65 聖エルフ、スヴァルトヘイムを翔ける
港のあちこちに置かれた大砲から、遠くの山裾に向かって砲火が放たれる。
わたしは結界をさらに強くして、アオの首筋にしがみついて指示を出した。
「アオ、恐いけど我慢してね。火を吹いている大砲に結界をぶつけるの。お願いね」
アオは耳をパタンと閉じ、港に向かってさらに加速した。
港の上空からいっきに翔け下り、大砲をかすめて飛んだ。
すぐさま上空に向かって大きく弧を描き、次の大砲に向かって風を切る。
大砲をかすめる度に、結界がまばゆく光を散らし、重い金属音が耳をつんざく。
大砲のまわりにいるドワーフたちが、鉄砲でこちらを狙おうと慌てふためく。
しかし、アオのあまりの速さに銃身をこちらに向けることすらできず、転がるように逃げだしていった。
――あとは、あのいちばん大きな大砲だけだ。
アオが残った最後の大砲に向かって、風を強く蹴って翔けた。
今にも大砲を撃とうとしていたドワーフたちが先を争って逃げ出した。
結界が大砲をとらえ、その大きな砲身を土台ごとはじき飛ばした。
それと同時に、爆発が起こった。
飛び出した砲弾が結界を直撃し、その衝撃がまばゆい閃光となって結界全体に大きな波を起こした。
わたしの視界の片隅で、結界を突き破ろうとする砲弾がミシリと音を立てたような気がした。
次の瞬間、結界にはじかれた砲弾が、石畳の街路を破壊して地中深くめりこんだ。
――あ・ぶ・な・かったー! ……この距離で直撃って。
恐怖でバクバクしている胸を押さえ、アオの首筋をわしゃわしゃとなでた。
安堵の息をもらしながら上空から港をぐるっと見渡して、大砲が残っていないか確認した。
――あとは街の外の大砲と、……あれは鉄条網なのかな?
街を外をぐるっと囲む柵の内側にもいくつか大砲があるようで、山裾に向かって火を吹いていた。
次はあの大砲をと思ったとき、立て続けに爆音が大気を振動させ、大量の砲弾があたり一面に降りそそいできた。
――なっ! いったいどこから? あっ! 船か!
港に停泊している船が大砲をこちらに向けて、雨あられのように砲弾を撃ち出してくる。
――うっかりしてた、船がまだ残ってたんだ。
船の大砲がわたしを狙って次々と火を吹き、街を破壊していく。
――ちょっとー! 街ごと火の海にするつもりじゃないでしょうね!
「アオ! 弾が届かない高いところまで飛んで!」
アオがはじかれたように、いっきに空高く翔け上がった。
港にはまだ何隻か船が残っていて、こちらを攻撃しようと慌ただしく動いている。
わたしはアオの首筋にしがみついて、ぴったりと閉じられている耳に向かって大声を出した。
「アオ! 大砲は真上を撃つことはできないからね! 真上から一気に結界をぶつけて、すぐ離れて高いところに戻るの! 念のため、港にある船をぜんぶ沈めて!」
アオはブルルルと息を吐き出し、船の上空までいっきに翔けた。
まっすぐ海に向けて急降下し、船のマストに当たる直前でからだを起こし、海面をかすめて港を後にする。
空高く噴き上がる水柱とともに、船が粉砕され沈んでいく。
残った船から砲弾と鉄砲の弾が、でたらめな方向に撃ち出された
――アオの速さを考えれば、狙って当てられるわけがないってことか。
でたらめに撃った砲弾がたまたま直撃したら?
ううん、きっと大丈夫だ。
いちばん大きな大砲の至近弾ですら、結界を破れなかった。
それに、たとえ結界が破られても、わたしとアオの盾がある。
わたしはアオを守るし、アオもわたしを守ってくれる。
アオの背中にピッタリと身を寄せて、そんな思いをめぐらせているうちに、港の船はすべて沈んでいた。
アオは大空高く舞い上がって、軽くステップを踏んで待機する。
――さすがはアオだ。まちがいなく、わたしより頭がいいし、頼りになるよね。
ほっとひと安心しているわたしに、アオが頭を回してこちらを見た。
――うん、うん、次の目標だね。
指示待ちのアオに街の外を指さして、あっちの大砲もお願いね、と伝えた。
その後はもう、わたしはアオの背中に乗っているだけだった。
アオは縦横無尽に空を翔け、火を吹くものをすべてはじき飛ばしてくれた。
弾を撃てばアオが飛んでくる、ということが分かったのだろう。
ドワーフたちは戦意を失い、うずくまって身を隠すことしかできなくなった。
そうしているうちに、マティアスが大勢の屈強なエルフたちを引き連れて姿を現し、ドワーフは総崩れとなった。
「空の聖エルフ! 本当に来てくれたんだな! これでエルフは救われるぞー! みんなー! 行くぞー!」
大きな声で叫ぶマティアスがエルフを従えて、空を蹴って街の中になだれこんでいく。
わたしはアオの背中にもたれかかったまま軽く手を振った。
――ふー、あとはマティアスにまかせよう。
アオはエルフたちを見守るように、街の上空をゆったりと優雅に翔け始めた。
すっかり傾いた夕陽を海の向こうに望みながら、わたしは高鳴る胸の鼓動を抑えきれないでいた。
赤い陽の光を受けて輝くアオが、たまらなく愛おしい。
――雲っちの言うとおり、アオとふたりで空の聖エルフなんだ。
軽やかに踏みだすアオの脚が風をとらえて、わたしをゆっくりと運んでくれる。
――きっと、わたしをどこまでも連れて行ってくれる。
うん、うん、これはきっと恋だね。
初恋、……なのかな?
うーん、とはいえアオは天馬だし女の子なんだよね、残念なことに。
わたしはペコペコになったお腹をなでながら、アオの首筋にギュッとほっぺを押しつけた。




