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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第四章 聖樹の化身
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76 聖エルフ、のんびりした朝を迎える

 小鳥のさえずりが、優しく耳をくすぐる。 


 わたしはのんびりと流れる時を感じながら、温かくて柔らかいアオのお腹に頭をこすりつけた。


 優しい鼓動がわたしを包みこみ、意識がゆっくりと深いところから戻ってくる。


 薄く開かれたまぶたの向こうに、アオとシェーナの姿が見える。


 ――ん、……シェーナ?


 ちがう部屋で寝てたはずなのに……。


 大あくびをしながら起きあがったわたしは、アオの足もとに転がっていたシェーナを抱えて、ふとんの中にもぐりこんだ。


 いつから床の上で転がっていたのか、すっかりからだが冷え切っている。


 わたしはため息をつきながら、シェーナを盾で包み聖樹様の慈愛をととのえた。


 とどこおっている慈愛の流れを速め、シェーナのからだを温める。


 わたしとアオは盾で守られているから真冬でも寒いということはないが、シェーナには盾がない。


 こんな寒い時期にふとんに入らず寝てたら風邪をひいてしまう。


 そうでなくとも、シェーナのからだは本調子ではない。


 もともと孤児院暮らしだったこともあってか、からだも小さくやせ気味だった。


 戦火で孤児院が焼失し、さらに頼りになるソールが亡くなってからというもの、まともな食事にありつけなくなったらしい。


 神殿で保護されてからは栄養のあるものを食べられるようになったとはいえ、まだまだ元気いっぱいとはいかない。


 そのため一昨日までは、わたしと一緒に寝ていたのだ。


 しかし、からだが小さいとはいえシェーナはアルと同い年だし、いつまでも一緒に寝るのはどうだろうということで、昨日から別々の部屋で寝ることになった。


 ただ、孤児院では大勢のこどもたちが大きな部屋で一緒に寝ていたそうだ。


 ソールとシェーナはいつも隣で寝ていたらしいし、ひとりで寝るのは寂しいのだろう。


 おそらく明け方に目を覚まして、わたしの部屋にやってきて寝てたのだ。


 シェーナはまだアルフヘイムの言葉がうまく話せないし、見知らぬ土地でわたしだけが頼りだ。


 気候がいっきに変わってしまったことも、からだにはよくないだろう。


 スヴァルトヘイムを発つときには夏だったが、アルフヘイムは冬のまっただ中だ。


 わたしの盾に包まれているときはいいが、ひとりになるととたんに鼻水がつーっと垂れる。


 ――うーん、やっぱり暖かくなるまでは一緒に寝た方がいいかな。


 村長さんに相談してみようかな。


 遠いスヴァルトヘイムからわざわざ連れて帰ってきたからだの弱い男の子。


 さすがの村長さんは一目見て、シェーナがわたしにとって大切な子であることを察してくれた。


 シェーナとわたしの関係を説明するのは難しいし、アルフヘイムでは聖エルフは聖樹様の創造した御子ということになっている。


 わたしの魂の話を持ち出すと、トールの改ざんした歴史とつじつまが合わなくなるのだ。


 村長さんは温かいまなざしで、シェーナを新たな村の住人として迎えてくれた。


 そして、シェーナをわたしのはきもの係にしてはどうかと提案してくれた。


 シェーナをわたしのはきもの係にすれば立場がはっきりするし、いつも一緒にいてもおかしくない。


 さらには村長さんの発案で、わたしの髪を一房使って小さなわらじを編み、シェーナの首からぶら下げて、一目でわたしのはきもの係であることが分かるようにした。


 一昨日のスヴァルトヘイムからの帰還を祝う宴会でも、わたしの横でニコニコとおはぎをゆっくり口の中で溶かしていたし、昨日の午前中の癒やしの仕事中も一緒にいたので、ずいぶんと村のみんなに覚えてもらえたと思う。


 昨日の午後からはアルとすこしだけ雪遊びもしたし、こどもだからすぐに打ち解けるだろう。


 ソフィアさんだけが妙な対抗意識を燃やして、わたしの手伝いを独占しようと張り切っているが、シェーナはそもそも横に座っているだけなのでまったく問題はない。


 ただ、わたしの髪の毛が抜けるたびに、いただいてもよろしいですかと言って、髪の毛を拾い集めている。


 おそらく、ソフィアさんのわらじに織り込まれているわたしの髪の毛が一本だけなので、シェーナに対抗して増やそうとしているのだろう。


 いつもながら大人げないソフィアさんだが、その姿を見るとなぜかウルズ村に帰ってきたという実感がわいて、ほほえましい気分になるのだから不思議なものだ。


 アルフヘイムに帰ってきてもう三日たったというか、まだ三日と言ったらいいのか分からないが、ようやく本来いる場所に戻ってきた気がする。


 スヴァルトヘイムでは戦いの連続だったし、ようやく終わったと思ったら聖樹様の化身などという大役を演じなければならなかった。


 でも、これからはちがう。


 エルフのソラは無理でも、空の聖エルフとして肩のちからを抜いて生きていくことができる。


 いちど聖樹様の化身などという面倒な仕事をこなしたせいか、聖エルフぐらいが楽でいいよね、と思えるようになった。


 エルフさんにはちやほやしてもらえるし、雨っちや雲っちとも友達だから困ったことがあったら助けてもらえるだろう。


 トールの言っていた聖エルフの使命とやらも果たしたのだ。


 トールやマティアスの神口の聖エルフという使命は終わりがない。


 雨っちや雲っちの天候の管理、癒やしの聖エルフたちの使命も終わりがない。


 風の聖エルフと氷っちの使命はドラゴンがいる限り終わらない。


 だが、他の聖エルフとはちがって、わたしの使命は終わったのだ。


 そう考えれば、わたしの使命が一番楽だったような気もする。


 終わりがある使命ってすばらしいな、とひとりほくそ笑んでいるとシェーナがもぞもぞと起きだしてきた。


「おはよう、シェーナ。大丈夫? 寒くない?」


 幸せそうな顔でうーんと伸びをするシェーナ。


「おはよう、ソール。……あれっ? ここってソールの部屋だよね? 連れて来てくれたんだ。そうだよね。ソールだってひとりで寝てたらさみしいもんね」


 朝からいつもの天然のおとぼけ全開でほほ笑みかけてくるシェーナ。


 この天然っぷりを見ると、ソールの気苦労のほどがしのばれる。


 孤児院でこれだけのんびりと天然でいるためには、ソールが常に気を張ってシェーナを守らなければならなかっただろう。


 でも、ソールが守りたかったのはこの天然っぷりも含めたシェーナなのだ。


「ちがうよ、シェーナ。わたしが起きたら、そこでシェーナが寒そうに転がってたんだよ」


 わたしの苦笑にほほ笑みを返したまま、シェーナはしばらくわたしの瞳の奥底を覗き込んでいた。


「そうなんだ。そうかもしれないね。やっぱり僕、ソールがいないとぐっすり眠れないんだよね。また、ソールがいなくなったりしたらと思ったら恐い夢を見て……」


 深いところに潜っていきそうだった瞳が、パッと明るさを取り戻す。


「でも、目が覚めてソールを見るとよかったって思うんだ。夢じゃなかったんだって。朝が来て、ソールがいて、ご飯があって、なんて幸せなんだろうって……」


 ――ご飯のことを言わなければ、感動でシェーナを抱きしめているところだけど。


 必ず食べ物を思い浮かべるところがシェーナらしいと言えばシェーナらしい。


 どれだけご飯があっても、ゆっくり、ゆっくり、噛みしめて味わうし、ソールの気が短くなるのもよく分かる。


「じゃあ、起きて朝ご飯食べようか、シェーナ」


 わたしは立ち上がって大きく伸びをした。


 シェーナはにっこり笑ってクシュンとくしゃみをした。


 アオも立ち上がってブルブルっとからだを震わせた。


 幸せってこういうことを言うんだろうねと思いながら、わたしは朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

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