63 聖エルフ、空をまかされる
港から次々と出てくる船を遠くに眺めながら、わたしはアオに乗って釣ったばかりの魚をもぐもぐと食べていた。
――うん、うん、やっぱり新鮮な魚はおいしいね。
強い結界を張れば、お腹が減るのが早くなる。
聖樹様の慈愛を使って風を吹かせた雨っちも一心不乱に魚を食べていた。
雲っちも次から次へと魚をさばいては口に放りこんでいる。
――あれっ? 雲っちは何もしていなかったはずなのに……。
さっきの戦闘のあと、最初にいた場所よりもさらに沖合に、アルフヘイム号は泊っていた。
船首にある衝角以外、武器と呼べるものをいっさい積んでいないこの船で、ドワーフの船を沈めたのは大収穫だった。
陸地からもはっきりと見えていたのだろう。
港から絶え間なく出てくる船の数は、すでに十隻を超えて、まだなお増えつつあった。
さっき沈んだ船と同じ二本マストを持つ蒸気船が五隻に、遅れて大型の帆船が何隻か港を出たところで整列し始めた。
「じゅう、……さん、よん、ご、……どうやら、十五隻といったところでしょうか。縦一列に並んでこちらに向かってきます」
船長さんが望遠鏡から目を離し、険しい面持ちでわたしに目を向けた。
わたしはアオの首筋をわしゃわしゃと、心ゆくまでなでた。
背筋をピンと張って、海の風を大きく吸いこんだ。
「みんなはここで待機してて! 雨っち、雲っち、敵の船が近づいてきたら、同じぐらいの速さで逃げてね! 急がなくていいからね! 結界を張ってないってことを忘れないでね!」
雨っちが魚をほおばったまま、大きく手を振った。
「んー、ソラっちが言ってたとおりにするからね、大丈夫だよ、っていうか、どうせここまで来れないわよ」
雲っちが盾のちからを使った華麗なる包丁さばきを見せ、手のひらの上で魚を三枚に下ろした。
「雨っちもソラっちも見てよー、こうやってさー、盾で魚を押さえてさー、スパッと切ったらさー、ほーら、あっというまに三枚に下ろせるんだよー」
下ろした魚をひらひらとふってみせる雲っちを見て、エルフさんたちの表情が一気に和んだ。
――うん、うん、エルフさんの聖エルフに寄せる信頼って絶大だね。
雲っちの緊迫感のなさが、余裕に見えるんだね。
「雲っち、包丁さばきがうまくなったね。魚を食べながら、ここでゆっくり見物しててね。アオのちからをみんなに見せてあげるよ」
わたしはアオの首筋を軽くさわって、飛び立つように合図した。
アオは軽く脚を振り上げて、空高く舞い上がった。
わたしは結界を張ってどんどん大きくしていく。
「アオ、できるだけ高いところを飛んで、いちばん遠くにいる船の後ろに回り込んで」
アオは返事をするかのようにいななき、大きく脚を振り上げて、一気に加速した。
聖樹様の結界のことはドワーフだって知っている。
さっきの戦いで、アルフヘイム号が結界らしきものでおおわれていることには、気がついたはずだ。
だから、十五隻もの船で集中砲火を浴びせようと出航してきた。
縦一列で風上からいっきに近づき、一斉に大砲を撃ちこむつもりだろう。
アルフヘイム号が背後を取ろうとしても、それぞれの船がお互いをかばう形に戦列を変えてくるはずだ。
わたしは聖樹様ではない。
大砲の集中砲火をくらえば、わたしの結界は破られるかもしれない。
実際に大砲の弾に当たって、結界の強さを確認するようなことはしたくない。
だが、ドワーフがまったく知らないこともある。
天馬だ。
スヴァルトヘイムには天馬がおらず、マティアスですらその存在を知らなかった。
まさか結界が信じられない速さで自分たちに突っ込んでくるとは、想像もできないだろう。
アオの飛翔速度は天馬の中でも群を抜いている。
アルフヘイム号はドワーフの船より何倍も速い。
しかし、そのアルフヘイム号ですら、アオとくらべると亀のあゆみと言っていいほどに遅い。
アオは高い空の上をすさまじい速さで翔け、こちらに向かってくるドワーフの船団を飛び越えた。
そのまま、海面に突っ込むかのように、おおきく下方に進路を変え、最後尾の船の後方につけた。
「アオ、船からすこし離れたところを飛べばいいからね。まっすぐ前に向かって、全部追い抜けばいいよ。そうすれば結界だけが敵の船に当たるからね」
アオは高い声でいななき、そのたぐいまれな脚力で風の壁を大きく蹴った。
縦一列に並んだドワーフの船をかすめながら、最後尾から順に瞬きする間に、一隻、また一隻と追い抜いていく。
その度に、結界が轟音を響かせながらあらゆるものをはじき返し、大きく亀裂の入った船を水面に叩きつけた。
結界にはじかれた船はことごとく大きく壊れ、あるものは火に包まれ、また、あるものはそのまま浸水し沈んでいく。
アオが耳をぱたんと閉じ、大空に向かって翔け上がったときには、すべてが終わっていた。
わたしは大きく息を吸ってから、勇気を出してアオの翔けた後に目を向けた。
ドワーフの船がすべて、海中に沈もうとしていた。
「ありがとうね、アオ。うん、うん、みんなのところに帰ろうね」
わたしはアオの首筋をなでて、ギュッと抱きしめた。
アオはブルルルと鼻息を出して、アルフヘイム号に向けて翔け出した。
――早いとこ慣れないといけないな。
わたしがエルフだったらよかったのにな。
罪悪感を覚えることもなく、大喜びできただろうにな。
うーん、本当に面倒くさい生き物だね、わたしって……。
アオは勝利に沸き立つアルフヘイム号に、みんなの拍手に迎えられて着船した。
雨っちと雲っちがピョンピョン跳びながら、アオとわたしに抱きついてきた。
「んー、さすがはわたしのソラっちね、あっというまだったね、んー、やっぱりソラっちって聖樹様の化身だよ、すごかったよ」
「そうだよねー、やっぱりソラっちって聖樹様だよー、じゃあさー、帰ってもさー、サボってたら聖樹様の化身が現われて罰を与えるぞとかってさー、怒られないよねー、やったねー」
――うん? 出航式のことかな?
雲っちってサボってるって自覚があるんだ。
「さすがは聖樹様より空をまかされた聖エルフ様でございます。大空を翔ける麗しいお姿に、感動で胸が張り裂けそうでございます」
船長さんが涙を流しながら、全身をぶるぶると震わせた。
船のあちこちから歓声が上がり、さすがは空の聖エルフ様、という言葉が連呼される。
――あれっ? 空をまかされたって、いつのまにそんなことに。
というか、わたしは空を翔けるちからを持ってないんだけど。
髪と瞳が青いからソラであって、天馬がいないと飛べないし、アオがいないとダメだし。
うーん、不思議だね。
アオをなでていた雲っちが、ポンポンと軽く手を叩いた。
「なに言ってんのさー、みんな、ソラっちは聖樹様なんだよー、でもさー、アオがいるじゃん、ソラっちとアオで空の聖エルフだよー、そうだよねー、ソラっち」
雲っちのどうにもよく分からない言葉が、くるくるとわたしの頭の中を回って、ストンと胸の奥に落ちてきた。
わたしはアオの首をギューっと抱きしめて、雲っちの頭をなでた。
「ありがとう、雲っち。うん、うん、そうだね。わたしとアオで空の聖エルフだね」
雲っちがパチパチと目を瞬かせ、顔をほころばせた。
再び沸き起こるみんなの歓声と、雨っちのわたしもほめてーと叫ぶ声が、甲板の上で混じり合った。




