てぇ────!!!」
水の球が父親を飲み込む寸前、裕樹は自分の体を滑り込ませ、間一髪で身代わりになった。
運が良かったのは、その水の球が一人しか受け付けないことだ。二人以上受け付けるのであれば、確実に父親も巻き込まれていた。
「なっ…」
あの女の表情が驚愕に染まる中、裕樹は笑った。
(ザマァ見やがれ)
心の中でそう呟いた時、裕樹の意識はまた、闇に落ちた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
___パチパチパチパチ
一番最初に聞こえてきた音は、一人しかしてない虚しいような拍手だった。
ゆっくりと体を起こした裕樹は、自分の体が生きているのかを確認する。
「あれ…俺…?」
頭を抑え、記憶をたどる。
そう、確かに自分はさっき、一度死んだはずだった。なら何故? その疑問が浮かんだ時、拍手が止み、あの幼い声が聞こえてくる。
「あれは夢じゃ。お主の今の精神に問題は無い」
そうだ、試されるとかなんとかで…。
「主としては、屑の極み。自己犠牲が得意な妾が嫌いなタイプじゃ。
じゃがな、見てみとうなった。お主がこれからどう生き、どう死ぬのか…。妾は、お主のそばで見たくなったのじゃ。
裕樹、こっちへ来い」
言われるがまま、裕樹は動く。
檻の前に立ち、そこで初めて顔を見た。
座っているから大体としてしか分からないが、身長は約130cm。艶がかった真っ黒の髪を床まで伸ばし、ポニーテールにしている。服は、赤と白、黒のゴスロリで、髪飾りも服と同じようなデザイン。妙に、その格好が似合っていた。
「その檻に触れてみろ」
裕樹が触れると、檻はパリンと音を立てて崩れた。
それにびっくりした裕樹は、二、三歩後ずさる。
「気にせんでも良い。お主にはなんの危害もないのじゃ。
この檻は、麟之介の血縁の者しか解けんようになっていてな、妾も解いてもらうのは主と決めているのじゃ」
「てことは…?」
彼女は立ち上がり、仁王立ちで言った。
「相澤裕樹、お主を妾の正式な主として認める!」
別に、求めてはいなかった。
元々、よく分からないままこの空間に来させられて、認められても状況が読めない。
でも一つだけわかる。
この人の試練のおかげで、俺は一つの過去を克服できた。
「…ありがと、えっと…」
「ザラキじゃ」
某人気冒険ゲームの呪いの呪文だった。
その名前に笑いと驚きがこみ上げてきて、思わず声を出して笑ってしまった。
「あははっ!ははっ!」
「笑いすぎじゃ」
唇を突き出し、不機嫌そうな顔をする幼女…基、ザラキは手を差し出した。
不思議そうな顔をする裕樹に溜息をつき、
「察しの悪い男じゃなぁ…握手じゃよ。妾は、これを契約の証としておる」
「そ、そうか…」
貶されたが、取り敢えずザラキの差し出された手を左手で握った。
「我、真木麟之介により封印されし者。今を以て、相澤裕樹を主とし、彼の助けとなろう」
ザラキはそのまま裕樹の左手の甲を自分の唇に当てた。
いきなりの事に、裕樹は顔を赤らめる。
彼も思春期の健全な男子だ。幼女趣味はなかろうと、女にこのような事をされたら、気が持たない。
「ちょっ…」
手を離してもらうと、左手の甲には六芒星が浮かんでいた。
「それは契約印じゃ。妾は刀としての形を保つが、普段はその契約印に力を宿す。必要な時は、お主の髪でも唾液でもなんでもいい、なにかお主とわかるものを媒体とし、呼び出せ。
『我、魔王が娘、ザラキを使役する者なり。汝、我の応答に答えよ』
その後にお主の望みの力をいえば良い。
あとは全て脳内に説明を送ろう。ただ、これだけは気をつけろ。妾は、お主が気に入ったから主として認めただけじゃ。もし、その気を裏切ろうと言うのなら、妾はお主を容赦なく斬る。良いな?」
その言葉は重く、確かに心に刻まれた。
「ああ」
裕樹は真っ直ぐにザラキを見つめ、頷いた。
「よろしい。では、現実に帰すぞ」
薄れゆく意識の中、小さく聞こえたのはザラキの声。
___麟之助の先祖返りに近う者よ
___どうか、道を違えるなよ
___かつての麟之介の様にな_____