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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第三章 空の聖エルフ
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61 聖エルフ、出航する

 雨っちと雲っちが手をつなぎ、両手を空に向かって大きくかかげた。


「んー、じゃあ、雲っち、ちからを合わせて風を吹かせるわよ、あっちね、あっち」


「えー、雨っちひとりでやってよー、僕もうお腹いっぱいだからさー、眠くてさー、雨っちが疲れたら代わるからさー、先にやっててよー」


「ちょっと、なに言ってんのよ、雲っち、神っちが見てんのよ、まじめにやりなさいよ」


「神っちだって分かってるさー、風ぐらいひとりで起こせるじゃん、雨っちやってよー」


 大勢のエルフさんに船出を見送られる中、双子はこそこそと大音量で話しながら、お互いを腰で押し合っていた。


 普段はふたりのちからを合わせて、雨を降らしたり雨雲を散らしたりするらしい。


 船を動かす程度の風を起こすぐらいなら、雲っちいわく朝めし前らしく、ひとりで充分なのだ。


 だが、海の向こうの聖樹様と同胞を救うということで、トールがわざわざ見送りに現われ、出航式が厳かに行われることとなった。


 出航式のクライマックスとして、雨っちと雲っちが風を吹かせ、その風に乗って船が港を出ていくことになったのだ。


 ただ、海に出てしまうと積んでいける食料の関係で新鮮なものが食べられなくなる。


 出航式の直前にそのことを知った雲っちは、食い納めとばかり次から次へと食べ物を口に放りこんだ。


 その結果、はちきれんばかりのお腹を抱えて、眠たそうな目ですっかりだらけてしまっている。


 ――朝めし前の仕事を、たらふく食べすぎてできないって、どうなんだろうね。


 わたしは風の聖エルフに肩を抱かれたまま、涙を流し続けるソフィアさんに手を振った。


 わたしと一緒に船に乗り込もうと最後まで抵抗したソフィアさんだったが、風の聖エルフには逆らえず、おとなしく大粒の涙を流しながら連れて行かれた。


 氷っちの盾があやしく光っていたが、式の最中だからか、とくにソフィアさんが氷漬けにされることもなかった。


「んー、知らないわよ、あとで神っちに怒られても、んー、じゃあ、いくよー!」


 雨っちの盾から無数のきらめく光の粒が四方八方に飛び散ったかと思うと、船の後方から風が吹いて帆を大きくはらませた。


 港じゅうに響き渡る歓声と割れんばかりの拍手の中、アルフヘイム号と名付けられた船は風にゆったりと押し出され、港をあとにした。


 ――うーん、これだけ派手に送り出されると、途中で気が変わりましたとか言えないね。


「じゃあさー、僕は寝るからさー、雨っち、疲れたら起こしてねー」


 雲っちが甲板の上でごろんと仰向けになって、寝息を立て始めた。


「んー、ソラっち、そろそろ速度を上げるから、結界を張ってね、波を押さえないと船が壊れるんだよね、たしかそんなこといってたよね」


 雨っちがすこし揺れ始めた甲板の上で、フラフラしながら話しかけてきた。


 わたしは手を振り上げて結界を張り、船全体をすっぽりおおうまで広げていく。


「ありがとうね、雨っち。これでもっと風を吹かせても大丈夫だよ」


 雨っちも手を振り上げて、キラキラと盾を輝かせながら光の粒を放った。


 強い追い風が帆を大きくふくらませ、速度が一気に上がった。


 船のまわりのおだやかな流れとは対照的に、結界のまわりでは、はじかれた海の水が激しく水しぶきをあげる。


 ――うん、うん、訓練どおりだね。


 雨っちと雲っちの風のちからで船を進ませれば、普通の帆船ではとうてい出せない速度で航行することができる。


 結界のちからで一定の水量以上の水をはじいて波のちからを弱める、と同時に障害物をはじけば、船が壊れることもない。


 このふたつは、今のところうまくいっている。


 船の揺れがおさまったせいか、雲っちが肘を枕にしてむにゃむにゃと舟をこぎだした。


 ――あとは、目的地にたどり着くまで、食料が足りるかどうかだね。


 訓練中に分かったことだが、雨っちと雲っちと、そして、わたしの食欲が最大の問題なのだ。


 風のちからにしろ結界にしろ、長いあいだ使っていると、お腹がどんどん減っていく。


 聖樹様の慈愛を使うという行為は、指示を出しているだけだはなく、自分の体力も使っているらしい。


 どうりで、雲っちがいつもモグモグと何かを食べているはずだと思ったのだが、雨っちによると、雲っちは何もせずともモグモグ食べているので、関係はないらしい。


 とはいえ、その雨っちすら風を吹かせると、お腹がどんどん減っていくので、食料が足りなくなる恐れがある。


 訓練中の船の速度とスヴァルトヘイムまでの距離を考えると、昼夜休みなく進んだとしても到着まで五日はかかる。


 赤道を越えれば向かい風になるため、風のちからが抑えられる可能性もあるし、海流がどこを通っているかも分からないので、雨っちと雲っちのちからだけが頼りなのだ。


 それに、わたしが持っている赤道や熱帯といった知識が、アルフヘイムのエルフにはない。


 熱帯の太陽に照らされて、はたしてみんな元気に過ごせるかどうかも不安なところだ。 


 あれこれと考え込んで視線を甲板に落としていたわたしの耳に、雨っちの楽しそうな声が飛びこんできた。


「んー! 見て、見て! あのでっかい魚! んー! あれとって食べたら、おいしいんじゃないの?」


 食べるという言葉を耳にした雲っちが跳び起きて、甲板から身を乗り出した。


「ほんとだー、でっかいねー、ねえ、ねえ、ソラっちー、あれって食べられるのー?」


 ふたりの楽しそうな声に、わたしもつられて緊張がほぐれる。


 結界のずっと向こうを大きな魚のむれが、時おり水面を跳ねながら泳いでいる。


「本当だねー! 大きいなー! たしかにおいしそうだね。海の魚ってあんまり食べたことがないけど、食べられるんじゃないの?」


 甲板にいたエルフさんが大きな声で、おいしい魚ですよと教えてくれた。


「んー、そっかー、イザヴェルには海がないから、わたしも海の魚って、あんまり食べたことがないんだよね、ねえ、雲っち、食べてみたいよね」


「釣ったらいいんだよー、釣り竿ぐらいあるんじゃないのー、ソラっちの結界の中に魚を閉じ込めてさー、船から釣ってみようよー、おいしそうだしさー」


 ――うん? そうか、結界を弱めて魚をいれて、それから魚が通れないように結界を強めれば、波もたたないし釣り堀みたいになるのか。


「んー、いいね、雲っち、さすが食べ物のことになると頭が回るね、んー、よーし、ソラっち、やってみようよ」


 雨っちが風の力を弱め、わたしが結界を弱くして、船長さんが舵を操り魚の群れに近づいていく。


 船のまわりに魚がいっぱいいるタイミングを見計らって、結界を強くして魚を閉じ込めた。


 再び、雨っちが風を吹かし船の速度をあげても、船のまわりは結界で囲まれているため、波がほとんど立たない。


 雲っちや手の空いているエルフさんが釣り竿を持ってきて、魚を釣り始めた。


「釣れたー! やったー! こんなに大きい魚を釣ったのってさー、初めてだよー、よーし、ジャンジャン釣っちゃうぞー」


「ちょっと、雲っち、代わりなさいよ、わたしだってそんなおっきな魚釣ってみたいわよ、さっきまで寝てたでしょ、こんどはわたしが釣るわよ」


 雲っちがしぶしぶ雨っちに釣り竿を渡して、風を起こした。 


 雨っちがニコニコしながら、エサをつけて釣り糸を垂れた。


「んー、きた、きたよ、ソラっち! んー、大きい、大きいよ、これ、んー、よーし、釣れたー、んー、雲っちのより大きいね、さっき雲っちの釣ったやつってどれ? んー、よーし、勝ったー!」


 雨っちが釣り竿を高々とかかげて、雲っちにキラキラとした笑顔を向けた。


「すごいねー、雨っち。これは大きいね。みんなが釣った中で一番大きいんじゃないの? さすがだね」


 甲板の上でビチビチはねる大きな魚を見て、わたしの心は久しぶりの解放感でいっぱいになっていた。


 ――うん、うん、雨っちと雲っちの天真爛漫さが、わたしの心から雲を追い払ってくれたみたいだね。


「んー、ほめたね、ソラっち、わたしのことほめたよね? んー、どんどんほめてね、もっと、もっと、ほめていいんだよ」


 雨っちが茶色の双眸を欲でゆらめかせながら、わたしに向かって走ってきた。


 わたしは海の向こうまでついて来てくれる感謝をこめて、雨っちをちからいっぱい抱きしめた。

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