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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第四章 聖樹の化身
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84 聖エルフ、嫉妬する

 今日は春を迎えるお祭り、ウルズ村六十六か所参りの初日だ。


 お祭りの三日間、村人はそれぞれ好きなルートでお接待役の家を回り、聖樹様に感謝を捧げ、用意されているおはぎや春の菜のてんぷらやお菓子などをいただく。


 毎年六十六軒の家が持ち回りでお接待役を務めるのだが、今年は特に氷っちが村にいるということで、みんな気合いが入っているらしく、出される料理も腕によりがかかっていてほっぺが落ちそうになるほどおいしい。


 村のこどもたちも先を争って列に並び、普段は口にできないご馳走や甘味をお腹いっぱい食べて、顔中を笑顔ではちきれんばかりにしている。


 ただ、困った問題も発生している。


 氷っちが祭りに参加するとなると、六十六軒すべての家に顔を出さなければ、うちには来てもらえなかったなどと、あとで不満が出る恐れがあるらしい。


 そのため、一日当たり二十二軒回らないといけないのだが、昼前だというのにいまだに一軒目なのだ。


 原因のひとつが氷っちの爆発的人気だ。


 ウルズ村はかつてドラゴンのなわばりであったこともあり、風の聖エルフとともに数多くのドラゴンを倒した土の聖エルフは、もともと人気が高い。


 村の生みの親ともいうべき風の聖エルフには敵わないが、堂々の人気ナンバー2の聖エルフである氷っちが村に滞在しているのだ。


 当然のことながら、一目でいいから見てみたいとみんなが思っていた。


 ところが、氷っちは一度も屋敷から外に出たことがなかった。


 ただ、屋敷の中ではみんなと一緒に食事をとっているし、シェーナといつも一緒にいるので、屋敷のエルフさんにとっては見かける機会も多い。


 そして、一度でも氷っちを見かけた者は、その美貌に息をのみ、村のみんなに自慢して回る。


 シェーナと仲良くなってからは、その優しさと気遣いも評判となり、今や風の聖エルフを凌ぐほどの人気を獲得している。


 その今をときめく氷っちが、春の祭りでようやくみんなの前に姿を現すのだ。


 村のエルフさんたちがこぞって、氷っち見たさに殺到する可能性も考えられた。


 とはいえ、エルフにとって氷っちは雲の上の存在であり、近寄ることなど畏れ多くてできるはずがない。


 遠巻きに見て拝むぐらいだろうと、みんな軽く考えていた。


 思えば、氷っちの人気を過小評価していたのだろう。


 お祭り当日の朝、屋敷を出るときから、すでに大勢のエルフさんたちが、氷っちを一目見ようと人垣を作っていた。


 そして、氷っちを見たとたんにみんな弾かれたように胸を押さえ、ひざまずいて動かなくなった。 


 屋敷の男性陣もそうだったが、氷っちの美貌に一目惚れしたか、忠誠を捧げたくてうずうずして動けなくなったのだろう。


 その中のひとりが、胸を押さえたまま恍惚の表情で倒れ込んで、意識を失った。


 みんなが長老さまーと叫んでいたので、けっこうな高齢なのだろう。


 エルフにとって死とは聖樹様に魂を召されることであり、まるで魂を呼び寄せた張本人を見つけたかのように、みんなの視線が氷っちからわたしに移った。


 ――なっ! わたしなの? 氷っちだよね! 氷っちを見て胸を押さえたよね!


 あれっ? いや、そうじゃなくて、わたしに治療して欲しいってことなのかな?


 などと悩みながらも、なんとか長老さんの聖樹様の慈愛をととのえて、事無きを得た。


 長老さんは無事に目を覚ましたのだが、心配した氷っちが手をとって優しく話しかけたことから、また大騒ぎとなった。


 氷っちの美貌からもれる優しい声と気遣いに直に触れたエルフさんたちが、次々と氷っちに忠誠を捧げると言いだし、先に進めなくなったのだ。


 ――いや、いや、わたしが治療したのに、氷っちの優しさが際立つってどういうことよ。


 などと釈然としない思いを抱いたが、長老さんの家族が涙ながらにわたしにお礼を言ってくれたので、なんとか気を持ち直した。


 ソフィアさんの一喝でようやく我に返ったみんなだが、その時にはすでに熱狂的な土の聖エルフ信者となっていた。


 大勢の信者を引き連れ、予定より大幅に遅れてお接待一軒目にたどり着いた氷っち一行だったが、そこからは予定どおりシェーナが足を引っ張ることとなった。


 わたしにとっては予定どおりだったのだが、一行の先導役をまかされているソフィアさんにとっては想定外だったのかもしれない。


 ソフィアさんはシェーナの食べるのが遅くとも、歩きながら食べればいいと考えていたようだ。


 だが、シェーナはもらったお菓子を溶かすことに夢中で、一歩たりとも動かなかった。


 さらに、シェーナはおいしいものほど、食べる早さがゆっくりになる。


 氷っちのために最高の食材から作られた秀逸なお菓子を手にして、シェーナはいつにもましてゆっくりとお菓子を溶かし続けた。

 

 ソフィアさんはシェーナに急かすような視線をチラチラと送ったが、すぐ傍にいるシェーナの強烈な庇護者である氷っちに気兼ねして声にすることもできず、渋い笑顔を浮かべることとなった。


 シェーナが幸せそうにお菓子を溶かしている姿を見て、満足気に微笑む氷っち。


 お接待している家のエルフさんたちも、氷っちにできるだけ長く滞在してほしいので、シェーナに優しい視線を送る。


 春とはいえ庭先はまだまだ寒く、冷気を含む風がシェーナの柔らかな髪を撫で、氷っちがお菓子を摘まみながらも風よけになるように動く。


 最近になって、ずいぶんと頬がふっくらとしてきたシェーナだが、まだまだからだは軽く、ちょっとした風でふらふらとふらつくのだ。


 病弱なこどもを守るため、自らが風よけになる伝説の聖エルフ。


 その姿を見た土の聖エルフ信者たちがざわめき、漏れる息がいっそう熱を帯びる。


 ――うーん、氷っちばっかり人気だね。


 森で目を覚ましてから、ずっとみんなにちやほやされてたから、ちょっと寂しいものがあるね。


 そんな感慨にふけっていると、お菓子を手にしたこどもたちが、笑顔でぴょこんとわたしに頭を下げて走っていった。


 ――うん? そういえば、氷っちの信者って大人ばっかりだね。


 そうだ、きっと、こどもたちにはわたしのほうが人気があるはず。


 そう思ったわたしは、氷っちに妙な対抗心を燃やして、こどもたちに笑顔を振りまいた。


 そして、さらなるこども信者を獲得しようと笑みを浮かべて見回していると、後ろの方でぴょんぴょん跳ねながらこちらを見ているアルの姿が目に入った。


「アルー! よかったら一緒に回らない?」


 わたしはアルに向かって大きく手招きした。


 アルは大きなカゴを背負ったまま、器用に人混みをかき分けて走ってきた。


「ソラさまー、ありがとうございます。でも、僕なんかが一緒に回ってもいいんですかー?」


 アルがいつもの花咲く笑顔で、目をキラキラ輝かせる。


「ゆっくり回ることになるから、アルさえ良ければだけどね」


 わたしはアルにほほ笑みかけながら、シェーナを指差した。


 アルは背負っていたカゴを下ろして、いっぱいに詰め込まれたお菓子をわたしに見せ、エヘンと胸を張った。


「朝一番からお菓子をもらって回ってますからね。今日予定していた分は全部手に入れちゃいましたー」


「ふふっ、さすがアルだね。今日の分だけでもそんなにあるんだね。全部食べられるの?」


「ソラ様、日持ちのしないものを先に食べるんですよー。アメとかお餅は取っておいて、後で食べるんです。これで、しばらくはおやつに困ることはないですよ」


「そうなんだ。じゃあ、わたしもカゴを持ってきた方が良かったかな?」


「ソラ様は食べないとダメですよ。みんなソラ様と土の聖エルフ様に食べてもらおうって、頑張ったんですよ。目の前で食べてあげたら、喜ぶと思いますよ」


「うーん、そう言われるとそうだね。ふふっ、氷っちばっかり人気だから忘れちゃってたけど、みんなのためにお接待してくれてるんだもんね」


 アルは驚いたように、大きく見開いた目をパチパチと瞬いた。


 そして、重大な秘密を打ち明けるかのように、一歩踏み出してわたしの耳に顔を寄せた。


「そのー、みんなソラ様を特別に扱わないようにしてるだけで。……それは、その、土の聖エルフ様ももちろん人気がありますけど、ソラ様のほうが人気がありますよ。それに、お祭りってすべて聖樹様に感謝を捧げるためのものですからね。もし、お触れがなかったら、みんながみんな、お祭りのあいだずっとソラ様を拝んでると思いますよ」


 ――そうか、そういえば、わたしを聖樹様の化身として扱わないようにお触れを出してるんだった。


 それで、みんな気を使って、わたしのほうをあんまり見ないんだ。


 そっか、そっか、やっぱり、エルフさんはみんな優しいね。


 そういえば、こそっと隠れるようにして、わたしを拝んでいるエルフさんも何人か見たね。


「ふふっ、そうだったんだ。ありがとうね、アル。氷っちって美人だし、みんな氷っちばっかり見てるから、ちょっと妬いちゃってたんだ」


「えっ、そうなんですか。でも……」


 アルはチラッとまわりに目を走らせ、つま先をたてて伸びあがり、耳もとでささやいた。


「でも、ソラ様の方がずっと、その、お美しいですよ。あの、お世辞じゃなくてです」


 アルはかかとを下ろすと、はにかみながら両耳をキューっと引っ張った。


 桃色に染まったアルの頬に春の色を見つけたような気がして、わたしは今日一番の笑みをこぼした。

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