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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第四章 聖樹の化身
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72 聖エルフ、ドワーフの神になる

 おだやかな陽の光が結界に守られたアルフヘイム号を優しく暖め、帆を大きくはらませる雲っちの風が肌に心地よい。


 アオに乗ったわたしをドワーフたちがまぶしそうに見あげ、マティアスに何やら親しげに話しかけた。


 マティアスが嫌味かと思えるほどの恭しい態度で、その言葉をわたしに伝えた。


「聖樹様、風に吹かれる姿もまた神々しく、高鳴る胸の鼓動がやみません、とのことです」


 ――いや、いや、そんなお世辞はいちいち通訳しなくていいよ。


 わたしはこみあげるため息を抑えて、ドワーフたちに向かって作り笑顔を浮かべた。


 ――とはいえ、ドワーフたちも聖樹様のご機嫌を取ろうと必死なんだろうね。


 聖樹様を囲む壁が崩れ去ったことによって、ドワーフの政治情勢に劇的な変化が起こった。


 まず、エルフと境界を接する親エルフ派の三部族が、エルフがドワーフの他部族に攻め込んでも領内の通行も含め一切邪魔しないということを約束し、さらには武器や食料の提供を申し入れた。


 マティアスによると、この三つの部族はエルフとの交易で潤っていたこともあり、戦いには積極的に参加していなかったらしい。


 ドワーフを構成する部族として武器や食料の提供はおこなっていたものの、内部情報をエルフに流してくれていたそうだ。


 だが、イースタッドの戦いで大敗北を喫してからというもの、ドワーフは敗北に次ぐ敗北を重ねた。


 そのため、足りなくなった戦力を埋めようと親エルフ派は他部族から派兵を求められた。


 刻一刻と近づいてくる戦火と、他部族からの矢のような派兵の催促に、親エルフ派三部族はもはや曖昧な態度をとれなくなった。


 たとえ兵を送らなくとも、エルフが攻め込んできた場合、真っ先に自分たちの土地が戦場となることは必至だった。


 それまでに自分たちだけでもエルフと講和するか、ドワーフ陣営の一員として武器をとるかを決めなければならなかった。


 そんなとき、恐るべき情報がもたらされた。


 聖樹の化身が現われ、自身を取り囲む壁を完全に粉砕し、ドワーフを滅ぼそうと向かってきている。


 イースタッドで百隻を超える大艦隊がわずか一日で海の底に沈んだのも、すべて聖樹の化身のちからである。


 ここにいたって、三部族は手を携えて大きな決断を下した。


 ありとあらゆる伝手を頼って、マティアスにすがりついたのだ。


 そして、ドワーフの総意を無視してエルフとの講和を結び、自分たちの土地から他部族の兵を追い出した。


 これに敏感に反応したのが、比較的ちからの弱い七部族だった。


 次に攻められるのは、自分たちだと思った。


 ドワーフは三つの大部族と十の小部族で構成されているが、昔から十三の部族による多数決で全体の意思決定をおこなってきたらしい。


 ドワーフの全体会議で戦争終結を訴えたが、エルフから一番遠くに位置する三大部族は首をたてに振らなかった。


 七つの小部族は多数決に従うように求めたが、三大部族は親エルフ派の三部族が抜けたことによって多数決による意思決定はもはや採用できないと主張した。


 マティアスの突きつけた講和案は三大部族に対しては厳しく、小部族に対しては受け入れやすい優しい条件になっていた。


 三大部族にとっては自分たちにだけことさら厳しい講和案は、到底のめるものではなかったらしい。 


 結果として、ドワーフは内部分裂を起こした。


 七つの小部族は親エルフ派の部族を通して、戦争終結の講和を申し入れてきた。


 さらに、三大部族の隠し持っている大型の鉄船の存在をマティアスに密告した。


 マティアスは目を輝かせてその情報を受け取り、これで戦いが終わると確信したらしい。


 わたしはそんな情報が当てになるのかと半信半疑だったが、マティアスは意地の悪い笑みを浮かべた。


「この情報は本物だ。連中は恐いんだ。この戦いが終わった後に三大部族に復讐されるのがな。人口にしろ経済力にしろ軍事力にしろ三大部族を敵に回したら、他の小部族がぜんぶ束になっても敵わないんだ。だから、連中は聖樹様の化身のちからを利用して、自分たちを守ろうとしてるんだ。ウソをつくはずがない」


 マティアスは赤い目をうっすらと細めて、人さし指でトントンと額を叩いた。


「それと、連中からひとつだけ願い事があるんだ。この戦いが終わったら、三大部族を除いた十部族で聖樹様を神としていただく政治体制を作りたいんだそうだ。もちろんきみが許してくれればの話だがな」


 わたしはマティアスの言っていることが理解できず、しばらくのあいだぼーっとたたずんでいた。


「つまりだ。ドワーフは高い技術を持った誇り高き種族だ。三大部族は恐いが、エルフに頼るなどということはできない。だが、聖樹様はエルフではない。神として聖樹様を崇めても問題はない」


 マティアスのまとう赤いオーラがふわっとゆらめいた。


「ドワーフたちは聖樹様のちからを思い知った。許しを請い、飾り物として奉っておけば、たとえ自分たちを守ってくれなくとも、三大部族はおいそれと仕返しできないだろうという考えだ。ドワーフの政治体制は建前としては多数決だが、三大部族はちからの差を利用して小部族にいろいろと嫌なことを押しつけてきたんだ。だが、小部族の連中は自分たちだけでは三大部族に対抗できない。そこで、聖樹様だ」

 

 何かを企んでいるような微笑を浮かべるマティアスに、わたしはトールと話しているかのような錯覚を覚える。


「これは絶好の機会だ、空の聖エルフ、いや、聖樹様だったな。きみのちからを連中に見せつけて、聖樹様に忠誠を誓わせるんだ。そうすれば、エルフとドワーフは二度と争うことがなくなる。永遠の平和が訪れるんだ」


 ――うーん、マティアスの仕草がだんだんトールに似てきたね。


 いいことなのか、悪いことなのか、どうなんだろうね。


 とはいえ、まさかドワーフのえらいさんに見つめられながら、聖樹の化身です、みたいことをさせられるとはね。


 わたしはさっきから何度もこぼれそうになるため息を、こっそりと息にかえた。


 三大部族の隠し持っている大型の鉄船への攻撃も次で最後だ。


 最初の攻撃は大部族にとっても予想していなかったようで、砲火を受けることもなくあっというまに船を沈めることができた。


 イースタッドの戦いでも見た最新型の鉄船はそのちからを見せる間もなく、港を塞ぐように沈んでいった。


 沖合で大きな望遠鏡を抱えて様子をうかがっていたドワーフたちは、アルフヘイム号に戻ってきたわたしとアオを大きな拍手で迎えた。


 緊張がすこしほぐれたのか、ドワーフ同士お互い肩を叩きあって喜びをみせた。


 次の攻撃では敵の鉄船も戦闘準備を整え砲火を放ってきたが、真上から翔けてくるアオに弾が当たるはずもなく、船体をまっぷたつに叩き折られ海の藻屑と化した。


 ドワーフの小部族の長やその息子や大使といったえらいさんたちは、帰ってきたわたしとアオをひきつった笑顔で迎えた。


 そして、どこかおびえたような表情を浮かべながらも、口々に聖樹様をほめたたえ始めた。


 その讃美が神への畏れからか、はたまた恐怖から湧き出てくるのかは不明だが、マティアスの狙い通りにことは進みつつあった。


「敵の艦隊が港を出てきました。すでにこちらを見つけているようです。マストも水車もない鉄船が二隻に蒸気船三隻、帆船が七隻、こちらに向かってきます」


 見張りの声にドワーフたちが慌ててマティアスに詰め寄り、必死に何かを訴える。


 マティアスがドワーフたちに笑顔を振りまき、わたしに向きなおって胸の前に腕をまわしてひざまずいた。


「聖樹様、まだまだ彼らは信心がたりないようです。おちからを示していただいてよろしいですか?」


 ますますトールに似てきたマティアスに心の中で舌を出しながら、大きくうなずいた。


 ――それにしても、最新型を二隻も隠し持ってたんだね。


 それで、講和にも応じず強気だったんだね。


 わたしはマティアスを真似て、動揺しているドワーフたちに作り笑顔を振りまき、アオの背中を軽くさわった。


 アオは軽く飛びあがり、またたくまに空を翔けて、はるか上空から鉄船の真上に結界を叩きつけた。


 閃光がほとばしり、轟音が大気を振動させる。


 衝撃によって海面が大きく揺らぎ、まわりの船が波をくらって倒れんばかりに傾く。


 アオはその波の上を滑るように、もう一隻の鉄船の背後に回り、結界をまばゆく光らせながら翔け抜けた。


 衝撃が水しぶきとなってあたり一面をおおい、まるで豪雨に襲われたかのように視界を閉ざす。


 そのなかをアオが迷うことなく、流れるような脚運びで結界を敵の船にぶつけていく。


 視界が開けてまわりを見渡せるようになったときには、高く舞いあがったアオがアルフヘイム号へと向かってゆったりと翔けていた。


 まるで嵐が過ぎ去った後のように、海は本来の姿を取り戻し、陽の光を浴びてキラキラと輝く。


 波間に見え隠れする折れたマストや千切れた帆。


 もう沈んでしまったのか、鉄船の姿はどこにも見えなかった。


 ――今度こそ戦いが終わればいいね。


 イースタッドの戦いから今日まで、思えばあっというま……。


 じゃなかったよね、と思いながらアオの首筋をわしゃわしゃとなでた。


 ふとアルフヘイム号を見ると、ドワーフたちがみんな抱き合ってブルブルと震えていた。


 ――うーん、聖樹様の御業に畏れいってるというよりは、恐怖のあまり震えがとまらないって感じだけど。


 そもそもドワーフに頼まれて船を沈めにきたのにね。


 注文どおりなのにね。


 釈然としない思いを抱きながら、わたしはアオに身をあずけたままアルフヘイム号に降り立った。


 その瞬間、抱き合っていたドワーフたちが我先に甲板に身を投げ出し、なにやら必死にこちらを拝み始めた。


 マティアスがしてやったりという笑顔をこちらに向け、大袈裟にひざまずいてみせる。


「聖樹様、ここにいる皆が聖樹様を神として崇め、忠誠を誓うと申しております。よろしければ皆に笑顔をお見せください」


 わたしはまたしてもため息をこらえ、無理やり口角を上げて精一杯の笑みを浮かべた。

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