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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第四章 聖樹の化身
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81 聖エルフ、出戻りの娘を迎える?

 その日は昼前から雪が降り始め、村はみるみる白く塗りつぶされていった。


 午前中の癒やしの仕事が終わり、さあ、お昼ご飯だと思ったとき、庭からわたしを呼ぶアオの高いいななきが聞こえた。


 何事かと庭に出たわたしを、アオは大急ぎで背中の上に押し上げた。


 空を見上げパタパタと耳をせわしなく動かすアオを見て、嫌な予感を覚えつつ、飛んでくる天馬に目を凝らした。


 天馬の盾が降りしきる雪を弾いて、キラキラと輝いていた。


 ――うん? ピッカピカだね、あの天馬。


 トールの盾はもっと暗いし、雨っちや雲っちだってあんなに光ることはないし。


 天馬はあっというまに、首をひねっているわたしの前に着地した。


 腰の部分をキュッと絞った紺のコートを羽織り、白のキュロットに黒のロングブーツを身にまとった氷の美女が、さっそうと飛び下りてわたしとアオにひざまずいた。


 天馬に威嚇のポーズを取ろうと意気込んでいたアオが、肩すかしを食らって首をかしげた。


「お母様、ただいま戻りました」


 氷っちは降りしきる雪をすべて光にかえながら、銀のまつげを震わせた。


「えっ? あー、うん、お帰りなさい……」


 ――お母様っていうのもどうかと思うんだけど、戻りましたってどういうこと?


 わたしはアオ同様に首をかしげながらも、氷っちのあまりの堂々っぷりに気圧されて、思わずそう応えた。


 村長さんを筆頭にみんながぞろぞろと庭に下りてきて、雪の上でひざまずいた。


「これは、これは、土の聖エルフ様。このようなむさ苦しい所においでいただけるとは、このウルズの村長たるヨルゲン、感激の極みでございます」


 ふと見ると、村長さんのうしろでソフィアさんが全身をぶるぶると震わせて、雪に潜りこむように突っ伏していた。


 氷っちは形式ばった挨拶を始めようとした村長さんを押しとどめ、みんなを笑顔で見回した。


「みなさん、わたしはお母様のもとに帰ってきただけなのです。実家に帰って来た娘に堅苦しい挨拶など不要です」

 

 氷っちはそう言って、わたしをアオから下ろそうと手を伸ばした。


 ――実家? えっ? ここって実家扱い?


「えーっと、……あっ、ちょっと待ってね。えーっとー、……土の聖エルフ、さん。ソフィアさん、その白毛の天馬の世話をしてもらっていいかな? できれば、アオの目の届かないところでお願いね」


 氷っちの言葉に戸惑いを覚えながらも、天馬同士の格付けを気にしているアオのために、ソフィアさんを呼んだ。


 ソフィアさんはビクンと肩を震わせて立ち上がったが、顔をまっすぐ地面を向けたまま、ギギギギとからくり人形のような動きで白毛の天馬のところまでやって来た。


「お母様。……よろしいですか?」


 氷っちが薄い唇の隙間から沈んだような冷えた声を出した。


 その瞬間、ソフィアさんがすべての動きをとめた。


「以前よりたびたび、イザヴェルの聖エルフたちが、わたしのことを氷っちと呼んでいるようなのですが。お母様は何か心当たりがございますか? 先ほど、わたしの名前を呼ぶのにためらいがあったように思えるのですけども……」


 ――ま、ま、まずい。えーっとー、どうしよう。


 とはいえ、わたしだってすでに土の聖エルフではなく、氷っちで覚えてしまってるし。


 何かのはずみで氷っちと呼んでしまう前に、説明しておいた方がいいかもしれない。


「うーん、……そのー、……土の聖エルフって銀色の長い髪に銀色の瞳でしょう? 眉毛だって睫毛だって銀色じゃない? 銀色ってキラキラしてて氷みたいでしょう? しかも、切れ長の目にすっと通った小さな鼻に薄い唇って、誰が見ても絶世の美女じゃない? だから、雨っちや雲っちは氷の美女っていうことで、氷っちって呼んでるの。わたしも土の聖エルフのことを氷っちって聞いてたから、思わず氷っちって呼んじゃいそうになるの」


 氷っちは銀色の睫毛をパタパタと瞬き、その美しい顔をほころばせた。


「お母様、そうだったのですか。てっきり、わたしに対する悪口だと思っていましたが、ちがっていたのですね。それでしたら、ぜひ今後は氷っちとお呼びください。みなさんにも氷の聖エルフと呼んでいただきましょう」


 ――あ、あ、あっぶなかったー。悪口だと気づかれてたんだ。


「うーん、でも氷の聖エルフってことにすると、神口の聖エルフが文句を言わないかな? エルフの物語でも土の聖エルフって載ってるしね」


「何をおっしゃいますやら、お母様。神口の聖エルフはお母様のお言葉をわたしたちに伝えているだけではございませんか。お母様とちがってまちがいもございましょう。実はわたしも土の聖エルフというのはどうかと思っていたのです。風の壁を使っているのに土とはおかしな話です。わたしの壁は冷気をまとっていますから、氷の聖エルフの方がしっくりきます。なによりも、お母様がわたしのことをそう呼んでいらっしゃるのですから、わたしの名前はその名前以外にありえません」


 ――えー、まさかの二千六百年越しのダメ出しとは。


 さすがにトールにすこしだけ同情するよ。


 なにやら固まっていたソフィアさんが活動を再開し、天馬を誘導してコソコソと去っていく。


「でも、わたしは記憶がないから、そんな理由で名前を変えるのもどうかな……」


 ――エルフの物語に載っているようなことを、そんなにあっさりと思いつきで変えるのもね。


「お母様、わたしたちやエルフのために、そんなに小さなからだに魂を押し込めていらっしゃるのですから、すべての記憶など持ち出せなかったのでしょう。ですが、今、お母様がわたしのことを氷っちであると思ってらっしゃること自体が、わたしにとってはとても大切なことなのです。ぜひ、わたしのことは氷っちとお呼びください」


 ――うん? どんな認識になってるの? 聖樹様をギュッと押し込めるにはこのからだだと容量不足なの? 


「うーん、それじゃあ、お言葉に甘えて、今から氷っちって呼ぶね」


「はい、お母様。これからは、わたしが誠心誠意お母様のために尽くしますからご安心ください」

 

 ――あれっ? 氷っちって風の聖エルフの傍にいつもいるんじゃなかったけ?


 わたしは白毛の天馬が見えなくなったのを確認して、氷っちの手をとってアオから下りた。


「ねえ、氷っち。風の聖エルフはどうしたの? いつも一緒にいるよね」


 一瞬、氷っちの盾があやしく光り、薄い唇がすこしだけつりあがった気がした。


「お母様、エルフの夫婦はケンカをするとどちらかが実家に帰るそうですね。わたしもそれに見習って実家に帰って来たのです。風の聖エルフが頭を下げて迎えに来るまで、ここからてこでも動きません」


 ――えっ、……氷っちと風の聖エルフがケンカ? 


 いや、いや、それ以前に、ここは氷っちの実家じゃないし。


 それに、氷っちと風の聖エルフって結婚してなかったよね。


 そう思って、氷っちにお断りを入れようとしたとき、村長さんが大きく咳ばらいをした。


「ソラ様、氷の聖エルフ様。立ち話もなんですから、ぜひお昼ご飯を一緒に食べながらお話になってはいかがですか?」


 その言葉をきっかけに、わたしたちは広間でお昼ご飯を食べることになった。


 なぜか、氷っちがわたしの隣に座り、かいがいしくご飯をよそってくれたり、季節の話題を振ってきたりする。


 氷っちって見た目とはちがって家庭的なのかな、などと思いつつ、ふむふむと相槌を打った。


 ご飯をすっかり平らげてふと見ると、シェーナがいつもどおり、ゆっくり、ゆっくりとご飯を十粒ほど箸でつまみ、幸せそうに口に運んでいた。


 その隣りで、ソフィアさんがガチガチにからだを強張らせ、震える箸でお皿の豆をつかまえ切れずにコロコロと転がしていた。


 村長さん以外の居並ぶ男性陣はすべて、こちらを呆けたように眺めながら、箸をさまよわせていた。


「お母様、お茶のおかわりをどうぞ」


 薄い唇からもれた魅力的な低い声に、男性陣の目尻がでれっと下がる。


 急須にそえられた白魚のような手に、みんなの視線が集中する。


 氷っちは流れるような優雅な動きで湯呑をお茶で満たし、凍てついた冬の冷気を溶かすようなほほ笑みをわたしに向けた。


 その笑みに、たまらず男性陣の口から、はーっといっせいに息がもれる。


 ――うーん、さすがは氷の美女だね。氷漬けにしなくても、男の人が動けなくなってるよね。


 そうか、風の聖エルフさえいなければ、氷っちも風の壁で誰かを困らせることもないし、美人だし、非の打ちどころがないんだよね。


 そう思ったとき、ふと氷っちがソフィアさんを目にとめて眉をしかめた。


「あなた、どこかで見たような。……ああ、たしか、出航式で風の聖エルフに肩を抱かれていた……」


 ソフィアさんが箸をポロっと落とし、からだを氷っちにまっすぐ向けて、丸まるように平伏した。

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