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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第四章 聖樹の化身
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85 聖エルフ、ケンカの仲裁に入る

 お昼を回ったところでようやく一軒目のお接待が終わり、わたしたちは氷っち信者をぞろぞろと引き連れて二軒目へと向かっていた。


 一日当たり二十二軒回らなければならない超過密スケジュールは、すでに一軒目において破綻の兆しをみせていた。


 氷っち一行を先導するソフィアさんは緊張の面持ちで汗を拭い、遅れた時間を取り返そうと歩を進めながら、ぶつぶつと聖樹様に祈りを捧げていた。


 しかし、ソフィアさんの願いは聖樹様には届かなかったのだろう。


 いちばん後ろをポクポク歩いていたはずのアオが、いつのまにかわたしのすぐ横までやってきて、盾に頭をこすりつけた。


 アオのまとう雰囲気にピンときたわたしは、すぐさま空を見上げた。


 すると思ったとおり、ギムレーの方角から一頭の天馬がこちらに向かって翔けてくるのが見えた。


 わたしは急いでアオに跳び乗り、背筋をシャキッと伸ばした。


「ソフィアさん、少しだけでいいからみんなを遠ざけて!」


 その声に、ソフィアさんの指示を待つことなく、みんながぞろぞろとわたしたちから離れた。


 氷っちの傍にいたシェーナもアルに腕を引かれて、みんなところに連れて行かれた。


 氷っちだけがアオの背中に手をかけて、わたしと一緒にじっと天馬を見つめていた。


 その銀色の瞳が悲しげに揺らぎ、薄い唇がキュッと引き締められた。


 氷っちの喜ぶ姿が見られると思っていたわたしは、頭に疑問符を浮かべたまま天馬の到着を待った。


 春の風とともに降り立った天馬に、アオが威圧するかのようにグイッと首を突き出す。


 天馬はアオに張り合うかのようにじーっと目を合わせた後、ふっと顔を横に傾け口をパクパクさせて頭を下げた。


 ため息をつきながら天馬から跳び下りた風の聖エルフは、ソフィアさんを指差してちょいちょいと呼んだ。


 戸惑いながらも瞳に喜色を浮かべたソフィアさんが、さささっと天馬を引いて脇によけた。


 風の聖エルフはこちらに向きなおると、厳しい表情を浮かべ、氷っちに歩み寄った。


「どうすんだ? 一緒に来ないんなら、俺ひとりでいくぞ」

 

「わたしは行かないわ。だって、わたしの使命はあなたと生きることだもの、風の聖エルフ。そうですわね、お母様?」


 ――えっ! ここでわたしに振る? というか、迎えにきたんじゃないの?


 急展開についていけず、わたしの脆弱な思考回路がギギッと音を立ててとまる。


 とりあえず、時間稼ぎのためにアオから下りて、背中を軽くなでた。


 そのあいだずっと注がれていた氷っちの懇願するような瞳に負け、わたしは頭をコクコクとたてに振った。


「……う、うん、そう、だね」


 なんとか絞り出した声に、風の聖エルフが噛みついてくる。


「そもそも、おまえはいったい何者なんだ! なんだってここにいるんだ! ここは俺のなわばりだ! なんだって今頃のこのこ現われて好き勝手やってんだ!」

 

 口をとがらせ眉毛を威嚇するように吊り上げた風の聖エルフだが、金色の瞳は今にも泣き出しそうに見える。


 感情のおもむくまま踏み出された脚がいっきに間合いを詰め、伸ばされた腕がわたしに迫る。


 しかし、その腕が届く前に、すっとからだを滑らせた氷っちが、わたしと風の聖エルフの間に割りこんだ。

 

「たとえ、あなたであろうとお母様に手を上げるのであれば、容赦しないわ」


 氷っちの盾が冷めた光を帯び、春の風を巻きこんで冷気を放出させる。


「なに言ってんだ! こいつが聖樹様なわけがないだろう! どいつもこいつも目が腐ってんのか!」


「そう思っているのなら、なぜドラゴンを倒しに行くなどと言いだしたの? ここ二千年何ひとつ状況が変わっていないというのに、今なぜわざわざ死にに行く必要があるの?」


「なに言ってんだ! 俺が死ぬわけないだろう! ちょっと行ってドラゴン倒して、帰ってくるだけだ! ちょちょいのちょいだ! 指一本で倒してやるよ!」


 風の聖エルフが氷っちの目の前に人差し指を突きたて、風の刃を指にまとわせていく。


 伝説の聖エルフ同士の一歩も引かない睨み合いに、まわりのみんなが腰を抜かしてへたり込む。


 この世の終わりが来たかのように、みんなあわあわと口を半開きにしたまま、わたしを拝みだした。


 ――うーん、そうだよね。仲裁役はわたしってことになるよね。


 とはいえ、なんだかわたしも関係してるみたいだし、どうしたものやら。


 わたしは氷っちの背中から顔だけ出して、風の聖エルフの泣き出しそうでいて、それでも強情に瞬きすらしない瞳を覗き込んだ。


「ねえ、風の聖エルフ。ドラゴンを倒しに行くの?」


「おまえには関係ない!」


 ――即答だね。嫌われたもんだね。なんだろうね、これ? 何かしたっけ?


 今にも吠えかかってきそうな風の聖エルフを、氷っちがたしなめる。


「お母様に向かってその口のきき方はなんなの! 風の聖エルフ! 今すぐ謝りなさい!」


「そいつは、空の聖エルフだ! 聖樹様なんかじゃないって言ってんだろ!」


 ――うーん、やっぱり、ふたりのケンカの原因ってわたしにも関係があるのかな?


 風の聖エルフはわたしを聖樹様扱いしてないみたいだし。


 トールめ、わたしを聖樹様にしなければ聖エルフ同士もめごとが起きるって言ってたのに、結局わたしを聖樹様にしたってもめごとが起こってるじゃないのよ。


「ねえ、ねえ、ふたりとも、わたしは聖樹様の化身じゃないからね。空の聖エルフでいいよ」


「おぅ! そうだよな! やっぱり、そうだよな! だろ! なあ、土の聖エルフ! やっぱりそうだったじゃないか!」


 何が気にいったのかさっぱり分からないが、風の聖エルフがわたしと氷っちに口を大きく開けてドヤ顔をし始める。


「お母様、いいのですか、風の聖エルフのためだけにそのようなことを言って? 皆に誤解を与えることになりますよ」


 こちらを振り返った氷っちが銀のまつげを瞬かせ、瞳をかげらせる。


「ねえ、氷っち。そんなことより、ふたりのケンカの原因って何なの? ひょっとしてわたしが原因なの?」


「おまえには関係ないって言ってんだろ! すっこんでろ!」


 風の聖エルフが慌てて食ってかかってくるのを、氷っちが再び盾を光らせて押しとどめる。


「風の聖エルフはお母様にほめて欲しいのです。そのためだけに、山岳地帯のドラゴンを倒してくるなどと息巻いているのです」


「ちょっ! おまっ! なに言ってんだ! ちがうって言ってんだろ! 俺はただ、ドラゴンと闘いたいだけで……」


「あんな高いところにあるドラゴンの住処に踏み込めば、ちからが満足に使えないわ。分かっているはずよ、風の聖エルフ。わたしの壁はあなたを守ってあげられなくなるし、あなたの刃だってちからを失うわ」


 ――うん? 高いところだと、ちからを使えなくなるの?


 そういえば、聖樹様の慈愛のせいで低地ではドラゴンのちからが抑えられてるって、マティアスが言ってたっけ……


 あっ! 気圧か! 高いところだと空気が薄くなって聖樹様の慈愛が減るのか。


 じゃあ、聖エルフのちからは弱くなって、ドラゴンのちからは強くなって。


 危ない、危ない、何やろうとしてるのよ、風の聖エルフは。


「なに言ってんだ! いけるって! 高いところまで行っておびき寄せればいいんだ! ちょろいもんだって!」


「そう言って、三回ほど死にかけたのを覚えていないの? それとも、昔すぎて忘れたの? その度にわたしがどれだけ苦しい思いをしたか分かっていないの? もう、あなたが傷を負うのは見たくないの! あなたに好き勝手させれば、いずれあなたは命を落とすわ! お母様に自慢するために命を落として、お母様が喜ぶと思うの?」


「じゃあ、どうしろって言うんだ! 俺はドラゴンを倒すために生まれてきたんだ! 三千年もちんたらやってたせいでこの有様だ! とうとう、しびれを切らして出てきちまってるじゃないか!」


「お母様はドワーフを懲らしめるために出てきたの! あなたを怒るために出てきたのではないわ!」


 ――あれっ? 話がおかしなことに……


 ひょっとして、風の聖エルフって、わたしを聖樹様認定、してる?


「そうですわね、お母様? 風の聖エルフを怒ったりしませんよね?」


 ――えっ! でも、風の聖エルフはわたしが聖樹様の化身じゃないって言ってるんだから、どう応えていいのか……。

 

 そう思ってるそばで、風の聖エルフが拗ねたように視線を地面に落とした。


 ――ちょっとー! 認定してるよー! 今、明らかに拗ねたこどもの目を見たよ!


 こどもだよ、思い出したよ、風の聖エルフがいちばんのこどもだって。


「……うん、そうだね。怒ったりしないよ。うん、ウルズ村だって風の聖エルフのおかげでエルフが暮らせるようになったし、みんな本当に感謝してるよ」


 まずは反応をうかがおうと口に出した言葉に、風の聖エルフの耳がピクンと跳ね、傾いていた頭がまっすぐに戻る。

 

 ゆっくりと右手が持ち上がり、その人差し指が、ひねたこどものような表情をした風の聖エルフ自身の顔を指す。


「うん、そうだよ。風の聖エルフと言えば聖エルフの中でも一番人気だし、女性のあこがれの的だよね」


 氷っちの盾があやしく光るのを横目で見ながら、風の聖エルフの様子をじっと観察する。


 ほめたにもかかわらず表情にさほど変化のない風の聖エルフに、ふと首をかしげる。


 ――ん、ちがったね。風の聖エルフはそれほど女の子好きってわけじゃないのか。


 そういえば、ほめて欲しくてドラゴンを倒しにいこうとしてるって氷っちが言ってたっけ。


「ねえ、風の聖エルフ。もう充分だよ。ドラゴンも山奥まで追い払ったんだし、風の聖エルフと氷っちのおかげでみんな幸せに暮らしてるし、ふたりがいるからドラゴンも山から下りてこないんだよ。もう無理をせずに、みんなを守っていればいいんじゃなの?」


 再び視線を地面に落とした風の聖エルフは、悔しそうにつぶやいた。


「俺はドラゴンを倒すために生まれてきたんだ。まだ全部倒してない。使命を果たしてないんだ」


「ねえ、風の聖エルフ。あなたの使命ってドラゴンをすべて倒すことなの?」


「もちろん、そうだ。決まってる」


「うーん、それって誰に聞いたの?」


「誰って、そりゃあ、神口の聖エルフだよ。ドラゴンを倒してこいって言ってたぞ。あと獣とか、エルフの敵全部だな」


 ――トールめ、いつも、いつも、言葉が足りないんだ。


 わたしにはペラペラといらないことまで喋るくせに、風の聖エルフにちゃんと思いを伝えてないってどういうことなの?


「うーん、神口の聖エルフってエルフのためだけに生きてるよね。そうだよね、風の聖エルフ?」


「そうだな。俺が戦闘バカなら、ありゃ、エルフバカだからな」


 ――うん? 戦闘バカって自覚があったんだね。案外自分のことが分かってるんだね。


「そのエルフバカがドラゴンに村を焼き払われて、考えることって何? ドラゴンへの復讐? ドラゴンをすべて倒したいって、聖樹様にお願いしたりするかな?」


 ――そうだ、トールがそんなことを願うわけがない。


 それに、聖エルフを遣わしてくれるなんて思ってもみなかったって、トールは言ってた。


「神口の聖エルフは、エルフを救って欲しいって願ったんじゃないの? ドラゴンの脅威を目の前にして、ただ、ただ、エルフを守るためににちからを貸して欲しいって祈ったんじゃないの? 風の聖エルフなら分かるでしょう? あのエルフバカが、なにかを滅ぼしたいとか願う訳がないじゃない。守ることと救うことを第一に考えるんじゃないの?」


 頭をガシガシと手でかきながら、風の聖エルフはうーんと呻くような声を上げた。


「そりゃあ、あれか? 空の聖エルフが言ってんのか? それとも、……が言ってんのか?」

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