77 聖エルフ、トールを迎え撃つ
肌寒い冬の日とはいえ、晴れ間の広がるおだやかないい天気だった。
午前中の癒やしの仕事も順調に終わり、お昼ご飯となった。
みんなとっくにご飯を食べ終わり、シェーナだけが満面の笑みでご飯をゆっくり、ゆっくり、口に運んでいた。
こんな日常が積み重なって毎日が過ぎていくんだね、とほくほくしながらお茶を飲んでいると、アオが庭に現われ、高いいななきをあげてわたしを呼んだ。
駆けつけたわたしを、アオは背中の上に押し上げた。
空を見上げ、耳をパタパタとせわしなく動かした。
何だろうと思って空を見上げたわたしの視界に、こちらに向かって飛んでくる天馬が映った。
天馬の盾が少しだけ闇をまとっていた。
――なっ! まさか、あの黒いオーラは……。
わたしはすぐさまアオの背中を下りてどこかに隠れようとした。
だが、アオの盾がわたしをギュッと包み、逃がさなかった。
アオはなぜか戦う気満々だった。
スヴァルトヘイムにいた頃だって、これほどの闘気をアオがまとったことはなかった。
――うん? 優しいアオがこれだけ闘志をあふれさせるとは。
そうだ、アオだってトールの立てた作戦で死にかけたんだ。
たぶん、トールにガツンと文句を言ってくれるに違いない。
そう思ったわたしは、アオの背中で背筋をぴんと伸ばしトールを待ちかまえた。
――ふふっ、トールめ。アオに怒られるとも知らずにノコノコと現われるとは。
トールを乗せた天馬はわたしたちの目の前に着地し、こちらに向きなおった。
アオはわたしを乗せたまま、天馬を威圧するかのようにグイッと首を突き出した。
天馬はアオをちらっと見た後、顔を横に傾け口をパクパクさせて頭を下げた。
――あれっ? トールじゃなくって天馬に怒ってるの?
状況がよく分からず首をかしげていると、バタバタと跳び出してきたみんなが、素足のまま庭に下りてきた。
村長さんを先頭に頭を地面にこすりつけんばかりにひざまずく。
「これは、これは、神口の聖エルフ様。このようなむさ苦しい所においでいただけるとは、このウルズの村長たるヨルゲン、感激の極みでございます」
さすがの村長さんの声が少しうわずっているように聞こえる。
――うん? 村長さんってトールのことを知ってたんだ。
そうか、ソフィアさんが出航式で見たのかもしれないな。
とはいえ、トールなんかにそんなにへりくだらなくてもいいのに……。
うん? そういえば、トールって聖樹様の次にえらいんだっけ?
わたし個人の優先順位でいえば、もはやトールは下から数えた方が早いけどね。
わたしとアオが死にかけたのもトールの机上の空論のせいだし、できれば一生関わらずに生きていきたい。
以前は天馬欲しさにギムレーで働くことにしたが、アオはもうもらってしまったし、聖エルフとしての使命も果たしたのだ。
スヴァルトヘイムから大砲や鉄砲も持ち帰ったし、マティアスからの手紙や情報などは雨っちと雲っちがトールのもとに届けたはずだ。
わたしがトールに会わなければならない用はないし、雨っちと雲っちからもギムレーには行かないように言われている。
雨っちと雲っちはいまだにわたしのことを聖樹様の化身だと思いこんでいるので、わたしが聖樹様に近寄るのを嫌がるのだ。
わたしとしても聖樹様はともかく、トールに近寄って仕事を押しつけられても嫌なので、放っておいた。
そのもっとも関わりたくないトールが、まだウルズ村に帰ってきて三日目だと言うのに、連絡も寄こさずにいきなりお屋敷の庭に現われている。
アオがこっぴどく怒ってくれると期待して逃げずに待っていたが、そうではなかったみたいだし、村長さんがこれだけ頭を下げているのに、わたしがアオの背中に乗って出迎えるのも礼儀を欠いているのかもしれない。
そう思ったわたしは、しぶしぶアオから下りようとした。
しかし、またしてもアオの盾がわたしを離そうとしなかった。
どうしたんだろう、と思っているとトールが天馬から跳び下りて、片膝をついてひざまずいた。
「お迎えが遅くなりまして申し訳ございませんでした」
トールは腕を前に回して、うっすらと笑みを浮かべた。
その場にいたみんなが凍りついたように固まった。
――なっ! トールめ。なんの嫌がらせなの、これ?
アルフヘイムに帰っているのに報告に行かなかったからかな?
六千年も生きてるくせにやることがせこいな、トールめ。
わたしを含めてみんなが固唾をのんでいる中で、トールは頭を下げたまま流暢なスヴァルトヘイム語で話しかけてきた。
『空の聖エルフよ、ここからは黙って笑みを振りまいてもらおうかな。わたしに言いたいことがあるときはスヴァルトヘイムの言葉で話してもらっていいかな』
そう言って、トールは頭を上げて満面に張りつけたような笑みを浮かべた。
「聖樹様、この度は我らが同胞であるスヴァルトヘイムのエルフをお救いいただき、まことにありがとうございました。この神口の聖エルフ、すべてのエルフになり代わり御礼申し上げます」
――なっ! な、な、なに言ってんの、この……。
「聖樹様にあらせられましてはこの村をいたくお気に入りということで、……おぉ、このような寒空の下で話すのもおからだに障りますな……」
トールは村長さんに軽く手を振って目くばせをした。
さすがの村長さんが仰々しく腰を折ったまま立ち上がり、広間へと先導する。
「うん、たしかソフィアだったかね、この天馬を離れたところで世話してやってくれないかな。できれば聖樹様の神馬から目が届かない場所だと助かるね」
出航式で風の聖エルフに肩を抱かれていたため覚えていたのか、トールがソフィアさんを指さす。
『こうしないときみの天馬がきみを下ろさないからね。きみの天馬は自分たちの方が格上だって言ってるんだよ。ただ、わたしの天馬はギムレーの群れのリーダーでね、天馬同士の格では負けるからね。きみを下ろすわけにもいかず困ってるんだよ』
――ん、そうなんだ。アオはトールに怒ってるんじゃなかったんだ。
そうか、アオは自分だけでは満足に飛べなくて仲間外れにされてたんだ。
それで、リーダーがやってきたから見返そうとして闘志満々で威嚇してたのか。
かわいいところがあるな、アオって……。
スヴァルトヘイムでは神馬って言われて崇め奉られてるのに、天馬の格付けが気になるんだ。
わたしは思わずアオの首筋をわしゃわしゃとなでた。
そして、笑みを浮かべたままトールに警告した。
『トール、聖樹様ってどういうことよ。まさか、スヴァルトヘイムでの大ウソを信じているわけでもないんでしょう。わたしはウルズ村でソラとして暮らすからね。ジャマはさせないよ。アオも返さないよ』
『うん、そうだね。立ち話もなんだからね、中に入って話そうかな。わたしはきみとはちがって盾が弱いんだよ。天馬に乗ってもね、きみほどの速さでは飛べないんだよ。正直言ってね、きみのためではなくてわたしのためなんだよ。へとへとなんだよ、わたしはね。座らせてもらえないかな』
トールはまるでわたしを敬う言葉を並べているかのような神妙な面持ちで、自分の都合だけを話した。
わたしは大きくため息をつきながら、アオから下りてトールの後に続いた。




