54 聖エルフ、情報を収集する
赤い聖エルフの左脚の包帯をとり、盾で包み聖樹様の慈愛を動かす。
聖樹様の慈愛は行き場を求め、すこしずつ左脚がもともとそうであった姿を取り戻そうとする。
神口の聖エルフが大きなマクラを抱えたまま、いつものように興味深そうに身を乗り出した。
赤い聖エルフは何かに耐えているように、噛みしめた奥歯の奥から息を吐き出した。
『うーん、今日はこのくらいにしておこうかな。あとは水をいっぱい飲んで、たくさん食べてね』
わたしは新しい包帯をとりだして、すこし盛り上がった傷あとに丁寧にまいていく。
――うん、うん、順調だね。よかった、よかった。
癒やしの聖エルフに教わったおかげで、傷を治すのもずいぶんとうまくなった。
この調子なら一カ月かからずに、傷が治りそうだ。
癒やしのちからで聖樹様の慈愛を動かし、失われた肉体をすこしずつもとの姿に近づけていく。
気をつけなければならないのは一気にやらないことだと、癒やしの聖エルフは大きな胸を揺らしながら言った。
あまり無理に治すと、体の再生力が追いつかず、倒れてしまうらしい。
わたしとしては癒やしの聖エルフに治療をしてほしかったのだが、癒やしの聖エルフはドラゴンが大嫌いということで、ニコニコしながら断られてしまった。
いつものように、赤い聖エルフがちからのこもった目で話しかけてきた。
『聖地の聖エルフは本当にすごいよな。きみがいれば結界を張ってドワーフの攻撃もはじき返せるし、ケガだって治せるし……』
そして、いつものように、神口の聖エルフが赤い聖エルフの口を手で押さえて黙らせた。
赤い聖エルフはモゴモゴ言いながら、神口の聖エルフから目をそらした。
ここのところ、ずっとこの調子だ。
だんだん分かってきたが、神口の聖エルフは六千年もエルフを導いてきただけあって、心づかいが細やかなのだ。
わたしのことを気遣って、赤い聖エルフとしゃべらせないようにしているし、抱えたマクラもわたしが寝こんだときのために用意しているのだと思う。
とはいえ、海の向こうに行くためには赤い聖エルフから情報を得なければならない。
スヴァルトヘイムの場所、地形、聖樹様や現地のエルフの状況、ドワーフと戦う方法など、ありとあらゆることを聞いておかなければならない。
「ねえ、神口の聖エルフ。もうすぐ海の向こうに行くんでしょう? いろいろと話を聞いておかないと、あとで困ることになるよね。海の向こうの聖樹様までの距離や方角もそうだし、ドワーフの人数や戦力も聞いておかないと、負けちゃうんじゃないの?」
わたしはそう言いながら、神口の聖エルフの肩をつかんで、赤い聖エルフから引き離した。
神口の聖エルフはわたしの目をじっとのぞきこんで、しぶしぶといった感じでマクラを差し出した。
『ねえ、赤い聖エルフ。そういえば、あなた名前はなんていうの?』
わたしは大きなマクラを両腕で抱え込んだ。
『俺はマティアスって言うんだ。きみの名前も教えてくれないか?』
マティアスは赤い瞳を輝かせて、身を乗り出した。
『わたしの名前はソラ。いろいろ聞きたいことがあるんだけど……』
わたしはマティアスにスヴァルトヘイムまでの距離や方角を聞き出し、神口の聖エルフに伝えた。
そして、聖樹様をぐるっと取り囲む壁の様子や、エルフたちの置かれた状況を聞き出していく。
『そもそも、スヴァルトヘイムの獣たちを倒したのは俺たちなんだ。ドワーフたちはそれまで獣たちにおびえて穴の中で暮らしていたくせに、獣たちがいなくなったとたんに、えらそうに自分たちの土地だなんで言いだしたんだ。それでも俺たちはドワーフたちに土地を与えて仲良く共存してきたんだ』
マティアスの怒りが、言葉からじわっとにじみでてくる。
『ドワーフは鉄砲を作り始めたあたりから、すこしずつおかしくなっていったらしいんだ。鉄砲や大砲といったいろいろな武器を作って、戦いを仕掛けてきたんだ』
その言葉を神口の聖エルフに伝えている間にも、マティアスの表情が次第に殺伐としたものに変わっていく。
「うん、なるほどね。ところで、その鉄砲というものはどういうものなのかな?」
神口の聖エルフは首をひねった。
「うん? 鉄砲だよ。えーっと、……鉄でできてて中で火薬が爆発して弾が飛んでくる武器だよ」
――あれっ? そうか、マティアスの言葉を直接伝えても意味が分からないのか。
「うん、なるほどね。では、その火薬というものはどんなものなのかな?」
今度は逆向きに首をひねった。
「えっ! 火薬だよ。えーっと、……火をつけたらバンッって爆発するものだよ。あれっ? ないの?」
神口の聖エルフはひきつったような笑みを浮かべた。
「残念ながら、ないね」
――うーん、言葉が近いからよく分からなくなってきたな。
とはいえ、鉄砲も火薬もないとなると聖樹様の慈愛だけが頼りか。
『ドワーフの奴らは鉄砲の威力を強くしたり、連続で弾が出るようにしたりして、どんどん手に負えなくなってきたんだ。聖エルフたちも戦ったんだけど、大砲で攻撃されたり、囲まれて連続で弾を撃ち込まれたりしたらしいんだ』
マティアスはつらい記憶を思い返したせいか、感情をたかぶらせた。
『俺の住んでいた街も奴らに燃やされて、がれきに埋もれたまま火に囲まれて意識を失ったんだ。だから、山岳地帯のドラゴンのすみかで目を覚ました時は本当に驚いたんだ。盾を身にまとってるし、かすかながらドラゴンの記憶も持っていたしな。俺には聖樹様から与えられた使命がはっきりと感じられたんだ。ドラゴンと手を結んで、ドワーフから聖樹様とエルフを守るっていう使命を』
――うーん、そうか。たいへんなんだ。そうか、ドワーフ恐ろしいな。鉄砲持ってて、大砲持ってて、連続で撃ってきて。……そうか、聖エルフの盾でも防げないほどの攻撃力を持ってるのか。たしかに、これは大きなマクラが必要だね。頭がくらくらするね。
わたしは抱えたマクラにあごを乗せたまま、神口の聖エルフに言葉を伝えた。
「うん、なるほどね。つまり、……赤い聖エルフは聖樹様のがらんどうではなく、ドラゴンのすみかで目を覚ましたということかな?」
――あれ? そこ? そんなところが気になるんだ。
うん? がらんどうとどういう関係があるの?
「うん、マティアスはそう言ってるよ」
――あれ? おかしいのかな? どこがおかしいんだろう。
「いや、いいんだよ。うん、そうだね。ところで大砲ってどんなものなのかな?」
神口の聖エルフはおおげさに両手をかかげて、首をかしげてみせた。
「うーん、……大砲は鉄砲を大きくしたようなもので、大きな弾を遠くに飛ばせるようにしたものだよ。うん? 大砲を小さくしたものが鉄砲だったかな? ……そうだ。当たったときに爆発するのか聞いておかないとね。弾だけを飛ばすよりも威力に違いがあるからね」
わたしはマティアスに大砲が当たったときの様子を尋ねた。
「うーん、マティアスの話だと、ただ大きな弾を飛ばすだけみたいだから、鉄砲を大きくしたものだと思っていいかな」
神口の聖エルフは興味深そうに、細い目をいっぱいに見開いた。
「そういえば、赤い聖エルフはドワーフの言葉をしゃべることはできるのかな?」
神口の聖エルフの言葉を伝えたわたしに、マティアスはうなずいてみせた。
「うん、ではね、ちょっとしゃべってみてもらっていいかな?」
神口の聖エルフは笑みを浮かべて、わたしとマティアスに視線を送った。
ドワーフの言葉はエルフの言葉ともわたしの言葉ともまったくちがっていて、流暢に異国語を話すマティアスにわたしは思わず拍手を送った。
神口の聖エルフは大きくうなずいて、わたしとマティアスの間に割って入った。
「うん、そうだね。今日はここまでにしようかな」
神口の聖エルフはわたしの腕をとって、マティアスに軽く手を振った。
そのとき、頭のどこかがチリっとうずいた。
――意識を失って、目が覚めたら盾を身にまとっていた?
ドラゴンのすみかで目を覚ました?
そういえば、エルフの魂とドラゴンの魂を持ってるって言ってたっけ。
ドラゴンの魂を持ってるからドラゴンと話せるって。
神口の聖エルフは言ってた。
記憶を持ってるって。
親から生まれて、いろんな経験をして、そうして大きくなって……。
……そのあと、どうなったの?
わたしはマティアスを振りかえって、ゆれる視界にその姿をとらえた。
『マティアスって、……その、……死んだことが、あるの?』
マティアスはあたりまえのように応えた。
『それはそうだ。聖エルフだからな』




