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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第四章 聖樹の化身
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73 聖エルフ、双子の想いに涙する

 甲板の上に歓声が響き渡った。


 雨っちと雲っちがわたしに跳びついて、大声をあげて泣き出した。


 高々とこぶしを突き上げ天を仰ぐ船長さん。


 歓喜のあまり甲板の上で抱き合って踊り出す船員さんたち。


 マストの上で奇声を発する見張り役のエルフさん。


 アルフヘイム号がまるでみんなを祝福するかのように、バタバタと帆をはためかせた。


 ドワーフ三大部族の領地のすぐ近くにある小部族の港街。


 その沖合に停泊していたわたしたちのもとに、念願だった戦いの終結の知らせがもたらされた。


 ドワーフの三大部族がマティアスの要求した条件を受け入れ、講和が結ばれることになったのだ。


 わたしは雨っちと雲っちの頭をわしゃわしゃとなでながら、みんなの喜ぶ姿をただただぼーっと眺めていた。


 ――そうだね。みんな海を渡ってこんな遠くまで来て……。


 生きて帰れるかどうかすら分からないのに……。


「うん、うん、帰ろうね。……雨っちも、雲っちも、みんなも……」


 胸の奥からこみ上げてくる熱いものが、言葉を嗚咽にかえる。


「あり、……が、……とう、ね。……みんな……」


 何度ゴシゴシと拭いても涙でゆがむ視界の中で、必死にみんなを探して抱きしめた。


 首にしがみついたまま離れない雨っちと雲っちの泣き声が、耳もとで割れんばかりに響き続ける。


 みんなも涙を滝のように流しながら、お互い抱き合って泣き叫んでいた。


 どのくらいのあいだ、そうしていたことだろう。


 みんなしだいに落ち着きを取り戻し、顔中を笑みでいっぱいにして宴会の準備を始めた。


 食料はドワーフからふんだんにもらっていたため余裕がある。


 でも、お酒がたくさんあった方がいいよねということで、港に行って買うことになった。

 

 ドワーフの小部族は聖樹様に忠誠を誓ってはいたが、無用の争いを起こさないために、アルフヘイム号は港の沖合に停泊していた。


 屈強なエルフでも酒樽を担いで空を翔けるのは難しい。


「雨っち、雲っち、お酒を買いに行こうと思うんだけど、風を吹かしてもらっていい?」


 わたしの双子の頭をやさしくなでた。


 ふたりとも今まで不満のひとつも口にしたことがなかったが、やはりアルフヘイムから遠く離れて不安だったのだろう。


 みんなの興奮がひと段落した今でも、わたしの首にしがみついて泣き続けている。


 二千年以上生きているとはいえ、雨っちも雲っちも心は天真爛漫なこどもなのだ。


 きっと、わたしのためにいろいろと我慢してくれていたのだろう。


 しかし、わたしの声も耳に届かないのか、双子はいっこうに泣きやむ気配がなかった。


 みんなも双子の姿にもらい泣きし、やさしく見守り続けた。


 結局、港までそれほど遠いわけでもないということで、自然の風で港に向かうことになった。


 アルフヘイム号がいかりを上げ、海風を帆に受けて港へ向けて動き出した。


 そのとき、すっと雨っちが立ちあがった。


 雨っちの盾がきらめき、無数の光の粒が空に向かって飛び散る。


 さっきまで吹いていた海風がぱたっとやんで、凪がおとずれた。


 アルフヘイム号は風のちからを奪われ、ゆっくりと海面を漂い始めた。


「逃がさないわよ! 絶対に!」


 雨っちが泣きはらした真っ赤な目でわたしを睨み、人差し指を突きつけた。


 雨っちの悲鳴のような声とともに、しがみついている雲っちの腕にちからが入る。


 さっきまでの浮かれた雰囲気がさーっと冷めて、甲板の上に緊張が走った。


「えっ? ……どうしたの、雨っち? ねえ、雲っち?」


 思いもよらなかった雨っちと雲っちの行動に、みんなが固唾をのむ。


 雨っちが思いつめたように、奥歯の底から声を絞り出した。


「絶対に、帰さない! 足りないの! まだ、まだ、全然足りないの!」


 雨っちの盾が再びきらめき、舞いあがった光の粒がアルフヘイム号のまわりで風を起こして渦を巻く。


 渦はあっというまに大きくなり、まるで竜巻のように船を揺るがし始めた。


 天候を操る雨の聖エルフのちからに、みんなが吹き飛ばされまいと必死で近くのものにしがみつく。


「帰さない。……どうしても帰るっていうんなら、わたしも連れていって……」


 雨っちの言葉に雲っちが弾かれたように頭を上げた。


 そして、盾を光らせて光の粒を放った。


 雲っちから放たれた光の粒が雨っちの竜巻に吸い込まれ、まるで何事もなかったかのように再び凪が戻ってきた。


「だめだよー! 雨っち! 雨っちがいなくなったらさー、僕ひとりでどうやって生きていくのさー! どんなとこ? どんなとこなのさー、ソラっち? お菓子はあるの? ご飯はあるの? ゴロゴロできるの?」


 雲っちがさらに訳の分からないことを大声で叫んだ。


 ――えーっと、……どうなってるの、これ?


 どう応えたらいいのか分からず首をひねっていると、マティアスが満面の笑みをたたえて、風を蹴ってアルフヘイム号に現われた。


「おぉ、みんなー、なんださっきの竜巻は? それよりも、もう聞いているとは思うが、ようやく講和がまとまってな。あと一息だ、あと一息で、……ってどうかしたのか?」


 アルフヘイム号が異様な雰囲気に包まれていることにようやく気がついたのか、マティアスが笑顔のまま首をかしげた。


「えーっと、……雨っちがわたしを帰さないって言ってる。……のかな? よく分からないけど、……雲っちはお腹が減ってるのかな?」


 わたしの言葉にマティアスは、ああ、なるほどとうなずいた。


「えっ! ふたりの言ってることが分かるの、マティアス?」


「もちろん分かる。俺は神口の聖エルフだからな。聖樹様のことなら何でも分かる」


 ――うん? 聖樹様がいったい何の関係があるの?


「つまりだ。きみは聖エルフを集めて言っただろう。この戦いが終わったら、もといた場所に帰るとな」


 ――うん、うん、たしかにみんなにそう言ったね。


 マティアスはちょっとだけ勿体ぶるようにうなずいてみせた。


「聖樹様の化身がもといた場所ってどこだと思う? 聖樹様の中なんじゃないか?」


 ――あっ! そうか、ウルズ村に帰るとは言わなかったような……。


 そうか、それで雨っちは帰さないって。


 うん? 雲っちは聖樹様の中にお菓子があるとかって?

 

 双子のどこかほほえましくていじらしい想いに、顔がぴくぴくとふるえ涙がにじむ。


 じわっと心の奥底から湧きあがってくる気持ちをうまく表現できず、わたしは雨っちと雲っちを盾で包み、ちからいっぱい抱きしめた。


「ありがとうね、雨っち、雲っち。でもね、わたしが帰るのはウルズ村だよ。これからはずーっとウルズ村にいるからね。遊びに来てね。わたしもアオと一緒に遊びに行くからね」


 雨っちがじっとわたしの目を覗き込み、涙をあふれさせた。


 雲っちが目をシパシパさせながら、お菓子はあるのと聞いた。


「雲っち、今度遊びに行くときはおはぎを持っていくよ」


 わたしはなぜか、おかしくて、おかしくて、泣きながら笑った。

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