87 聖エルフ、アルとシェーナと輪になる
春の嵐とでも呼んだらいいだろうか、氷っちと風の聖エルフの闘いというか、ケンカが終わり、平穏が訪れた。
いつのまにか現われた村長さんの挨拶を、腹が減ってんだの一言でさえぎった風の聖エルフが、氷っちと一緒に天馬に乗って翔け、ソフィアさんが慌ててその後を追った。
飛び去る前に、風の聖エルフがわたしに向かってなにやら神妙な顔でゴニョゴニョ言っていたが、氷っちが後できっちり挨拶させますねと笑顔で手を振った。
お接待をしている家は白い大きなのぼりを立てておりますから、空から見ればすぐ見つけられましょうと、村長さんはあっというまに飛び立った天馬を見ながら、わたしにほほ笑んだ。
「ところで、ソラ様」
頭を軽く下げた村長さんは、ずいっとこちらに顔を寄せた。
「ひとつだけ、わたくしのわがままを聞いてくださいませんか?」
さすがの村長さんの温かな笑顔に、わたしも引き込まれて笑顔になる。
「ふふっ、村長さんがわがままだなんて。わたしにできることならドーンと聞いちゃうよ」
「ありがとうございます、ソラ様」
くるりと振り返った村長さんは、いまだに腰を抜かして座り込んでいるみんなに向かって大声を出した。
「ソラ様にお許しをいただいた! これから十数えるあいだだけ、ソラ様を拝んでよろしい! ただし、その後は今までどおり振る舞うように!」
そして、村長さんは両膝をつき、大きくからだを投げ出して、わたしに向かって聖樹様への感謝を捧げ始めた。
まわりにいたみんなも慌てて、おなじようにわたしに感謝を捧げ始めた。
――えっ! こんなことが村長さんのわがままなの? どういうことなの?
居心地の悪さにむずむずしながらも、わたしはふむふむとうなずきながらみんなを見回した。
しばらくして立ち上がった村長さんは、頭をこちらに寄せて、こうしないと皆が動けませんからとささやいた。
そういえば、さっきまで蒼白になっていたみんなの顔に赤みがさし、目がキラキラと輝いている。
「あー、そうだよね。みんな氷っちと風の聖エルフのケンカを見て腰を抜かしてたもんね」
――そういうことか。ふふっ、さすがは村長さんだね。たしかに、みんな動けるようになってるね。
うん、うん、とうなずいたわたしに、村長さんは笑顔のまま声をひそめた。
「ソラ様、たしかに、聖エルフ様がたのちからのほどは、我々の腰を抜かすのに充分でございました。ただ、それよりも皆を動けなくさせたのは、先ほどのソラ様のお言葉でございますぞ。氷の聖エルフ様を産み出されたと、はっきりとおっしゃっておりましたぞ」
――なっ! 聞こえてた? みんなに? えーっとー……。
思わず、背すじに冷たいものが走り、言い訳を探して目が宙をさまよう。
――ウソをついてました? いや、いや、聖樹様がウソをついてましたって言い訳はどうなんだろう。
まちがえました? いや、いや、どんなまちがいよ。
「えーっとー、……聞かなかったことにしてもらっていいかな、村長さん」
さすがの村長さんはすべてを包み込む笑みを浮かべて、頭を下げた。
「では、われわれは今までどおり振る舞うことといたしましょう。とはいえ、風の聖エルフ様までお祭りにいらっしゃっていただけたとは、まことにありがたいことでございます。今宵の宴会が楽しみでございますな」
村長さんは笑顔のまま、わたしの目を意味ありげに覗き込む。
――うん、そうだね、村長さん。風の聖エルフも聞いてたよね。
うーん、夜までにどうするか考えておかないとね。
「なんでしたら、親子水入らず三人で過ごされるよう、手配いたしますが……」
――えっ! そっち? というか、どっち? そんな心配? どんな心配?
えーっと、そうだね、村長さんとしてはそう考える、のかな?
「いや、いや、みんなでね。ご飯はみんなで食べるのがいちばんおいしいからね。お祭りだしね」
それもそうでございますな、という言葉とともに、村長さんは次のお接待先に向かって誘導を始める。
シェーナがトコトコ走ってきてわたしの手をとった。
「ねえ、ソール。氷っち、行った?」
「そうだね、氷っちはこれからデートだからね。ここからはわたしと一緒に行こうか」
アルも走ってきて、ちょっと離れてぎこちなく歩き出した。
「アル、さっきはありがとうね。お菓子が減っちゃったから、お接待先についたらすこしずつ分けて返すね」
かしこまった顔でぶんぶんと手を振るアルに、わたしはすこし距離を感じていっきに近寄った。
左手をシェーナとつないだまま、右手でアルの手をとってにっこり笑いかける。
スヴァルトヘイムから帰って、わたしはすこしだけ強くなった。
アルがわたしに近寄りがたいのであれば、わたしが一歩踏み出せばいいだけのことだ。
聖樹様の化身なんてたいそうなものに、平気で近寄ってこられるエルフさんなんていない。
アルだってそうだ。
放っておけば、どんどん背が高くなって、どんどんわたしから離れていくにちがいない。
いきなり手をとられてびっくりしたのか、アルは顔を真っ赤にして下を向いた。
逃げるように引きかけたアルの手を、わたしの盾は逃がさなかった。
バランスをくずしたシェーナがパチパチと目を瞬いて、わたしとアルの手を見た。
「デートなの?」
アルがびくんと全身を硬直させた。
右手と右足が同時に出て、脚がつっぱたようにたたらを踏む。
「氷っちと風の聖エルフは恋人同士だからね。久しぶりに、ふたりでおいしいものを食べてまわるの」
――ふふっ、みんなの監視付きだけどね。
「そうなんだ。よかった。氷っち、いつも寂しそうだった」
シェーナの言葉に目頭が熱くなる。
――そうか、だからシェーナはいつも氷っちと一緒にいたのか。
シェーナと一緒にいるときの氷っちはとっても幸せそうだったけど、シェーナには氷っちの心の奥が見えてたのかな?
やっぱり、氷っちは風の聖エルフと一緒にいたほうが幸せなのかな?
うーん、どうなんだろうね?
わたしが決めることでもないし、氷っちが決めたらいいか。
「デ、デ、デ、デートじゃないって、シェーナ。デートじゃないから。手をつないでるだけだから。シェーナだってソラ様と手をつないでるじゃないか」
急にうわずった声をあげたアルが、シェーナとわたしのつないだ手を指差す。
きょとんと首を小さくかしげたシェーナが、小さな石につまずいてバランスを崩した。
とっさにアルがシェーナを抱えて、わたしたちは三人で小さな輪になった。
シェーナがへにゃっとアルに笑いかけ、アルもシェーナにニコッと笑みを返す。
ふたりの笑顔を見て、つながった三人を見て、なぜだろうか、わたしは小さなこどものようにコロコロと笑った。




