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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第四章 聖樹の化身
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83 聖エルフ、春の訪れを感じる

 雨っちと雲っちがコソコソと小走りで戻ってきて、途中でピョンと座布団に飛び乗り、そのまま縁側をこちらに滑ってきた。


「んー、たしかに、あんなに楽しそうな氷っちって見たことないわね、ねえ、雲っち」


「ほんとだねー、氷っちが笑ってるところってさー、昔すぎてさー、どんな顔だか忘れちゃってたねー」


「そうか、やっぱりそうなんだね。最近、シェーナといるとあんな感じだよ」


 春先とはいえ外はまだまだ寒く、縁側に座り込んだわたしたちを、春の匂いと冷気を含んだ風がすっと通り抜けていく。


「んー、よっぽど気にいったんだね、シェーナもずいぶんふっくらして女の子っぽくなってきたし、いいことなんじゃない」


「そうだよねー、ってシェーナは男の子だからさー、女の子っぽくなったっていうのはどうかと思うけどさー、氷っちに氷漬けにされる心配がないのは助かるよねー」


 氷っちとシェーナを包む雰囲気は、ぽかぽかとした春の陽だまりを思わせる。


 氷っちは一日中ずっとシェーナの横にいて、あれやこれやと世話を焼き、お互いが言葉を教え合っている。


 おかげで、シェーナもずいぶんしゃべれるようになったし、氷っちもスヴァルトヘイムの言葉を流暢にしゃべれるようになった。


 一緒に暮らしてみて分かったのだが、氷っちはとても世話好きなのだ。


 のどが渇いたと思ったときには、すでにお茶を入れてくれているし、何かしようとすれば先回りして手伝ってくれる。


 相手に気持ちを的確に汲み取って、対応も迅速。 


 ギムレーでは大好きな風の聖エルフに対してのみ、その想いが向けられ、結果としてひとり空回りしていたのだろう。


 やんちゃなこどもである風の聖エルフの気まぐれに振り回され、まわりのエルフさんたちを氷漬けにしてきた。


 その結果、ギムレーではエルフさんはもちろん、聖エルフですら氷っちのことを恐れている。


 思えば、世話好きで細やかな神経を持つ氷っちが、そのことに気がつかなかったはずがない。


 気がついていても、傷ついてもなお、やめられなかったのだろう。


 でも、みんなが持っている氷っちへの配慮とか畏れというものを、シェーナは持っていない。


 わたしだって光ってるのだから、氷っちが光ってたって、まったく気にしない。


 雨っちや雲っちとも普通に喋っていたし、氷っちを特別扱いする必要を感じたことがないのだろう。


 氷っちに恐れを持たず、まだまだからだが弱くて、誰かの保護が必要なシェーナ。


 そんなシェーナに、氷っちの庇護欲が掻き立てられたのかもしれない。


 ふたりの関係はあっというまに親密になり、今や仲の良い姉妹に見える。


 風の聖エルフがいない今、氷っちは雨っちや雲っちですら見たことがないほどの、穏やかで満ち足りた笑みを浮かべている。


「思ったんだけどさー、氷っちってさー、風っちがいない方がさー、いいんじゃないのかなー、ねえ、雨っち、ソラっち」


「んー、雲っち、それいいね、風っちがいなければ、氷っちがみんなを氷漬けにすることもなくなるわけじゃない、これからは、ふたりはずっと離れ離れで暮らした方がいいんじゃない」


「あー、そうだねー、氷っちのお母様としてさー、ソラっちがビシッと言えばいいんじゃないのかなー、もうふたりは別れなさいってさー、別れるって言ったってさー、風っちは氷っちのことを好きなわけじゃないんだからさー、氷っちにだけ言えばいいんだよー、そうすればさー、僕らも氷漬けにされなくなるしさー」


「んー、雲っち、今日は冴えてるね、ソラっち、そうしようよ」


 双子は目をキラキラさせて、わたしの両肩にしがみつき、ガクガク揺らしてくる。


「えー、氷っちの気持ちはどうなるの? どう見たって氷っちって風の聖エルフが大好きだよね」


「んー、でも、それって使命だからじゃないの? ソラっちが氷っちを創るときに、風っちを好きになるように創ったんじゃないの?」


「さすがー、雨っち、そうだよねー、氷っちの風の壁だってさー、風っちだけ中で動けるよねー、あれってさー、ソラっちがそういうふうに創ってるからだよねー」


 ――うーん、わたしが氷っちを創った訳ではないんだけどね。


 とはいえ、たしかに氷っちの風の壁と風の聖エルフの関係には、ちょっと引っかかるところがある。


 まず、氷っちの壁は氷の壁とでも呼ぶべきものであって、明らかにエルフが使う風の壁とは別のものだ。


 氷っち本人もトールの名前の付け方がおかしいと言ったが、たしかに土の聖エルフよりも氷の聖エルフであり、風の壁ではなく氷の壁のほうがしっくりくる。


 それに、風の聖エルフは氷っちより先に生まれているんだから、氷の壁の中で風の聖エルフだけが動き回れるというのも、おかしい気がする。


 結界と同じで、氷っちの意志で風の聖エルフだけを通しているのではないだろうか。


 ひょっとしたら、氷っちの壁は、氷っちが願えば、風の聖エルフを固めてしまうこともできるのではないだろうか。


 もし、そうならば……。


 わたしは、氷っちのちからのことについて考えながら、双子にうなずいた。


「うーん、そうだね。風の聖エルフがウルズ村まで来たら、試してみてもいいね」


「やったー、さすがソラっちだよー、これで氷漬けにならなくてすむよー」


「んー、やったね、さすがはわたしのソラっちだね、ふふふふっ、まさか、氷っちが恐くなくなる日が来るなんてね、どんどん恐いものが減っていくわね、雲っち」


「そうさー、雨っち、神っちも恐くなくなったしさー、氷っちも優しくなったしさー、全部ソラっちのおかげだよー」


 ――うん? トールが恐くなくなったの?


 わたしは左肩にしがみついている雲っちに視線をやった。


 だが、雲っちはちょうどポケットのお菓子を口に放りこんだところだった。


 代わりに、雨っちが首に手を回して頭をゴリゴリこすりつけながら、耳もとで声を一オクターブ上げた。


「んー、そうなのよ、ソラっち、わたしたちね、初めて神っちにほめられたのよ、スヴァルトヘイムではよく働いたってね、それに、ソラっちが聖樹様の化身だって初めて見抜いたのってわたしと雲っちじゃない、それもほめられちゃったのよ、ふふふふっ、ソラっちが現われてからいいことだらけだわ、これからも聖樹様のところに戻らず、ずーっといてね」


 ――そうか、トールはやっぱり約束を守ったのか。


 信用ならないトールだが、なぜかそういったところは信用できる。


 とはいえ、二千年以上生きている雨っちと雲っちが初めてほめられたって。


 どうかと思うよ、トール。


 まだ、まだ、脳内順位はぶっちぎりの最下位だよ。


「そうなのさー、ようやく僕らの時代がやって来たのさー、これからは雨っちと一緒にさー、どんどんほめられちゃうよー」


 雲っちが座布団を持って縁側を走り、飛び乗ってぴゅーっと滑りだした。


 庭に控えていたソフィアさんが、子供のいたずらを見つけたような視線を向けたが、聖エルフに注意できようはずもなかった。


 雨っちも雲っちも海の向こうから帰ってきて以来、いろいろと仕事に追われ、ようやくウルズ村にやってこられたのだ。


 せめて、ここでは我が世の春を謳歌して欲しい。


 ――とはいえ、ふたりの春って、なんだか小さくて微笑ましいね。


 わたしに頭をぐりぐりとこすりつけ続ける雨っちと、縁側を座布団で滑り続ける雲っち。


 奥の部屋からこぼれてくる氷っちとシェーナの楽しそうな声が、風に乗って耳をくすぐる。


 わたしは春の暖かな日射しを求めて、縁側から庭に向けて脚を伸ばした。

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