89 聖エルフ、答え合わせをする
――えっ? 自分ごと、すべてをなくそうとした?
だれが? わたしが? 聖樹様に選ばれなかったから?
「えーっとー、……ああ、そうだよね。たしかに、おかしいよね。ドワーフを倒すのにエルフでもないわたしって。……うん、そうだよね。それで、その、……暴れたの?」
胸の奥にトゲが刺さったみたいに、鼓動と一緒に呼吸が浅く速くなる。
「すこし、落ち着いたら? いつも話してることだし、ソールももう怒ってない。パウラはもともとあんたに同情的だったし、聖樹だって癒やしの聖エルフを褒美に産み出してくれたでしょ。もう、すべて終わったことだし、みんなこれでよかったのかもって思ってる。ひょっとして、あんたが怒るところなのかもしれないけど、あんたは記憶を捨てちゃったから、怒るもとを失くしてるしね」
女の子が何もない空間をパタパタ叩いて、わたしに座るよう促す。
うん、とうなずいて腰を下ろしたわたしは、床のようなものに手のひらを滑らせて心を鎮めた。
「毎度のことだけど、同じ説明をしてあげる。ただし、毎度のように目を丸くして、説明がへたくそ過ぎるみたいなことを思わないでよ。わたしだってあんたがボロボロにした記憶を繋ぎ合わせて、なんとかやりくりしてるんだからね」
「そうなんだ。ごめんね」
「まず、聖樹がかつて九つの世界を結んでいたってのは知ってるよね」
「うん、トールが言ってたね。かつてっていうことは今はちがうの?」
「今は八つの世界しか結んでいない。どういうことかというと、聖樹はドワーフにスヴァルトヘイムのお店を囲まれて攻撃されたでしょ」
「えっ? お店? 聖樹様はお店を出してるの?」
想像だにしていなかった言葉に、目がまん丸になる。
「ちっ! ほら、やっぱりまた言った。だから説明するの嫌なのよ。これがいちばん分かりやすいのよ。黙って聞きなさいよ」
女の子は盛大な舌打ちを披露して、わたしをつり上がった目で睨みつけた。
「聖樹っていうのはひとつだけど全部で九つのお店を持ってたの。つまり、木が生えてるところがお店。分かるわよね。そのひとつであるスヴァルトヘイムのお店がドワーフに囲まれて、追い払えなくなったわけよ。今は大丈夫でも、ドワーフがもっとちからを持てば、いずれはお店が壊されるかもしれないって聖樹は思ったわけよ。それに、スヴァルトヘイムとアルフヘイムは海でつながってるじゃない。その次は、アルフヘイムのお店も壊されるかもしれない。大問題よね」
はあ、お店ですかと思いながらも、わたしはできるだけ表情を変えず、女の子の言葉に耳を傾けた。
「そこで、聖樹は考えたんだろうね。あんたの世界にあるお店をたたんで、その在庫商品を使ってドワーフを倒そうってね。もともと、あんたの世界のお店は海底深く沈んでいて、ほとんどちからを持っていなかった。とはいえ、聖樹の一部だからね。聖エルフにそのちからを注ぎ込めば、聖樹の化身とでも呼ぶべきちからを持った聖エルフを作ることができる。うん、そうしようってことで、あんたの魂に在庫商品を背負わせて本部に呼びつけたってわけよ。その結果として、あんたの世界は完全に聖樹のちからの及ばないところとなった訳だけど、まあ、しょうがないわね」
今度は在庫商品に本部ですかと思いながらも、女の子の機嫌を損ねるのが恐くて、ふむふむと神妙な顔でうなずいた。
「分かりやすかったでしょ。つまり、あんたは運送屋として聖樹に選ばれたわけ」
「あー、うん、運送屋ね」
コクコクと素直にうなずくわたしに、女の子は機嫌よくうなずき返した。
「今日は今まででいちばん素直じゃない。いつもそうだと助かるのにね。でね、あんたが本部についたら、そこにソールとパウラがいたわけよ。聖樹の計画としては、ソールの魂を中心に据えて、そこにパウラとあんたの魂をくっつけて聖樹の化身とでもいうべき聖エルフを産み出そうってところね。弱いとはいえ世界一個分のちからを運んできたあんたと、スヴァルトヘイムの聖エルフのちからを与えられたソールと、アルフヘイムの聖エルフのちからを与えられたパウラ。三人合わせれば聖樹の化身の出来上がりってわけ」
「うん、分かりやすいよ。それが聖樹様の究極の一手ってことなんだ。ふーん、すごいね。でも、なぜ、そんなこと知ってるの?」
女の子はのけぞるように胸を張って、ふふんっと鼻で笑った。
「ソールともパウラともずいぶん仲良くなったからね。ひとりひとりはボロボロでも、三人寄れば文殊の知恵って言うじゃない」
「あっ! それと、パウラってアルのお姉さんだよね。三つの魂のうちのひとつがそうなんだ。知らなかった。アルとはやっぱり縁があるんだね」
わたしの言葉に、女の子は白い目でこちらを見た。
「あんた、それ一度起きてるときに気が付いたのよ。それで、頭痛起こして記憶を消しちゃって、しばらくパウラが使いものにならなかったわよ。ガタガタ震えてね。気をつけなさいよ、ホント。記憶ってね、全部が繋がっててはじめて機能するからね。あんたの頭痛はその繋がりを断ち切っちゃうのよ。そうなったら、それはもう記憶じゃなくなるからね。検索機能が効かない意味不明な知識の集まりになるからね」
はい、分かりましたとかしこまった顔で応えたわたしに、女の子は、分かってないくせにと突っ込んだ。
たしかに何ひとつ分かってなかったわたしは、こどもの頃の自分より理解力が低いってどうなんだろうねと、ため息をもらした。
「じゃあ、話を戻すわよ。で、ソールを見たあんたは気がついたわけ。聖樹にだまされたことをね。大荷物背負って、はるばるやってきたのに、与えられた役目はソールの魂に従う何ひとつ思いどおりに動かせない三番目の魂。どう思う?」
「あー、うん、ひどいね。でも、ドワーフと戦うためにはそうなるよね。うん、しょうがないよね」
「あんた、忘れてるからって悟りを開いたようなこと言ってるけどね。その時のあんたったら、もう、そりゃあ、大暴れよ。この世の終わりが来たみたいに、泣いて、わめいて、叫んで、そりゃあ、大変なもんよ。でね、あんたは何を思ったのか、背負ってた大荷物をそこら辺にぶちまけだしたの。聖樹のちからをよ。手当たり次第にそこらじゅうよ。それで、あんたの記憶も、ソールの記憶も、パウラの記憶も、繋がりが断たれてボロボロになったのよ。わたしが怒ってたのはね、ソールとパウラに向けてぶちまければよかったんじゃないかってことなのよ。なんで、自分ごとぜんぶ壊す必要があるのよ。魂だってね、繋がりが断たれればボロボロになるのよ」
口調のきつくなった女の子に、本当に怒りがとけているのか疑問に思いつつ、頭を下げる。
「うーん、ごめんなさい。覚えてないから……」
「そりゃあ、覚えてないでしょうよ。でね、三人ともボロボロになったのよ。いちばんボロボロになったのはソール。ソールが三人の魂の中心だったからね。いちばん被害が大きかった。あんたも大ダメージ。かろうじてパウラはちからを残してたの。だから、あんたは、というか、パウラはウルズ村の近くで生まれたの。本当はスヴァルトヘイムで生まれる予定だったはずよ。だって、ドワーフと戦うために産み出されたのに、アルフヘイムの森の中で生まれるっておかしいでしょ。どうしても家族のもとに帰りたかったパウラが、主導権を握って生まれる場所を変えたのよ」




