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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第三章 空の聖エルフ
59/91

59 聖エルフ、愛想をふりまかれる

 ――知識が進んでいる?


 もともといた世界がちがう?


 トールの言葉が頭の中をぐるぐると回り出し、視界がゆがむ。


 吸いこんだ息が凍りついて、わたしの胸の奥を刺した。


 ――失敗だよ、トール。


 残念だけど、それは悪手だよ。


 わたしは耳に手をやって、そのまま頭にギュッと押さえつけた。


 ――森の中で目を覚ましたときから、ずっと思ってた。


 わたしの耳はこんなに長くなかったって。


 わたしはエルフじゃないんじゃないかって。


 どうするの、トール?


 スヴァルトヘイムにすら、もともとエルフはいなかったんじゃないの?


 エルフの知らない世界に、思考言語もものさしもまったくちがうエルフが住んでいると思う?


 わたしがエルフではないのなら、わたしにとってエルフもドラゴンもドワーフも何のちがいがあるの?


 胸を押さえつけて、冷たくなった肺から息を絞り出した。


 ――わたしは聖樹様のことを、神様なんかじゃなく植物だと思ってたんだよ。


 ちからがあるからってだけで、命を賭けてまで誰かを助けるほどわたしは優しくないよ。


 それに、ちがう世界でいちど死んだのなら、記憶を取り戻す意味なんてどこにあるの。


 どうするつもりなの、トール?


 海の向こうの聖樹様やエルフを命がけで助ける理由なんて、どこにあるの?


 神の一手が、また失敗じゃないの?


 心に閉じ込められない想いが、涙となってわたしの頬を伝わり、こぼれ落ちていった。


 ――やっぱり、ウルズ村でこそっと暮らしてたらよかった。


 自分のことなんて何も知らずに、ソフィアさんやアルや村長さんやみんなと。


 ちょっと変わったエルフの女の子として。


 トールは両手を高くかかげたまま、ゆっくりとわたしに歩み寄った。


「スヴァルトヘイムに行って聖樹様を救い出せばだよ、きっと喜んで何か話してくれるとは思わないかな?」


 わたしを説得できる手応えを感じたのか、トールの表情に落ち着きが戻った。


 しかし、トールの言葉はもう、空気を震わせるだけで、わたしの心には響かなかった。


「うん、そうだよ。きみの知識と結界のちからを使えば、ドワーフなんて敵じゃないよ。そしてね、聖樹様にご褒美をもらえばいいんだよ」


 わたしの涙を記憶を取り戻せることへの期待ととったのか、トールはこどもにアメを与えるような笑顔をみせた。


 わたしは自分でも驚くほど低く抑揚のない声で、トールに応えた。


「完全無欠の万能のトールなら分かってるんじゃないの? わたしの考えている言葉はエルフの言葉とはまったくちがうんだよ。わたしがもともといた世界にエルフがいたと思う?」


 トールは笑顔を張りつかせたまま、動きをとめた。


「うん、そうだね。いてもおかしくはないんじゃないかな。しかしね、きみが聖エルフなのはまちがいないよね。聖エルフはそれぞれ使命を持って生まれて……」


 トールの薄っぺらい言葉を聞くのが嫌になって、一方的に自分の言いたいことだけを投げつけた。


「魂を無理やり三つ押し込めた人形を作れば、なんとかなると思ったの? せめてエルフの記憶を持った人形を作るべきだったんじゃないの? 死んだわたしをよみがえらせてくれてありがとうとでも言うと思ったの? お礼にドワーフを倒してさしあげますって言うとでも思ったの? わたしがエルフならそう言ったかもしれないよ。でも、わたしはエルフじゃないの。大失敗だよ。……どうするの、これ? ……完全無欠の万能の聖エルフなんでしょう? ……使命とかありきたりのことじゃなく、よーく考えてしゃべったらどうよ!」 


 トールは漆黒のオーラをゆらめかしながら、あごに手をそえて、しばらくのあいだ首をひねっていた。


 そして、うんうんとうなずいて、人さし指を額に押しあてた。


「うん、そうだね。イザヴェルの聖エルフの言うとおり、きみはやはりやさしいね。つまり、きみはスヴァルトヘイムに行くためには、それ相応の理由が必要だと考えているわけだね。うん、まかせてもらっていいよ。わたしは完全無欠の万能の聖エルフだからね」


 トールは自信満々に、人さし指をくるくる回せてみせた。


「もしね、ドワーフがどんどん武器を改良してね、ついにはスヴァルトヘイムの聖樹様を倒したとしようかな。ドワーフは、その後どうするかな? いずれはここに攻めてくるとは思わないかな?」


 わたしは沈んだ気持ちを引きずったまま、とりあえず耳を貸した。


「たしかに、いずれは海を渡ってここに攻めてくるかもね。でも、何百年も先の話じゃないの? どのくらいかかるかしれないけど……」


 トールは似合わない笑顔を振りまいて、さらに話を続けた。


「マティアスがドラゴンに乗って、初めてここまでやってきたわけだけどね、今まで海を渡ってこの地にやってきたエルフもドワーフもいないね。どうやってやって来るのかな?」


 今ではない遠い先の話に、わたしは気が乗らないまま、おざなりに応えた。


「遠いし海流の関係で今まで来なかっただけで、船でやってくるんじゃないの? 船だってどんどん改良して、鉄で作った船に大砲を満載して、鉄砲持ってやって来るんじゃないの? どのくらいかかるかわからないけど、空を飛ぶ機械だってそのうち作るだろうし、ひょっとしたら飛んでくるかもしれないね」


 トールが我が意を得たりといった表情で、大きくうなずいた。


「そのときにドワーフと戦って勝てるかな? わたしが生きているかどうかは分からないけどね、千年後であろうと一万年後であろうと、すくなくともエルフは生きているよね。きみの住んでいるウルズ村だってあると思うよ。今、ここでドワーフと戦って勝利をおさめなければ、ウルズ村のエルフたちの未来だってなくなるとは思わないかな?」


 わたしはマクラを抱えて、ゆっくりと思いを巡らせた。


 ――わたしのことを大切に思ってくれているウルズ村のみんな。


 わたしのことを村の宝だって言ってくれた村長さん。


 わたしのことを命がけで守ってくれるソフィアさん。


 真っ赤な顔で告白してくれようとしたアル。


 アオとわたしであの美しい村とみんなを守るために海をわたる。


 うーん、……そういうことに、なるのかな?


「スヴァルトヘイムの聖樹様とエルフを助けて、ドワーフの技術を手に入れて、少なくとも同水準のちからを持たなければね、エルフは大昔のように森の奥でおびえて暮らす生活に逆戻りするんじゃないのかな?」


 考えこむわたしに、トールは無理やり白い歯を光らせて笑ってみせた。


「わたしはエルフを守る義務を負っているからね。きみがスヴァルトヘイムに行くと言ってくれるまではね、四六時中きみに付きまとって愛想をふりまくからね」


 ――エルフの世話にうんざりしてるって言ってたのにね。


 姉の一族を追放してまで、エルフのために働いて。


 そんなことだと、いつまでたっても引退できないよ。


 トールの薄気味悪い愛想笑いに、わたしは大きく息を吸って、想いとともに吐き出した。


「ふー、……トールに付きまとわれるのは、たまらないね。たしかに、それは究極の一手だね」

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