80 聖エルフ、シェーナと卵を集める
入口の戸を開けたとたんに、シェーナのまわりにニワトリたちが殺到した。
めずらしく驚きの表情を見せたシェーナが、あたふたと餌をばらまいた。
ニワトリたちが餌に群がるのを横目に、わたしとシェーナはニワトリ小屋に入り、転がっている卵をせっせと集め始めた。
「わぁー、ソール、卵がいっぱいだねー。わぁー、ここにも、ここにも、こんなに食べきれないねー」
――いや、いや、全部シェーナが食べるわけじゃないからね。
わたしは小屋の隅で卵を抱えていたニワトリを捕まえて持ち上げた。
「シェーナ、その卵もお願いね」
「えっ……いいの? 温めてたのに? 生まれるんじゃないの?」
「エレンさんが全部持って来てって言ってたからね。たぶん、その卵もさっき産んだばっかりだよ」
「うーん、そうなんだ。でも、そのニワトリさん怒ってない?」
わたしは手の中でバタバタと暴れているニワトリを、小屋の入り口のところまで運んで外にポンと投げた。
投げられたニワトリは大急ぎで仲間のところに走っていって、餌をついばみ始めた。
「やっぱりすごいね、ソールって。ニワトリより強いんだね」
――いや、いや、この屋敷の中でニワトリより弱そうなのはシェーナだけだからね。
モコモコの毛皮を着てなお鼻水を垂らしているシェーナだが、今日から卵集めの仕事をまかされ、おっかなびっくりながらもこつこつと卵を拾い集めている。
震える手で卵を拾っては、ひとつ、ひとつと大事そうにかごに入れていく。
わたしはワラに隠れるようにして卵を温めていたニワトリを捕まえて、ポイッと入口に向かって放った。
ニワトリの目線と卵を手にしていたシェーナの目線が交差し、シェーナがひっと息をのんだ。
両者の間に一瞬だけ緊迫した空気が流れたが、ニワトリは仲間が餌をついばんでいるのが目に入ったのか、羽をバタバタさせながら走っていった。
――今日はシェーナのために緑一色の服を作ってあげる予定だし、忙しくなりそうだね。
昨日のトールの来訪でわたしの肩書きが変わり、聖樹様の化身ということになった。
トールはわたしとの話が終わった後も、村長さんとふたりで長いあいだ色々と話しこんでいた。
わたしはみんなが固まって動けなくなっている中を、ご飯をゆっくりと食べ続けているシェーナのところに戻って、ぼーっとお茶を飲んでいた。
ようやくトールが帰ると教えてくれたのは、またしても闘志満々のアオだった。
天馬に乗って帰るトールを、アオに乗ったわたしが作り笑顔で見送って無事平穏が訪れたのだが、その後すぐに広間の上座の座布団の上に戻された。
初めて村を訪れたときと同じようにおはぎの山が用意され、村長さんを筆頭にみんなに平伏された。
「この度は、聖樹様……」
ひれ伏すような姿勢で始まった村長さんの祝詞奏上を、わたしは大きな声でさえぎった。
「ちーがーうー!」
わたしはソフィアさんに向けて、人さし指をピシッと振りおろした。
「ソフィアさん、わたしの名前を知ってるよね。言ってみてくれる?」
ソフィアさんはひれ伏したまま頭だけ無理やり上げて、記憶をたどるように淡い緑の瞳をくるっと動かした。
何かを思い出したように目を大きく見開いて、その澄んだ声を広間中に響き渡らせた。
「ソラ様でございます」
わたしはソフィアさんに大きくうなずき、村長さんに声をかけた。
「村長さんもわたしの名前を知ってるはずだよね?」
村長さんも平伏したまま、思慮深い目でわたしを見上げた。
「存じ上げておりますが、神口の聖エルフ様のおっしゃるには……」
「村長さん、神口の聖エルフとわたしの言うことのどちらを信じるの?」
わたしの言葉に村長さんはいつもの包容力満点の笑顔を見せた。
「もちろん、ソラ様でございます。ソラ様はこの村のみならずアルフヘイムの宝でございますからな」
――うん、うん、さすがは村長さんだね。
「じゃあ、村中にお触れを回しておいてね。わたしは今までどおりソラだからね」
村長さんが再び頭を下げて、仰せのままにと応えた。
そのとき、ソフィアさんがはじかれたように背筋を伸ばして、座布団ごとこちらにグイッとからだを滑らせた。
「ソラ様、その、……今までどおりでよいということは、わたくしははきもの係を名乗ってもよろしいのですね」
ソフィアさんの真剣なまなざしに圧倒されつつも、首をひねった。
――うん? 聖エルフが命をあずけてるのがはきもの係だったけ。
えーっと、トールがわたしに与えた肩書きが聖樹様の化身になってるということは。
うーん、わたしは空の聖エルフ扱いではなくなっているのかな?
うん、うん、こんなときはさすがの村長さんに聞けばいいね。
「村長さん、ソフィアさんはどうなるの?」
村長さんはなにやらしたたかな笑みを浮かべた。
「ソラ様が娘をはきもの係であるとおっしゃれば、今までどおりはきもの係でございます。ちなみに、ソラ様が娘を聖樹様の世話係であるとおっしゃれば、世話係となりましょう。いずれにせよ、ソラ様のお言葉はすべてに優先されますからな」
――うん? えーっと、妙なことを言ったね、村長さん。
ソフィアさんがにっこりと笑って、こちらをキラキラとした目で見つめた。
「では、ソラ様。わたくしはこどもの頃からはきもの係になるのが夢でしたので、ぜひとも今までどおりはきもの係ということでお願いいたします」
「うーん、そうなんだ。じゃあ、ソフィアさんははきもの係ということで……」
ソフィアさんが大袈裟に頭をこすりつけて、ははーっとかしこまった。
村長さんが柔らかな笑みを浮かべて、ソフィアさんの横に座らされているシェーナに目をやった。
「では、シェーナを世話係としてはいかがですかな、ソラ様。シェーナは服をあまり持っておりませんし、これを機会に新調いたしましょう。予算の方も神口の聖エルフ様に出していただけることになっておりますし、からだの弱いシェーナのために暖かい服も早急に作らせましょう」
「村長さん、シェーナの服を神口の聖エルフが作ってくれるの?」
「そうですな。神殿やその他ソラ様に関わる予算はすべて、神口の聖エルフさまに出していただけることになっております。ソラ様のお世話に関する費用も出していただけますので、シェーナを世話係とすれば、食事や制服などすべての費用、さらには給金も神口の聖エルフ様から頂けますな」
――えっ! 神殿って……。
これは、あれだ。村長さんはわたしをソラと呼んでいるだけで、聖樹様の化身扱いしてるんだ。
うーん、村長さんにも立場があるし、神口の聖エルフの言うことに逆らう訳にもいかないということか。
とはいえ、さすがに神殿はどうだろうね。
「村長さん、神殿とかいらないよ。そんなもの造るくらいなら、他のことにお金を使ってね」
村長さんはこそっと内緒話をするかように、口に手をかざした。
「実はですなソラ様、もちろんこれはソラ様のお許しをいただければの話でございますが、村には我々の手ではどうしようもないほどの巨大な石がいくつか地中深く埋まっておりましてな、これを切り出して取り除けば新たに水田を作れるのでございます。さらに、森の中にもこれまた巨大な石がございましてな、その石を切り出しその上に石組みの神殿を作れば、森を切り開く必要もございません。これをソラ様の指図のもと農閑期におこなえば、村の者も暇な時期に働く場ができ潤うことになります。神口の聖エルフ様はできるだけ急いで神殿を造るようにおっしゃっておいででしたが、ソラ様は神口の聖エルフ様より上座に座るお方でございます。我々がどちらのお言葉に従わなければならないかは自明の理でございます」
――うーん……つまり、トールに出してもらったお金でジャマな石を取り除いて水田にして、その石で神殿を造って、みんなもお金をもらえるってことか。
うん、うん、さすがは村長さんだね。
わたしが聖樹様の化身っていうのはどうにもならないけど、村の役には立てるのか。
うん、うん、トールの指示をちょっとだけ無視してるところも小気味がいいね。
「じゃあ、そうしようかな。村長さんにまかせておけばまちがいないね。これからもよろしくね、村長さん」
村長さんは大袈裟に頭を床にこすりつけ、ソラ様の仰せのままにと声を張った。
それを見たみんなが一斉に頭を下げ、ソラ様の仰せのままにと唱和した。
シェーナだけがきょとんとした表情で、キョロキョロとみんなを見回していた。




