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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第四章 聖樹の化身
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78 聖エルフ、トールの上座に座る

 トールは広間の入るとすぐ大きな火鉢を指さして、村長さんに笑顔でうなずいてみせた。


 村長さんは大袈裟にお辞儀をして、みんなに何やら意味ありげな視線を送った。


 すると、エルフさんが四人ばかり床をはうように進み出て来て、トールのすぐそばまで火鉢を持ってきた。


 トールはそのまま広間の真ん中まで進むと、火鉢と床を指でさした。


 四人が大きな火鉢を抱えて恭しくトールのそばまで運ぶ間に、三枚重ねの座布団がトールの横におかれた。


 座布団に座って火鉢に手をかざしたトールはようやく満足したのか、こちらにからだを向けた。


『空の聖エルフよ、そんなところに突っ立っていないで、とっとと上座に座ってもらえるかな。きみが座らないと話も始まらないからね』


 慇懃な態度から吐き出されるぞんざいな言葉づかいが、わたしの脳内でのトールの順位をいっそう下げさせる。


『何のたくらみか知らないけど、わたしは聖樹様じゃないからね。トールの上座になんて座らないよ。それと、盾があるのになんで火鉢なんて抱え込んでるの?』


 トールは火鉢の炭を火箸でつまんだまま笑顔を見せた。


『うん、やれやれだね。きみのようにバカみたいに強い盾を持っていれば、真冬に天馬を駆ってもこれっぽちも寒くないだろうがね。この寒空に薄い盾で風にさらされなければならなかったわたしの気持ちを、すこしは思いやってみてはどうだね。わたしとてわざわざこんなところまで来たくてやって来ているわけではないのだよ。きみなら天馬に乗ればギムレーまでひとっ飛びだろうがね。わたしがここまで来るのにどれだけの時間がかかったと思っているのかね。夜明けとともに飛び立ったというのにもうこんな時間だよ。おかげで今日はここに泊まらなければいけないよ。わたしはね、マクラが変わると眠れないんだよ』


 もはや、トールの脳内順位は最下位だ。


『なに言ってるのよ。帰れないんならイザヴェルが近いんだからあそこで泊まりなさいよ。郡の都なんだからトールの泊まるところぐらいあるでしょう?』


『いったい誰のせいでわたしがここまで来ることになったと思っているのかね。あのふたりのせいだよ。わたしとてここで泊まりたくはないがね。イザヴェルに行くのはさらにごめんだよ』


 ――うん? ふたりって雨っちと雲っちのこと?


 双子に何の関係がと聞こうとしたわたしを、トールが含みのある笑みを見せてさえぎった。


「聖樹様、どうかお座りください。お話はそれからということでよろしゅうございますね」


 座らなければこれ以上しゃべらないという意志が、キュッと吊り上げられた口角から見てとれる。


 わたしはしぶしぶ四枚重ねの座布団に座り、ふらふらとからだを揺らした。


「では、あらためまして聖樹様にこの度スヴァルトヘイムの我らが同胞をお救いただいたことへの深い感謝の念を……」


 トールの長ったらしい聖樹様への祝詞奏上を右から左へと聞き流しながら、わたしは双子のことを考えていた。


 ――うーん、雨っちと雲っちのせいってどういうことだろう?


 わたしがスヴァルトヘイムで聖樹様の化身として振る舞っていたことは、みんなに口止めしてある。


 ただ、トールに詳細な報告を求められれば、聖樹様の化身のことも話さなければならなかったのだろう。


 それは分かる。


 だからといって、トールがここまで来る理由がふたりにあるとも思えないし……。


 うーん、まあ、いずれにせよ聖樹様の化身などというのは大迷惑だ。


 どう考えても楽しい毎日を送るのにジャマになるし、すでにみんなのわたしを見る目がおかしくなっている。


 このままトールの好きにさせていては、明日から屋敷の外に出られなくなる。


『さて、ここからはきみの立場というものを説明させてもらおうかな。まず、きみは聖樹様の化身だから本来はギムレーに住むところだが、この村が気に入っているということだから丘の上にでも神殿を建ててそこに住んでもらおうかと……』


 聖樹様への奏上が終わったらしく、トールが愛想を振りまきながら訳の分からないことを言い始めた。


『トール! それ以上妙なことを言ったらマクラで海の向こうまで弾き飛ばすよ。わたしが聖樹様の化身じゃないことぐらい完全無欠の万能のトール様なら分かってるでしょう』


 トールはかしこまったように頭を下げてみせた。


『笑顔で話してくれないかな。まるでわたしが聖樹様に不興を買っているように見えるだろう。気をつけてくれないかな。きみだってわたしの代わりに仕事をやる気はないんだろう。いいんだよ。わたしはきみに面倒な仕事を押しつけて、どこか田舎でゆったりと隠居生活を送ってもね』


 トールはゆっくりと頭を上げてほほ笑んでみせた。


『いっそ、そうしようかな。うん、それもいいかもしれないね。せっかく聖樹様が現われたんだ。エルフのことは聖樹様におまかせして、のんびり田舎暮らしも悪くないね。うん、そもそも、わたしは神口の聖エルフではないしね。きみがギムレーに住んでわたしがこの村で暮らすというのも悪くないね』


 ――これは、……脅迫だよ、トールめ。さすがは完全無欠の万能の聖エルフだよ。


 とはいえ、なんだってわたしを聖樹様にしたがってるの?


 脅しに屈したわたしはひきつった笑みを浮かべて、トールに語りかけた。


『完全無欠の万能の神口の聖エルフであるトールに聞くけど、なんだってわたしを聖樹様の化身にしたがってるの?』


『イザヴェルの雨の聖エルフと雲の聖エルフが吹聴してるんだよ。きみが聖樹様の化身だってね。それはもう、誰彼となく自慢して回っているんだよ。きみのスヴァルトヘイムでの活躍を話し、いかに自分たちが聖樹様のお役に立てたかをね。まあ、聖樹様の偉大さを語ってるというよりは、半分は自分たちの自慢だがね』


『うーん、そうなんだ。一応ふたりには口止めしたんだけどね』


『きみも分かっていたはずだよ。あのふたりに口止めしたところで、話の最初に、これは内緒だけどねと付け加えるだけだとね。うん、それは仕方がないね。問題はあのふたりが本気できみが聖樹様の化身だと信じていることだよ。あのふたりはバカだがウソはつかないんだよ。しかも聖エルフだからね。話を聞いたものはどう思う? さらに、スヴァルトヘイムでの大活躍はすべて本当だろうしね。ドワーフの大艦隊をたったひとりで海に沈め、聖樹様を囲む壁もきみひとりで破壊した。しかもね、マティアスはきみによって神口の聖エルフとして認められ、その地位を保っている。もし、きみがマティアスを気にいらないと思えば、すぐにでも癒やしの聖エルフたちに追い出されるだろう。あとは、ドワーフもそうだね。ドワーフの半数近くは聖樹様を神として奉っているらしいね。ただね、ドワーフが恐れているのは聖樹様というよりは聖樹様の化身であるきみじゃないのかな。つまり実際にはね、きみ自身がスヴァルトヘイムのほとんどを支配しているのだよ』


 ――うん? トールはいつもながら訳の分からないことを言うね。


 何がどうなってそういうことになるのかな?


『きみは深くものを考えないから分かってないだろうがね、イザヴェルの雨の聖エルフと雲の聖エルフですら、そんなことは分かってるんだよ』


 ――うん? トールめ、今三人まとめて悪口言ったよね。よく分からないけど、悪口だけは分かるよ。


『うん、すこし話がそれてしまったがね。要するにエルフを救ってくださった聖樹様の化身がアルフヘイムに帰って来たのに、わたしが出迎えにも行かないのはおかしいとイザヴェルの聖エルフたちは言い出したのだよ。さらには、神口の聖エルフなのに聖樹様の化身が現われたのに気がつかないなんて、おかしいんじゃないのかと騒いでいるのだよ』


 トールは自虐的な笑みを浮かべて、火箸で炭をひっくり返した。 

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