67 聖エルフ、ドワーフの大艦隊と戦う
一瞬、盾に鉛の弾がめり込むように張り付き、風に流されて視界から消えていった。
――また、当たったよ。
それでも、アオはひるむことなく船をかすめて飛び続けた。
次々と撃ち出される砲火が耳をつんざき、かすめた砲弾の衝撃が盾を震わせる。
ドワーフの艦隊はもはや味方の船などお構いなく、ありったけの砲弾を四方八方に撃ち出してくる。
乱れ飛ぶ砲火の中、アオは急降下と急上昇を繰り返し、船に結界をぶつけていく。
火を吹くものすべてに狙いを定めて、一隻、また一隻と、船からそのちからを奪っていく。
至近から撃ち出された砲弾が盾を揺さ振り、アオのピリピリとした感情がわたしの肌を鋭く刺す。
――そうだよね、アオだって恐いよね。
ドワーフが手に入れた大きすぎる火のちからは、海から見渡す限りの森を焼きつくした。
放っておけば、いずれは聖樹様すら燃やしてしまうだろう。
聖樹様の加護を受けているアオは、それを分かっているのかもしれない。
耳をぱたんと閉じたまま、砲火におびえながらも一瞬たりとも足をとめず、聖樹様の慈愛を使って空を翔け続ける。
しだいに密集しつつある艦隊から、お互いの船をかばうように連射式の小銃が空に向かって撃ち出される。
――まずいね。連携が取れてきてる。
うーん、……ここで盾の強度を試すわけにはいかないしね。
五十隻はいた船の半分ぐらいは無人になっているはずだし、あとは沈めよう。
わたしは結界を強くして、アオの耳に向かって大声を出した。
「アオ! 結界を強くしたから、もう盾に弾が当たらないよ! あとは火を吹いている船を沈めればいいからね!」
アオが空高く舞いあがり、いっきに船の真上から翔け下りた。
マストを破壊された衝撃で大破して沈んでいく船や、海面に横倒しに打ちつけられて沈んで行く船。
蒸気船から吐き出される黒い煙なのか、爆発によって立ち昇る煙なのか、あたりをおおう薄黒いもやの中で、轟音と水しぶきが視界をゆがめる。
どこか遠い世界で、ちがう時間軸で、かつて起こった映像を傍観者として眺めているかのように、わたしは感情を心の奥にしまいこんだまま、ただただアオの背中にしがみついていた。
強く張った結界に守られ、はじかれた砲弾が宙を舞い、時間の流れからこぼれ落ちるように、海面に着水したのが見えた。
ふと、我にかえって、あたりを見回した。
どれくらいの時間が経ったのかすら分からないまま、汚れた海には無人で漂い続ける船だけが浮かんでいた。
アオがこちらに首を回して、いつもの青いくりっとした目でわたしをのぞきこんだ。
――そうだ、まだ半分しか終わってない。それに、船を手に入れないといけないんだ。
わたしはアオに笑顔を向けて、首筋をわしゃわしゃとなでた。
「ありがとう、アオ。うん、うん、いったん船に帰ろう」
すこし離れたところで戦闘が終わるのを待ちかまえていたアルフヘイム号に、わたしとアオは大きな歓声で迎えられた。
足の踏み場もないほどに屈強なエルフさんたちを満載した船にちょこんと着船し、雲っちの吹かす風に乗ってもとの海域に大急ぎで戻る。
主を失った船に空を翔けて乗り込んだエルフさんたちが、次々と帆船の帆を畳んだり、舵を切ったりと、船を失わないように大急ぎで集め始めた。
無人になった船を手分けして操船して、イースタッドに運ばなければ任務完了とはいえないのだ。
それに、イースタッドの西側から向かって来ている艦隊のほうが、さっき戦った艦隊より大きい。
敵の艦隊がイースタッドに到着するまでに、わたしだけでも港に帰って敵を迎え撃たなければ、マティアスたちだけでは港を守りきれない。
わたしはあちらこちらに向かって漂う船を見ながら、大きくため息をついた。
――それもこれも、トールの立てた作戦が無茶すぎるせいだ。
トールがマティアスに渡した手紙の内容はひどく大雑把なものだった。
ドワーフとの戦いを有利に進めるためには制海権を取り返す必要があること。
そのためにはまず、アルフヘイムからの大援軍がイースタッドの港に向かっているという偽の情報を流し、これを迎え撃つためには総力をあげた大艦隊が必要である、とドワーフに思わせる。
うまくドワーフが艦隊を差し向けてくれば、空の聖エルフのちからでドワーフのみを弾き飛ばして無人にし、奪い取る。
たとえ奪い取れなくても、船をすべて沈めてしまえば戦況がぐっと楽になるはずだと、覚えたばかりとは思えないほどの綺麗な字で書いてあった。
このドワーフの大艦隊を集結させていっきに叩くなどという机上の空論を、トールを完全無欠の万能の聖エルフだと信じているマティアスが、忠実に実行したのだ。
マティアスの流した情報はドワーフの親エルフ派をとおして、すでにばらまかられていた。
半信半疑ながらも準備をしていたドワーフは、イースタッドの港がアルフヘイムからの援軍の先遣隊に奪取されたと聞いて、大急ぎで攻めてきたのだ。
エルフの援軍の本隊が到着する前に、陸と海からの大攻勢で港を取り戻し、防御を固める気らしい。
そのため、今日の昼前にはイースタッドの沖合に、東西合わせて百隻を超える大艦隊が合流する予定となっていた。
それと同時に陸からも東西から挟撃する形で攻撃しかけてくる、という情報をマティアスはつかんでいた。
マティアスはドワーフと交易していた商人の家の出ということもあって、情報の重要性を知っているし、情報操作にも長けているのだろう。
ただ、マティアスは組織だった戦いの経験がほとんどないらしい。
マティアスが陸からの敵の進撃を阻み、そのあいだにわたしが船をすべて奪い、エルフの船員を乗せて海からドワーフを攻撃する。
そんな甘い考えを、トールの指示だからまちがいない、ということでわたしに提案してきた。
トールのことをまったく信用していないわたしは笑顔で断った。
戦い方もそうだが、奪った船がすぐに使えるとは、トールも書いていない。
艦隊が合流する前に片方ずつ戦う方が有利だし、そもそも奪った船を使ってすぐに陸に砲撃などできるはずがない。
ドワーフの大砲は確かに性能が良いのだろうが、先日の戦いの最中にも暴発したのを何度も見かけた。
それに、今まで船から大砲を撃ったことのないエルフが、狙ったところに着弾させられるわけがない。
そんなわけで、まずは東側から来る艦隊と先に戦うために、今朝の未明に港を出て待ち伏せていたのだ。
わたしはエルフさんたちがせっせと船を集める様子を見ながら、ペコペコになったお腹を満たすために、ガツガツとごはんをかきこんでいた。
アオもわたしのそばでニンジンや豆をもしゃもしゃと食べていた。
「んー、ソラっち、こんなところかな、残っている船にはみんな乗り込んだし、とりあえず動かせない船はなさそうだし、んー、いちど港に戻るんだよね?」
雨っちがニコニコしながら尋ねてきた。
焼けた森を見て何か思うところがあったのか、雲っちが率先して風を吹かして船を動かしている。
「うん、そうだね。港に大急ぎで戻って、またエルフさんたちを満載して、西から来る艦隊と戦おう。もし間に合わなければ、わたしだけでもアオに乗って戦うよ」
――うーん、敵がゆっくりと来てくれればいいな。
「よーし、じゃあさー、ソラっち、行くよー、ジャンジャン風を吹かすからさー、結界を強めに張っておいてねー」
雲っちが盾を光らせながら光の粒を飛ばし、風が大きく帆をあおった。
アルフヘイム号はまるで海の上を滑るように、イースタッドに向かって大きく弧を描いた。




