58 聖エルフ、トールを追いつめる
――うん? そうだ、うっかりしてたよ。
そういえば、神の一手でドラゴンが味方になったんだよね。
わたしは信用ならないトールをマクラごと押しやって、マティアスに同情を込めた熱い視線を送った。
『あのね、マティアス。トールは性能が良くないからって、船を一隻しかスヴァルトヘイムに送れないって言ってるの。船一隻じゃ何の役にも立たないよね』
マティアスの赤い瞳にドラゴンの姿を重ねて、胸の前で両手を組んだ。
『ねえ、マティアス、ドラゴンって強いんでしょう? ドラゴンの力を借りたらドワーフなんてあっというまに倒せるよね。こんなに大きいし、見るからに強そうだもんね。飛べるから空から攻撃することだってできるし、大きな石を抱えて落とせば、聖樹様を囲んでいる壁だって壊せるよね』
――そうだ! あれだけ上空を飛べるんだから、鉄砲の射程の外から石を落とせばいいんだよ!
言葉にして初めて気づいた名案に、高ぶる気持ちを抑えきれずマティアスの手をガシッとつかんだ。
握った手をブンブン振るわたしに、マティアスはすこし困ったように視線をそらした。
『ドラゴンのことなんだが、……このドラゴンは俺の魂の娘ということで、ここまで連れて来てはくれたんだが……』
マティアスはわたしの浮き立つ気持ちを鎮めるかのように、握られた手を静かに抑えた。
『結論からいうと、ドラゴンは聖樹様に手を貸してくれないんだ。俺はドラゴンの記憶をおぼろげながら持っているから分かるんだが、そもそもドラゴンが山岳地帯で暮らしているのは、聖樹様の慈愛がドラゴンのちからを抑え込んでいるからなんだ。そのせいで、ドラゴンは低地では満足に飛ぶこともできないんだ。そのことをドラゴンも分かっているんだ。ドラゴンにとってはドワーフなんかより聖樹様のほうが、はるかに憎むべき存在なんだよ』
わたしはマティアスの手を握りしめたまま、茫然と立ちつくしていた。
――えー! ……神の一手があっさり失敗してるよね。
この場合、マティアスのせいというより聖樹様のせいだし。
というより、トールが究極の一手とか神の一手とか言って、わたしの期待をあおらなければこんなに衝撃を受けなかったよね。
わたしは再びマクラをトールから奪い返し、軽く振りかぶった。
「ちょっとー、トール! ドラゴンは聖樹様に手を貸してくれないって言ってるよ! どうするの、これ? 神の一手とか究極の一手とか言って聖樹様をほめたたえてなかった?」
トールはビクッとして、すぐさま頭をかばう体勢を取った。
「待て! 待て! そんなことをわたしは言っていないぞ! まずは落ち着いて、わたしの話を聞いてくれないかな。こんなところでケガをしたら、ドラゴン嫌いの癒やしの聖エルフが治療に来てくれないからね」
トールはそう言いながら、じりじりと後ずさりして距離を取った。
「わたしが治してあげるから大丈夫だよ。きっと、それが聖樹様に与えられたわたしの使命だからね。トールに罰をあたえて、やりすぎたら治療するために、癒やしのちからを与えられてるんだよ」
わたしはトールを逃がさないように、ドラゴンの反対側に回り込んだ。
「聞いてくれ! わたしが神の一手と言ったのは、きみをスヴァルトヘイムに呼び寄せるためだけに、マティアスを聖エルフにして、そこにドラゴンの魂を入れて、ドラゴンを使ってここまでやって来させたことだよ! ドラゴンが聖樹様の味方になるだなんて、聖樹様はもちろん、わたしだって思ってないよ!」
トールはマティアスの背中の後ろから、顔だけ出して大声でそう叫んだ。
「何言ってるのよ、トール! 何でスヴァルトヘイムの聖樹様がわたしのことを知ってるのよ! 説明できるもんなら説明してみなさいよ!」
わたしはマクラを盾で包み、じわじわとトールに近づいた。
「落ち着いて話し合おう! きみの記憶にある聖樹様は、まわりを威圧してピリピリしているんだろう? まわりをドワーフに囲まれて攻撃を受けてるからじゃないのかな? マティアスに聞いてみてくれないかな?」
わたしはマクラを振りかぶったまま、しぶしぶマティアスに尋ねた。
『そうだな。俺の記憶にある聖樹様も怒っているな。それに、俺はドワーフの作った壁を突破しようとして腕と足をケガしたわけだが、そのときに遠くから見えた聖樹様も怒っているように見えたな。今のきみよりも怒っていたと思うな』
――うん、うん、まだまだ、わたしの怒りが足りないということだね、マティアス。
「それで、トール、それがどういう関係があるの? わたしの記憶にある聖樹様がスヴァルトヘイムの聖樹様だからって、それが何だっていうの?」
トールは黒いオーラをゆらめかせて、目を細めた。
「つまり、きみはスヴァルトヘイムの聖樹様に創造された聖エルフだということだよ」
トールのその表情が、頭の片隅でチリンと音を鳴らした。
「トール! また、何かを隠したね! スヴァルトヘイムの聖樹様がわたしを創ったのなら、なぜわたしはウルズ村の森で目を覚ましたの? おかしいよね? わざわざドラゴンまで使って迎えを寄こさないといけないような場所に、生み出す必要なんてあるわけがないよね!」
トールは唇を薄く伸ばして、マティアスの後ろから手をひらひらと振ってみせた。
「うん、なるほど、よく気がついたね。きみのことだから気がつかないかと思ったんだけどね」
その瞬間、わたしの盾から風が巻き起こり、結界がかたちづくられた。
後ろにいたドラゴンが目を開いて、体を起こそうとちからをみなぎらせた。
マティアスが素早くトールから離れて、ドラゴンをなだめた。
「待ってくれ! 前にも言ったけれど、わたしは答えを持っていないんだよ! ただね、マティアスのちからを見てごらんよ! ドワーフに囲まれて怒っているのにもかかわらず、あの程度のちからしか与えられていないんだよ! つまり、スヴァルトヘイムの聖樹様のちからだけでは、きみほどのちからを持った聖エルフを創造できないんだよ!」
「よく分からないけど、……もう他に言い残すことはないの?」
「まだ、あるんだ! 大昔のエルフの伝承では、聖樹様は九つの世界を結んでいて、そのうちふたつの世界は海でつながっていると言われてたんだよ! つまり、そのふたつがアルフヘイムとスヴァルトヘイムということになるよね! それに、きみは三つの言葉を操れるんだよね! ということは、残りの七つの世界のうちのどこかに、きみは住んでいたんじゃないのかな?」
トールは後ろのドラゴンとの距離を測りながら、すこしずつわたしから遠ざかった。
「命惜しさとはいえ、それだけの大ウソを良く考えたね、トール。もう少しましなウソなら、わたしも考えを変えたかもしれないけどね」
初めて聞いたエルフの世界観に興味を引かれながらも、トールをさらに追いつめた。
「きみはドワーフの大砲の弾が爆発するかどうか、マティアスに聞いたよね? 覚えているかな?」
ドラゴンとわたしにはさまれて逃げ場を失ったトールが、両手を高くかかげた。
「そのぐらい覚えてるよ。完全無欠の万能のトール様ほどではないけど、わたしもすこしは記憶力を持ってるからね」
トールは逃げるのをあきらめたかのように、あやしく笑ってみせた。
「ドワーフの大砲の弾は爆発しないんだよね。おかしくないかな? きみの知識はドワーフより進んでいるということにならないかな? ということは、きみのもともといた世界は、われわれがまだ知らない聖樹様がいる世界だということにならないかな? たぶんね、スヴァルトヘイムの聖樹様は自分だけのちからでは足りないから、他の聖樹様と協力してきみを創り出したんだよ。だから、きみはスヴァルトヘイムではなく、ここで目覚めたんじゃないかな? もちろん、答えじゃないよ。答えを持っているのは聖樹様だけなんだよ。だがね、ここの聖樹様は誰にも何も語らないよね。じゃあね、スヴァルトヘイムの聖樹様はどうだろうね? ひょっとしたら、きみが何者でどこから来たのか、教えてくれるかもしれないよね?」




