表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第四章 聖樹の化身
75/91

75 聖エルフ、男の子と空を翔ける

 男の子はかぼそいからだを震わせながら、必死にわたしにしがみついていた。


 その大きな泣き声が、わたしの意識のどこか深いところを揺さぶり続ける。


 頭の中で男の子の声が大きくゆがんで反響し続ける。


 ――モーネだ、この子はモーネだ。


 ソールとモーネ、太陽と月。


 同じ日に捨てられていたふたりに付けられた名前。


 勝気なソールが弟分のモーネを女の子みたいだからってシェーナって呼んで。


 そうか、モーネのことをシェーナと呼ぶのはソールだけなんだ。


 あの日、ソールが命をかけてまで守ろうとした大切な男の子。


 わたしは呼び覚まされた記憶をたぐり、さらに深く潜っていこうとした。


 そのときだった。


 頭を殴られたような衝撃がわたしを襲った。


 ――あ・た・ま・が……。


 あまりの痛さに視界がゆがみ、たまらず意識を手放したくなる。


 このまま気を失ってしまえば、この痛みから逃げられる。


 そう思いつめたとき、夢で見たこどもの頃のわたしが脳裏に浮かんだ。


 女の子の拗ねたような目がかろうじてわたしを現実につなぎとめる。


 あんたが消したのよ、と女の子は言った。


 ――そうだ、わたしだ。


 この頭痛は記憶を思い出そうとしているんじゃないんだ。


 記憶を消そうとしてるんだ。


 わたしは奥歯をギュッと噛みしめ、震える手でシェーナの頭をなでた。


 ――ダメだ。……忘れちゃダメだ。


 わたしが忘れてしまったら、シェーナはどうなるの?


 さっきまでならよかったかもしれない。


 でも、今のシェーナにはわたしが必要だ。


 わたしはちからを振りしぼって、大きく息を吸った。


 そして、あらん限りの声で叫んだ。


「アオー!」


 響き渡ったその声が消えてしまう前に、アオが神殿の控室の扉を蹴破って現われた。


 膝の上で泣いていたシェーナが跳ね起きて、わたしを見上げた。


 まわりにいたエルフさんたちもびっくりして、こちらに手を伸ばしかけた。


 アオだけがちがう時の流れの中にいるかのように、ものすごい速さで走ってきた。


 まっしぐらに走ってきたアオは、わたしの盾に頭をこすりつけた。


 わたしは割れそうな頭を抱えながら男の子を盾で包み、アオにしがみついた。


 アオの盾とわたしの盾が混じり合い、一体感と安心感がわたしを優しく包みこむ。


 わたしはグリグリとこめかみを揉みながら、大きく息を吐き出した。


 ――よし! 充分だ! はい! もう、思い出さないよ! はい! ここまで!


 心の中で自分に向かってそう叫んだ。


 あとは、シェーナに聞けばいい。


 なにもわたしが思い出す必要はない。


 アオの頭にゴシゴシと頭を押しつけて気を紛らわせるわたしに、シェーナが心配そうに声をかけてきた。


「頭が痛いの、ソール? どうしたらいい? どこをさすったらいい?」


 ――そうだ、シェーナはいつだってソールにとびっきり優しい。


 ようやく頭痛がおさまってきたわたしは、アオの背中に乗ってシェーナを引っ張り上げた。


 シェーナが不思議そうにわたしとアオをキョロキョロと見つめた。


「光ってるね。そっか、やっぱり僕も死んじゃったのか。でも、よかった。死んでソールと会えるのなら、もっと早く死ねばよかったな」


 まだ夢の中にいるかのように、シェーナが悟りきったような声でつぶやいた。


 ふとまわりを見ると、たくさんのエルフさんが集まってきていた。


 みんな何事かと急いでやってきたが、どうしたらいいのか分からず右往左往している。


 今やスヴァルトヘイムでアオのことを知らないエルフはいない。


 聖樹様の化身がその身をあずける神馬として、信仰の対象になっているほどだ。


 さらに、癒やしの聖エルフたちがなぜかアオ様と様づけで呼び、とにかくわしゃわしゃなでまくる。


 はたから見るとアオの方が聖エルフより偉く見える。


 そのアオが聖樹様の化身の叫び声を聞いて矢のような速さで現われ、盾に包まれて輝いているのだ。


 何事かと大騒ぎになるのも無理はない。


 ――うーん、ここだとゆっくり話すこともできないね。


 そう思ったわたしは、ちょっと散歩してくるねとみんなに告げた。


 アオがポクポクと歩いて外に出て、大空に舞いあがる。


 シェーナが大きく目を見張って、地上を見渡した。


「ねえ、ソール。やっぱり、死んだらみんな聖樹様のところに行くの? ソールも行ったの? 僕を迎えに来てくれたの?」


 ――うーん、どう説明したらいいんだろう。


 わたしはさっきとはちがう意味で頭を抱えていた。


 この子を救えるのはソールだけだが、わたしはソールではない。


 偽物のソールだし、偽物の聖樹様の化身なのだ。


 スヴァルトヘイムのエルフを救うためなら、ウソをついても許されると思った。


 でも、シェーナにずっとウソをつき続けるのは、ちがうような気がする。


「わたしは空の聖エルフ。ソールに頼まれてあなたを迎えに来たの、シェーナ」


 わたしは悩んだ末、本当かウソかよく分からない応えを返した。


 シェーナはわたしの目をじっと覗き込んで、優しく笑った。


「ソール、いつも言ってるよね。僕にはウソをつかなくてもいいんだよ。僕には分かるよ。どれだけ姿が変わったって僕にはソールが分かるよ」


 ――そうだ、姿がちがうのにシェーナはわたしの言葉を疑わなかった。


 分かってもらえるかどうか分からないけど、言うだけ言ってみようかな。


「シェーナ、わたしは魂をみっつ持っているの。そのうちひとつがソールなの。ソールがあなたを見つけて助けようとしたの。大切な男の子だからって……」


 シェーナは恥ずかしそうにうつむいて、消え入りそうな声でつぶやいた。


「みっつの魂。……そうなんだ。そうだよね。ソールが僕にそんな優しい言葉をかけてくれるなんてありえないもの。いつも怒ってばっかりで、僕の手を引っ張って急がないとおいてくよって……」


 わたしは不器用なソールに代わりに、シェーナの手を優しく包んだ。


「シェーナ、わたしはいろんなことを忘れてしまったの。シェーナのこともほとんど覚えてないの。でも、ソールはあなたのことをこの世で一番大切に思ってたよ。それだけは覚えてる」


 その言葉にシェーナははっきりと自信を持って応えた。


「うん、知ってるよ、ソール。だって、僕はソールのことが大好きだもの」


 ふと、懐かしくて優しい風が心の中を吹き抜けた気がした。


 大きな雲のうしろから顔をのぞかせた太陽が、眼下に広がる景色をゆっくりと色づかせていく。


 アオが軽やかに脚を運びながら、こちらをちらっと見た。


「うん、ありがとう、アオ。いちど癒やしの神殿に帰ろうか」


 アオは大きく旋回し始め、風がわたしたちのまわりで渦を巻く。


「あれっ? ねえ、ソール。聖樹様のところに連れていってくれるんじゃないの?」


 シェーナが首をかしげて、不思議そうにわたしの目を覗き込んだ。


 ――うん? ひょっとして……。


「シェーナ、本当に死んだって思ってたの? 生きてるよ。さっきだってお菓子を食べてたでしょう?」


 あきれたようなわたしの口調に、シェーナがビクンとからだを浮かせた。


「えっ! 生きてる? 僕、生きてるの? えっ! だって、空飛んでるよ! だって、馬が空を飛ぶわけがないじゃない! ソールだって光ってるし、馬も光ってるし……」


 シェーナは大慌てで、自分の頬っぺたをギュッとつねった。


「痛い! ソール、痛いよ! 生きてるの? えっ! じゃあ、さっきのお菓子って本物なの? えーっ! なんで? いっぱいあったよ! 本物なの、あれ?」


 ――うん? いちばん驚くところがお菓子なの?


 ああ、そうか、ふたりとも捨てられてたんだ。


 思い出せないけど、お菓子なんかほとんど食べたことがなかったのかもしれない。


 それで、幸せそうに口の中で溶かしてたのか。


 じゃあ、スヴァルトヘイムにいるよりわたしと一緒にいた方がいいんだろうか?


「ねえ、シェーナ。わたしはもうすぐ海の向こうに帰るんだけど、よかったら一緒に来る?」


 シェーナは満面の笑みを浮かべて、わたしの手をギュッと握り返した。


「うん。ソールと一緒だったら、どこにでも行くよ。聖樹様のところにだって喜んで行くよ」


 ――いや、いや、聖樹様のところに行ったら、雨っちと雲っちに怒られるからね。


 そこだけは絶対に行かないよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ