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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第三章 空の聖エルフ
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68 聖エルフ、海に叩きつけられる

 遠くどこまでも続く地平に、女の子がひとり、ぽつんとたたずんでいた。


 どこかで見たことのある拗ねたようなまなざしが、わたしの混濁した意識を鋭く刺した。


 女の子はつまらなそうに片足を振りかぶって、なにもない空間を軽く蹴った。


 そして、こちらを睨んで、ゆがめた口をとがらせた。 


「あんた、なにやってんの。急がないとアオが死ぬよ」


 その言葉に、女の子以外なにも見えなかった世界が、まるで凍りついたかのように白く染まっていく。


 ――アオが、……死ぬ?


 なぜ? ……何があったの?


「結界を強くしなよ。意識がないんだから、ほおっておいたらそのうち盾はあんただけを守ろうとするよ。このままだと、あんたより先にアオが死ぬよ」


 わたしはつかめそうでつかめない自分の意識を、懸命にその女の子に集中しようとあがいた。


 ――どうやったら、……いいの? わたしのからだはどこ、……にあるの?


「あんたは倒れてるだけ。強く願いなよ。結界を思い浮かべていちばん強くすんのよ」


 女の子のイライラとした口調が意識をピリピリと刺し、わたしは心の中で大きく手を振りかざした。


 ――結界を強くして! アオを守って!


 女の子が意地悪そうに顔をゆがめ、薄笑いを浮かべた。


「ふーん、あんたってアオのことが本当に大事なんだね。まあ、いいよ。これでしばらくは大丈夫なんじゃないの。すぐに、あんたも目が覚めるだろうしね」


 女の子はそう言うとわたしに興味を失くしたように、むこうを向いてゆっくりと歩きだした。


 ――待って! ねえ、あなたは誰なの?


 女の子の寂しそうな背中がビクンと震えた。


 くるっと振り返って、わたしにとがめるような視線を向け、口の端をつりあげた。


「わたし? ふふっ。……いらない子なんでしょ? ……きっと思い出したくもないのよね?」


 その姿と言葉がわたしの胸をえぐり、現実に引き戻される意識と夢の世界が入り混じって、心象がぶれ始めた。


 ――そうだ。わたしだ。この子はこどもの頃のわたし。ねえ、待って! わたしは記憶を取り戻したいの! お願い! 待って!


 わたしは消え始めた女の子に向かって必死に叫んだ。


 とたんに、大きくかぶりをふった女の子が、わたしの声をかき消すかのように、荒げた声を出した。


「うそつき! よくそんなことが言えるね! 聖樹がやったと思ってんの? 聖樹にそんなちからなんてないよ! あんたが消したのよ!」


 女の子の姿がかすみ、まばゆい光が視界いっぱいに広がる。


 船酔いにでもかかったようにふらふらと揺れる視界に、海面に横たわるアオの姿が映り込む。


 砲弾が次から次へと降りそそぎ、結界が大きく波を打って光り続ける。


 ――そうだ。たしか盾に直撃をくらって海に叩き落とされて……。


 わたしは揺れる頭をかばいながら、アオのからだにわたしの境界を深く入り込ませた。


 ――うん、大丈夫だ。ケガはしてない。衝撃で気を失ったんだ。


 ほっと息をもらしながら、アオのからだの中にある聖樹様の慈愛をととのえる。


 ――ごめんね、アオ、わたしのミスだ。


 船をぜんぶ沈めればよかったんだ。


 わたしが欲張ったせいでこんなことに……。




 アルフヘイム号がイースタッドの港を遠くに望んだとき、沖合にはすでにドワーフの艦隊が到着していた。


 港を射程に入れようと陣形を整え、いまにも砲撃を始めようとしていた。


 アオに乗ってアルフヘイム号から急いで飛び立ったわたしは、港を背後にかばい結界を強く張って船を沈め始めた。


 西からの艦隊は情報よりも数が多く、戦闘準備を終えていたこともあって、ドワーフだけを弾き飛ばすなどということは到底できそうになかった。


 ドワーフだけをはじく結界を張れば、敵から身を守るものが盾だけになることが、東からの艦隊との戦いで明らかになった。


 さっきの戦いですら、半数程度の船しか奪うことができなかったのだから、この大艦隊相手に無理をすれば命にかかわる。


 そう思ったわたしは、結界を最強にして船をぜんぶ沈めることにした。


 アオもわたしもずいぶんと疲れているし、命をかけてまで船を奪う必要はない。


 そんなこと分かりきったことだったのに……。




 アオは急降下と急上昇を繰り返し、確実にドワーフの船を沈めていった。


 撃ち出される砲弾を結界が閃光とともに海に弾き落とし、絶え間なく撃ちこまれる弾丸も光を散らして跳ね返した。


 わたしはアオの速さと結界のちからに慢心してしまったのだろう。


 半数余りを沈めたところで、艦隊の中でひときわ大きな鉄でできている船を見つけた。


 船体すべてが鉄なのか、それとも鉄でおおわれているいるだけなのか分からないけども、その船にはマストも水車もついていなかった。


 きっとドワーフの最新式の船だ、とわたしは思った。


 そして、あの船にドワーフの最新技術が詰まっていると思った。


 あの船を無傷で手に入れれば、ドワーフの技術がすべて手に入ると思ってしまった。


 そして、ドワーフの大艦隊が残りあと十隻程度になったところで、わたしはアオに指示を出した。


「アオ! 残った船はドワーフだけを弾き飛ばすからね! 結界が弾を通すようになるけど、盾があるから大丈夫だよ!」


 わたしを信頼しているアオは、力強く風を蹴って空を翔けた。


 そして残っている船が鉄船を含め五隻になったところで大砲の直撃を受け、その衝撃を吸収しきれず海に叩き落とされたのだ。




 ――アオ、ごめんね。わたしを信じてくれてたのに……。


 わたしはアオのお腹の上にからだを投げ出したまま、海面を漂っていた。


 まわりを取り囲んだ船からの砲撃を浴びて、結界が絶え間なく閃光を発し、衝撃を受けて形がいびつにゆがむ。


 心臓の鼓動が体をむしばむように駆け巡り、しだいに体力が奪われていくのを感じる。


 寝転がっているだけなのに息が荒くなり、肺が新鮮な空気を求めて暴れ出す。


 ――ほんっとに、……わたしは、アオがいないとなんにもできないんだね。


 そのまま、ふっと意識が途切れそうになったとき、アオが青い目を大きく見開いた。


 くりっとした大きな目がわたしをとらえ、アオのからだにちからがみなぎる。


 はじかれたように海面に立ち上がって、いっきに空を翔けあがった。


 アオは砲撃が届かない高さまでわたしを運び、頭をこちらに向けて心配そうに鼻を押しつけた。


 わたしはアオの背中にもたれかかったまま、ちからをふりしぼって息を吸った。


 そして、吐き出す息をなんとか声にかえた。


「アオ、……ごめん、……ね。わたしのせいで……」


 アオはゆっくりと高い空を旋回しながら、わたしを気遣うように様子をうかがう。


 きれいな空気といっしょに、聖樹様の慈愛が少しずつわたしのからだを満たしていく。


 わたしはアオの首にギュッと抱きついて、自分の境界をアオのからだの隅々まで広げた。


「アオ、痛いところはない? 大丈夫?」


 アオはやさしくいななき、歩幅を大きくとって跳ねるように翔けてみせた。


「よかった……アオ、ごめんね。あと五隻だけ残ってるの。結界をいっぱいに強くするから、もうちょっとだけ我慢してもらっていい?」


 アオはブルルルと強く息を吐き出し、脚を高く振り上げ、風を切り裂きながら翔け下りた。


 わたしとアオを包む結界が鉄船にぶつかって、まるで海におちたいかずちのように光がほとばしる。


 衝撃とともに鉄船がまっぷたつに裂け、流れ込む海水が渦を巻く。


 アオはそのまま海面すれすれを跳ねて、残っている船のあいだを滑るように翔け抜けた。

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