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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第三章 空の聖エルフ
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60 聖エルフ、石を投げられる

 風の聖エルフのまとう盾がふくれあがり、金色の髪が突風に吹かれたように逆立った。


 弓を射るかのように左腕を大きく前に突き出し、右手を肩の横に引きつけるようにして、ちからを込めた。


 獲物を狙う肉食獣のように、その金色の目がわたしをとらえ、口角がキュッとつり上がった。


 右手を前に突き出すと同時に、すさまじい音とともに風の刃が空気を切り裂いてこちらに飛んできた。


 風の聖エルフの突き出した右手が伸び切るのと同時に、風の刃はわたしの結界に当たって光の波紋を広げた。


「おー! すげーな! 全力で撃っても波が起きるぐらいかよ! じゃあ、次は百発ぐらい連続で撃つからな! ひゃっはー! 楽しくてたまらねーなー!」


 風の聖エルフは今にも踊り出しそうな格好で、腕をブンブン振り回した。


 ソフィアさんがわたしの背後から首を突き出し、開ききった双眸から涙をこぼし続ける。


「さすがは風の聖エルフ様でございます。たとえ、ここで命を失おうとも、一挙一動すべてをこの目に焼き付けさせていただきます」


 風の聖エルフ大好きのソフィアさんだが、さすがに恐いのだろうか、ぶるぶると全身を細かく震わせている。


「ソフィアさん、やっぱり結界の外で見てたほうがいいんじゃない? からだが震えてるよ」


 ソフィアさんがどうしてもと言うから結界の中に入れてあげているのだが、風の聖エルフの刃が結界を破ったりしたら命にかかわる。


「いえ、この場所こそがまちがいなく、風の聖エルフ様のお姿が一番凛々しく見える場所でございます。それに、この震えはからだの奥底から湧き起こる喜びのためでございます。ソラ様、どうかわたくしのことはお気になさらず、訓練に励んでください」


 ――いや、いや、気になるよね。喜びで震えるって。知らないよ、氷っちに氷漬けにされても。


「よーし、いくぞー! これをくらって今まで立っていられた敵はいねーからな!」


 風の聖エルフが物騒な台詞とともに、腕を交互に振りまわした。


 その度に、風の刃が轟音を響かせて結界を光らせ、波紋を広げていく。


「まだまだー! こんなもんじゃ終わらせないぜ! ひゃっはー! はっはっはっはっー! こりゃー楽しいな! どんどんいくぞー! はっはっー!」


 風の聖エルフの金色の目がキラキラと輝き、振りまわす腕の速さがどんどん増していく。


 ――えーっとー、……これ、本当に訓練なんだよね?


 風の聖エルフの遊びに付き合ってるだけみたいになってるけど。


 うーん、誰がとめるの、これ?


 ふと見ると、雨っちと雲っちが広げた敷物の上で、こちらを指さして楽しそうに笑いながら、お芋をパクパク食べていた。


 氷っちは風の聖エルフを恋する乙女の目で見つめていた。


 ソフィアさんの流す涙がわたしの肩の上で、ピチャピチャと音を立てて跳ねていた。


 ――なるほど、トールの判断は正解だね。


 スヴァルトヘイムに行く聖エルフはわたしと雨っちと雲っちということになった。


 わたしは当然のことながら、風の聖エルフと氷っちも一緒に行くのだろうと思っていた。


 しかし、トールは天敵であるドラゴンに備えるという建前から、ふたりに留守番を命じた。


 氷っちはともかく、風の聖エルフは駄々をこねる子供のように戦いに行きたがったが、トールは冷たく却下した。


 風の聖エルフは戦闘バカだから、わたしの言うことなど聞かず、連れて行ったら独断専行で動いて役に立たないとトールに耳打ちされた。


 今日は訓練ということで、わざわざ船のある港までやって来てくれたのだが、さっそく誰も手がつけられない状況になっている。


 風の聖エルフは攻撃力は高いのだが、まとう盾はマティアスの盾よりも弱い。


 氷っちの壁はずっと張っていられるものではなく、風の聖エルフの盾だけでは鉄砲で連射されれば、命を落としかねない。


 さらに、風の聖エルフに何かがあれば、氷っちが怒って手がつけられなくなるというのがトールの判断だ。


 今日までトールの判断をかなり疑っていたが、こうして風の聖エルフの言動を見ていると、トールの言っていたことが良く分かる。


 それに、わたしがどれだけのちからを持っていようと、わたしの心は弱いままなのだ。


 自分がいちど死んだという事実を知った次の日の朝、わたしはふとんから起き上がることができなかった。


 まるで泥の中に沈みこんだようにからだが重く、ただひたすら天井を見つめ続けた。


 アオがやって来てわたしを背中に乗せてくれなければ、ずっとそこに転がっていただろう。


 それから三日間、わたしはアオの背中で暮らしていた。


 アオの背中でご飯を食べ、背中にぐったりと横たわってマティアスの治療をして、背中に乗ったまま帰って、そのまま寝込んだ。


 もし、一緒にスヴァルトヘイムに行った聖エルフやエルフさんに何かあったら、わたしはアオの背中から動けなくなるのだ。


 本当はマティアスと一緒にドラゴンの背中に乗って、スヴァルトヘイムに行くべきだったのかもしれない。


 マティアスはドラゴンが飛び立てるように、風のちからで上昇気流を作りながら、わたしに熱のこもった視線を送った。


 あのとき、マティアスに言えば、わたしも一緒にドラゴンに乗せていってもらえただろう。


 でも、わたしは恐くて言い出せなかった。


 ドワーフの技術を持ち帰るために船で行く必要があると、自分に言い聞かせた。


 トールもそのために船をあつらえたのだ。


 でも、わたしの本心はちがった。


 アオや雨っちや雲っちが一緒じゃないと、恐くて行きたくないのだ。


 そして、みんなにはまだ言っていないけど、ソフィアさんを船に乗せるわけにはいかない。


 ソフィアさんに何かあったら、わたしの戻ってくる場所がなくなってしまうからだ。


 わたしは次々と繰り出される風の聖エルフの刃にあたって光り輝く結界の中で、深いため息をついた。


 ――たしかに、聖樹様はわたしのからだしか創ってないね。


 中身も創ってたら、こんなに心が弱くなかっただろうし、広い心で聖樹様もエルフさんも助けただろうね。


 それに、聖エルフには私欲がないっていうけど、わたしは私欲でいっぱいだ。


 トールが言っていたように、よく分からない知識も持っている。


 アルフヘイムには羅針盤がないと聞いて、マティアスとあれこれ知恵を絞ってなんとか羅針盤らしきものを作り上げた。


 マティアスはもともとドワーフと交易していた商人の家の生まれで、ドワーフの言葉もしゃべれるし、ドワーフの技術についてもある程度の知識を持っていた。


 ドワーフの船は帆船ではあるが動力を持ち、船の左右に大きな水車みたいなものがついていて、港の中や沿岸では風のちからではなく、蒸気のちからで動くらしい。


 羅針盤らしきものも持っていて、雲におおわれた天候のときでも方角を見失うことがない。


 聖樹様の慈愛のちからが使えるエルフが苦境に追い込まれているのも、制海権を取られたことが大きいらしく、ドワーフの大砲満載の船で海の上から攻撃されて、沿岸部の都市を次々と陥落させられたそうだ。


 スヴァルトヘイムは大まかにいうと、ヒョウタンのような形をしている。


 そのくびれた部分に聖樹様がいるので、海からはさみこまれるような形で土地を奪われてしまい、聖樹様が壁で囲まれてしまったのだ。


 もともとヒョウタンの小さいほうの半分ぐらいの土地しか与えられていなかったドワーフが、今ではスヴァルトヘイムの沿岸部のほとんどと、聖樹様のいるくびれ部分より上の土地をすべて支配下においている。


「あー! こりゃあ、だめだ! 何百発撃ちこんでもびくともしねー! よーし、次は大きな石をかき集めて、風のちからで飛ばしてみるか! ちょっと待ってろよ! ぜったい、その結界をぶち破ってやるからな!」


 風の刃が効かないと判断したのだろうか、風の聖エルフがいきなり走り出して、落ちている石を拾い集め始めた。


 まわりにいたエルフさんたちも大急ぎで石を拾って、風の聖エルフのいた場所に山のように石を積んでいく。


 ――いや、いや、本来の目的を見失ってない?


 それ、もう遊んでるだけだよね。


「ソラ様、さすがは風の聖エルフ様でざいます。ソラ様のためにあんなに懸命に石を集めてくださるとは、なんとお優しいのでございましょう。わたくし、今日のことは生涯忘れることはないでしょう」


 またしても、ソフィアさんが涙を滝のようにあふれさせながら、感極まったように声を絞り出した。


 ――うーん、涙ってどれだけ出ても枯れることってないんだね。


 というか、それだけ涙流して、よく前が見えるね。


 まあ、恋は盲目って言うから、見えてなくてもいいんだろうね。


 またしても、ため息のもれたわたしに、結界の向こうから石がうなりをあげてびゅんびゅん飛んできた。


 ふと見ると、風の聖エルフだけではなく、雨っちと雲っちもおもしろがって石を投げていた。


 ただ、雨っちと雲っちは運動神経がまったくないようで、あさっての方向にひたすら石を飛ばしている。


 そのうちの一個がたまたま氷っちの頭に当たって、盾ではじき返された。


 氷っちの風の壁が渦を巻き、集められていた石がバラバラとはじけ飛んで、みんなが頭を抱えてクモの子を散らすように逃げだした。


 ――うん、うん、こんなバカみたいなことも、いい思い出になるのかもしれないね。


 わたしは振り返って、遠くスヴァルトヘイムへとつながる海を眺めた。

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