53 聖エルフ、通訳をする
神口の聖エルフがドラゴンを指さして、赤い聖エルフに何かを問いただした。
赤い聖エルフが眉をしかめて、身ぶり手ぶりで何かを伝えようとした。
神口の聖エルフが眉間を人差し指でトントンと叩いた。
赤い聖エルフが髪の毛をガシガシとかきむしり、イライラした表情で手を大きく振った。
『せめてこのドラゴンになにか食べる物をもらえないか? ずっと何も食べてないんだ。ほら、分からないかな? 食べ物だよ、食事、お腹が減ってる、ってまったく通じないな』
赤い聖エルフはドラゴンを指さしたり、お腹を叩いたり、口を開けて何かを飲み込むしぐさをした。
少し落ち着きを取り戻したわたしは、首をかしげて頭をかいている神口の聖エルフの耳もとに顔を寄せた。
「ドラゴンがお腹をすかしてるから、なにか食べ物が欲しいって言ってるよ」
神口の聖エルフが驚いたようにこちらを視線を飛ばし、口もとを手でおおった。
「言葉が分かるのかな? さきほどは首を横にふっていたようだが……」
わたしはまわりに聞こえないように、小さな声でささやいた。
「うーん、わたしの言葉とはちがうんだけど分かるみたいだね。というか、あれってみんなの言葉とそんなに変わらないよね。たぶん、もともと同じ言葉なんじゃないのかな?」
神口の聖エルフはあたりをぐるっと見回し、あごに手をやって考え込んだ。
「うん、そうだね。言葉というものは生き物だからね。ひょっとしたら長い年月で言葉が変わってしまったのかもしれないね。とはいえ、わたしにはほとんど理解不可能だね。そうか、食べ物か……気が進まないが、いくつか質問に答えてもらえれば与えてもいいと伝えてもらっていいかな。今のところ言葉が分かるのは君しかいないし、お願いできるかな」
神口の聖エルフは人さし指を軽くふって、漆黒の目にすこしだけ意志を込めた。
「……いいけど、なにを聞いたらいいの?」
わたしはドラゴンと赤い聖エルフにちらっと目をやった。
「うん、そうだね。まずは、どこから来たのかを聞いてもらえるかな」
わたしは気もちを落ち着かせるために大きく深呼吸をして、それから赤い聖エルフに向きあった。
『えーっとね、神口の聖エルフがどこから来たのか聞いてるんだけど……』
赤い聖エルフは大きく目を見張って、こちらに駆け寄ろうとした。
大きくバランスを崩して倒れそうになったところを、ドラゴンが頭をすこし動かして支えた。
『言葉が分かるのか! 助かった! すまないんだが、このドラゴンになにか食べ物をもらえないか。ずっと何も食べてないんだ』
赤い聖エルフはその赤い瞳にちからをみなぎらせた。
『質問に答えてくれたら、食べ物をあげるって言ってるよ』
ドラゴンを思わせるその瞳にすこしたじろぎながらも、神口の聖エルフを手で示した。
『そうなのか、わかった。俺はスヴァルトヘイムからやって来たんだ。神口の聖エルフの姉の子孫にあたると言ってくれれば分かると思う。とはいっても、スヴァルトヘイムのエルフはみんなそうなんだけどな』
――うん? ……どういうこと? 姉?
頭に疑問符を浮かべながら、その言葉をそのまま神口の聖エルフに伝えた。
「うん、なるほどね。長生きはするものだね。そうか、五千年もたつとお互い言葉が通じなくなるとはね。驚きだね」
神口の聖エルフは目を閉じてまつげをふるわせながら、深いため息をついた。
「うん、いたしかたないね。では、次の質問だね。なぜドラゴンと一緒にいるのかな」
わたしは訳が分からないまま、赤い聖エルフに言葉を伝えた。
『今、スヴァルトヘイムはたいへんなことになっているんだ。ドワーフが俺たちを裏切って、聖樹様は壁で囲まれて、聖エルフで生き残ってるのは俺だけなんだ。とはいっても、俺も新しい聖エルフなんだ。聖樹様はドラゴンの手を借りてドワーフと戦おうとしたんだ。それで俺をドラゴンのところに送り込んだんだ。それで……』
わたしは両手をバタバタ振って、赤い聖エルフの言葉を押しとどめた。
『ちょっと待って! 順番にゆっくりとね! そんなにいっぱいしゃべられても、分からなくなるからね』
身震いするほどの恐ろしい話と言葉のちがいに頭を抱えながら、神口の聖エルフに言葉を伝えた。
神口の聖エルフは奥歯を噛みしめて眉をしかめた。
「うん、それは深刻だね。ところで、そのドワーフっていうのは何者なのかな?」
「うん? ドワーフだよ。背が低くて、がっしりしてて、ヒゲをはやしてて……」
――あれ? わたしってドワーフを見たことが? いや、言葉が分かるっていうことは知識があるっていうことだからおかしくないのか?
「ちがう種族なのかな。うん、そうなのかな。ただ、どうやってドラゴンの手を借りるなどということができたのかな」
わたしは赤い聖エルフに向き直って、また言葉を伝える。
『俺はエルフの魂とドラゴンの魂を持ってるんだ。だからドラゴンの言葉を話せるんだ。ちょっと話してみせようか』
赤い聖エルフはドラゴンに向かって、手と口を使って風をふるわせるような奇妙な振動を起こした。
それに応えるかのように、ドラゴンがのどの奥から奇妙な振動を返す。
『どうだい? 信じてもらえたかな? このドラゴンは俺のドラゴンの魂の娘にあたるんだ。だから俺をここまで乗せて来てくれたんだ』
赤い聖エルフの言っていることがさっぱり理解できず、とりあえずそのまま神口の聖エルフに伝えた。
「うん、なるほどね。……うーむ、……つまり、海の向こうにスヴァルトヘイムというところがあって、そこにも聖樹様がいるということだね。さらに、聖樹様がドワーフという敵に取り囲まれて、聖エルフはそこの赤い髪を持った者以外は全滅といったところかな。そこで、聖樹様がドラゴンの手を借りてわれわれに助けを求めに来たということかな」
神口の聖エルフは苦虫をつぶしたような表情を浮かべ、両手を頭の後ろに回して組んだ。
「うん、そうだね。まずは、そのドラゴンになにか食べ物を用意しようかな。あと、赤い聖エルフのケガを治そうかな。たしか、きみも癒しのちからを持っているんだったね。ただ、あれほどのケガを治したことはないよね。まずは癒やしの聖エルフに手本を見せてもらって。……そうだね、一カ月といったところかな。そのあいだに、船を手配してと……」
ぶつぶつとつぶやきながら、その場を立ち去ろうとする神口の聖エルフの腕をあわてて引っ張った。
「ちょっと待って。ちゃんと返事をしないとダメだよ。どうするの? なんて伝えればいいの?」
神口の聖エルフは驚いたような表情を見せた。
「うん、そうだね。うっかりしていたよ。たとえ海の向こうであろうと、エルフが聖樹様を助けないなどいうことがあるはずがないからね。そう伝えてくれないかな」




