71 聖エルフ、聖樹様になる
マティアスは床の上に大の字になって、ひたすら天井を見つめていた。
「ふー、……俺はこどもの頃から海が好きだった。いずれは船に乗って大海原に帆を上げて、聖地であるアルフヘイムを見つけ出して、……交易しようと思ってたんだ」
ため息とともにこぼれだした想いが、マティアスの表情をすこしだけ柔らかなものにかえた。
「そうだな。本当に存在するのかどうかすら分からなかったアルフヘイムを俺が見つけ出したんだ。夢がかなったんだ。聖樹様に感謝しないとな」
マティアスは大きく息を吐き出し、ごろんと転がってわたしを見上げた。
「なあ、この戦いが終わったら、俺もアルフヘイムに連れていってくれないか? そういえば俺も風を吹かすことができるからな。船でスヴァルトヘイムとアルフヘイムを行ったり来たりするんだ。楽しいだろうな。神口の聖エルフ様だってドワーフの技術を欲しがっていただろう。きっと高く買ってくれるよな」
漠然とした不安がマティアスの赤い瞳をかげらせ、昨日までの自信にみちた姿がすっかり影を潜めている。
――まあ、あんなことがあったんだから無理もないよね。
新たに生まれた聖エルフはすべて癒やしの聖エルフだった。
気前よく十一人もの聖エルフを遣わしてくれた聖樹様には感謝してもしきれないが、大きな問題も引き起こしてくれた。
生まれて初めて分かったのだが、癒やしの聖エルフはそろってドラゴン嫌いなのだ。
アルフヘイムの癒やしの聖エルフもそうだったが、ドラゴンというものを生理的に受け付けないらしい。
マティアスのからだの中にあるドラゴンの魂にすら拒否反応を起こすのだ。
初めて出会ったときもそうだったが、マティアスと致命的に相性が悪い。
いや、相性などという次元ではなく、癒やしの聖エルフにとってはマティアスが同じ空間に存在することすら許せないらしい。
わたしには、お母様、お母様、と慕ってくるのだが、マティアスが視界の隅に一歩でも入ると、とたんに戦闘態勢をとって追い出しにかかる。
このままではドワーフとの戦いのいちばんの功労者であるマティアスが、報われることなく追い出されかねない。
十二人の聖エルフによる合議制というスヴァルトヘイムの政治体制を考えれば、この戦いが終わったら完全にマティアスの居場所がなくなってしまうだろう。
他にも問題がある。
癒やしの聖エルフがみんなそろいもそろって、ケガを治すこと以外に関心がないのだ。
たしかに、アルフヘイムの癒やしの聖エルフもそうだった。
エルフにことのほか優しくて気づかいも抜群、ケガを治すことに情熱をそそぎ頼りになるのだが、それ以外のことにはあまり興味がなかった。
癒しっち個人の性格だと思っていたのだが、どうもそうではなかったらしい。
よく分からないのだけど、聖樹様が癒やしの聖エルフに向いている魂を選んだりしているのだろうか。
さらに、よく分からないのが、聖エルフみんながわたしのことを聖樹様の化身だと思いこんでいることだ。
生まれてすぐにわたしのことをお母様と呼んだし、何度言ってもお母様呼ばわりをやめようとしない。
どうやら聖樹様のことを思い浮かべると、わたしの顔も一緒に浮かぶらしい。
ひょっとしたら、鳥のヒナが生まれて初めて見た動くものを親だと思うように、わたしのことも親としてすりこまれてしまったのかもしれない。
どこを失敗してこうなってしまったかも分からないし、何をどうやったらうまくいくのかも分からない状態に陥ってしまっているのだ。
雨っちと雲っちはのんきに癒やしの聖エルフたちと仲良く過ごしているが、戦闘能力と行政能力を兼ね備えたマティアスがすっかりやる気を失くして転がっているこの状況を、早急になんとかしなければいけない。
マティアスのやる気を取り戻してドワーフとの戦いを早く終わらせたいし、癒やしの聖エルフはできれば各地に散ってケガをしたエルフの治療に専念して欲しいのだ。
――ふー、……ほんっとに、わたしって失敗してばっかりだね。
とはいえ、いちど聖エルフみんなで話し合わないといけないね。
トールがひとりいればすむのにね。
うーん、トールの代わりができそうなのはマティアスだけだし。
でも、マティアスの言うことを癒やしの聖エルフが聞くはずがないし。
そういえば、トールは神口の聖エルフだってウソをついたんだっけ?
聖樹様の言葉をエルフに伝えるって……。
うん? ということはエルフにとって聖樹様の言うことは絶対なのかな?
わたしは空想の中に逃げ込んでしまっているマティアスの腕をつかんで引っ張り上げた。
「マティアス、悪いけどアルフヘイムには連れていけないよ」
マティアスが抵抗するようにボソボソと小声で何かつぶやいたが、わたしはそれを無視して盾で包んで強引に歩かせた。
「わたしが村に帰るために、マティアスにはまだまだ働いてもらうよ」
わたしはマティアスを引きずるように歩き、神殿の奥に座り込んだ。
そして、聖エルフを全員呼び寄せた。
癒やしの聖エルフたちはわたしの横に座っているマティアスを見て、みんなそろって眉をひそめた。
「お母様、そのようにドラゴンをお傍において大丈夫なのですか? よろしければ、わたしたちが捨ててきますけど」
その言葉を聞いたマティアスは視線を床に落とし、打ちのめされたようにふらふらと揺れた。
わたしはマティアスの肩に手を置いて、意を決してみんなを見回した。
そして、できるだけ威厳のありそうな声を想像して、お腹の底から声を出した。
「わたしが聖樹の化身であることは、みんな知っていますね?」
わたしの大ウソにみんながコクコクとうなずいた。
マティアスだけが信じられないという視線をわたしに送った。
なぜか、雨っちと雲っちが待ってましたとばかりに、大きな拍手をわたしに送った。
「わたしはドワーフを蹴散らすためにこの身に魂を宿し、忌々しい壁をすべて壊しました。そして、傷ついたエルフたちを癒やすために、あなたたちを産み出しました」
みんなが、さすがはお優しいお母様、などと言いながら頭を垂れた。
「ですが、この身をいつまでもこの地に留まらせておくことはできません。名残惜しいことですが、この戦いが終われば、わたしはもといた場所に戻らねばなりません」
みんながガバッと頭を上げ、驚愕の目でわたしを見つめた。
――うん、うん、悪いけど、とっととウルズ村に帰るからね。
「そこで、すこし早いですが、今のうちに皆にはっきりと使命を伝えておきます」
みんなが目に涙をためながら、再び頭を垂れた。
「癒やしの聖エルフの皆は各地に散って、それぞれの持ち場でエルフの傷を癒やしなさい。それぞれが赴く場所はまた後で指示します。よろしいですか?」
みんなが声をそろえて、はい、お母様と唱和する。
――うーん、お母様という呼び方もやめさせようかな。
「そして、マティアス。あなたには神口の聖エルフの名を与えます。あなたのからだにはたしかにドラゴンの魂が封じ込められていますが、そのちからはわたしが抑えています。これからは、わたしがあなたの心に届ける言葉を皆に伝え、わたしの代わりに聖エルフとエルフを導くのです。分かりましたね?」
マティアスが目をシパシパさせて、頭をフル回転させる。
そして、頭を床にこすりつけて、どこまでも響き渡る声で応えた。
「聖樹様のお言葉、このマティアス、しかとうけたまわりました」
わたしはマティアスに向かって大きくうなずいた。
そして、みんなに向かって念を押すように、ひときわ大きな声で呼びかけた。
「わたしのかわいいこどもである癒やしの聖エルフたちよ。分かりましたね?」
わたしの声にそこにいたみんなが頭を床にこすりつけて、はい、お母様と応えた。
ふと見ると、雨っちと雲っちも頭を床にこすりつけていた。
――いや、いや、ふたりは癒やしの聖エルフじゃないよね。
聖樹様に怒られなくてもトールに怒られるよ。




