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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第三章 空の聖エルフ
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52 聖エルフ、ドラゴンに会う

 さっきまでの楽しそうに風を切って飛んでいたアオが、突然耳をせわしなくパタパタと動かした。


 目前まで迫っていたギムレーを避けるかのように、大きく進路を変えて加速した。


「うん? どうしたの、アオ? もうすぐギムレーだけど……」


 そう言いかけたわたしの視界の片隅に、地上に横たわる大きな赤いかたまりが映り込んだ。


 ――うん? なんだろう、あれ?


 聖樹様の結界に沿うように流れている大きな川の河原に、大きな赤い鳥のような生き物がうずくまり、そのまわりを大勢のエルフが取り囲んでいた。


 ――あれって、ひょっとして今朝見た大きな鳥かな?


 赤かったのか。


 それにしても、ずいぶん大きいんだね。


 村で見たときは高いところを飛んでたから気がつかなかったけど。


 そういえば今朝もアオが耳をパタパタさせて気にしてたし、きっとあの赤いのを避けてるんだな。


 アオは赤い鳥を避けて回り込むように聖樹様の結界をくぐった。


 結界の中に入ってからは、また楽しそうに空を翔けて、ぐんぐん神殿に近づいていく。


 ――あれ? アオがまた元気になったね。


 ということは、聖樹様の結界の中にいれば安全ってことなのか。


 ふと見ると、神殿の横の厩舎の前に神口の聖エルフが立っていて、こちらに向かって手招きしていた。


 アオはまっすぐ引き寄せられるように、神口の聖エルフの横に着地した。


「思ったより早く来てくれて助かったよ。では、出かけるとするかな」


 神口の聖エルフはアオの背中に手をかけて、わたしの前に跳び乗った。


「うん? どこに行くの?」


 アオから下りようとしていたわたしはきょとんとする。


「うん、そうだね。ドラゴンのところかな」


 ――えっ! ド・ラ・ゴ・ン? ……って、まさか?


「ひょっとして、……あの、おっきな赤い鳥のことじゃないよね?」


 神口の聖エルフは軽い口調で応えた。


「ああ、そうだね。赤いらしいね」


 ――えー! あの赤いのがドラゴンなんだ。できれば、一生お目にかかりたくなかったのに。


「えーっと、……戦ったりするのかな、ひょっとして?」


 鼓動が早くなり、口が勝手にパクパクする。


「いや、問題はドラゴンと一緒にいる聖エルフでね。赤い髪と瞳を持っているらしいんだがね。どうやら、ドラゴンに乗ってやって来たらしいんだよ」


 神口の聖エルフがアオの首にやさしく触れて、飛ぶように指示した。


「えっ! ドラゴンと仲良くなれるってこと? エルフの物語だとずいぶん仲が悪そうだけど……」


 アオは首を大きく曲げて、確認するようにわたしの目をのぞきこんだ。


「うん、そうだね。われわれとドラゴンは天敵同士といっていいね。聖エルフとドラゴンなどという組み合わせが果たしてあり得るのか見てこようと思ってね。きみを待ってたんだよ」


 神口の聖エルフはアオに飛ぶように手を振った。


「いや、いや、別にわたしを待たなくても、みんなで行ってきたらいいじゃないの。風の聖エルフも土の聖エルフもいるんでしょう?」


 アオは神口の聖エルフを無視して、わたしを見続けた。


「うん、そうだね。ふたりにはもう行ってもらってるんだが、どうも言葉がちがうようでね。風の聖エルフはドラゴンと戦いたくてうずうずしているんだが、まずは話し合おうと思ってね。もしや、きみなら話せるのではないかと思って待っていたんだよ」


 ――言葉がちがう? ひょっとしたら、わたしの思考言語と同じ言葉をしゃべってるのかもしれないのか。


「うーん、……じゃあ、行ったほうがいいよね?」


 わたしがうなずくとアオは舞いあがり、さっきドラゴンを見た方角に向かった。


 期待と不安が入り混じった気持ちに心が震える。


 ――聖樹様が応えてくれなかったことを、その赤い聖エルフが知ってるかもしれない。


 とはいえ、ドラゴンなんかに近寄りたくないよね。


 聖樹様の結界ぎりぎりのところでアオから下りて、とぼとぼと神口の聖エルフのあとを歩いた。


 河原に下りる途中で、神口の聖エルフがわたしを振り返った。


「ひとつ約束してほしいんだがね。もし、ドラゴンや赤い髪の聖エルフと話ができたとしても、返事をしないでわたしにこっそり教えてくれないかな」


 河原で眠った様にうずくまる巨大なドラゴンがわたしの不安をかきたてる。


「ん、いいけど……」


 視線をドラゴンに捕らえられたまま、生返事を返した。


 その時、風の聖エルフと土の聖エルフがこちらに走ってきた。


「おー! 遅いぞー! って、空の聖エルフも来たのか! あのドラゴンは絶対に譲らないぞ! 俺が倒すからな! 指一本やらないからな!」


 風の聖エルフがやんちゃ坊主のような金色の目をキラキラ輝かせて、ぶんぶん腕を振り回す。


「まずは話し合いだな。ふたりは下がっていてくれないかな。わたしと空の聖エルフですこし話をしてみるよ」


 あきれたような口調で神口の聖エルフが応えた。


「話し合いって言ったってよ、あの赤い奴も何言ってんのか分かりゃしないぞ! ドラゴンとも妙な音だしてしゃべってるみたいだしな! あれ、ほんとーに聖エルフなのかよ!」


 神口の聖エルフは軽く手を振って風の聖エルフを黙らせると、わたしの腕をとって歩き出した。


「念のため、きみの盾に入らせてもらっていいかな。すぐ近くまで行って話しかけてみよう」


 神口の聖エルフに密着して盾で包み、赤いドラゴンの鼻先に寄りかかるようにしてこちらの様子を窺っている赤い聖エルフに、一歩、一歩ゆっくりと近づいていく。


 傷だらけの顔にドラゴンを思わせる赤い瞳と髪をもつ聖エルフが、少し身構えるような姿勢をとった。


 ぼろぼろの衣服を身にまとい、右腕の付け根と左脚の付け根のところがぎゅっと結ばれている。


 ――えっ、聖エルフなのに、右腕と左脚が。……なぜ? 盾で守られてるんじゃないの?


 そう思ったとき、ドラゴンがその大きく縦に裂けた金色の目を開けて、こちらをギラッと睨んだ。


 ――ひっ! あ、あ、あぁ……。


 恐怖で身がすくみ、手がはじかれたように空を切った。


 盾から風が巻き起こり、結界がかたちづくられる。


 結界はものすごい勢いでふくらみ、赤い聖エルフとドラゴンに迫る。


『待て! 待てって! 俺たちは戦いにきたわけじゃないんだ! 助けを求めにきたんだ! なんだって言葉が通じないんだ!』


 ドラゴンが首を持ち上げ、赤い聖エルフが髭につかまって空中に逃げる。


 神口の聖エルフがわたしの腕を揺さぶって、慌てたように耳もとで叫んだ。


「落ち着け! 敵じゃないんだ! 結界を押さえて!」


 ――えっ! 敵じゃない? そうだ、敵じゃない。敵じゃないんだ。


 大きく息を吐き出し、硬直したからだをなんとか動かした。 


 ふるえる腕で胸を押さえて、呼吸を整えた。


 大きくふくらんだ結界をゆっくりと小さくしていく。


 結界を避けて大きく伸びあがっていたドラゴンがゆっくりと頭を下げた。


 赤い聖エルフがドラゴンの頭からすべり降りてきた。


『ふー、驚いたな。さすがは聖地の聖エルフだな。まさか結界を張れるとは、さすがに思いもよらなかったな』


 ――なっ! 言葉がちがう。えっ、……どういうこと?


「どうかな? どうも昔の言葉とよく似ているようだが、きみには分かるかな?」


 神口の聖エルフが耳もとでささやいた。


 わたしは思考の渦の中から抜け出せず、頭を軽く揺らしながら視線をさまよわせていた。


 ――ちがう。わたしの言葉じゃない。……なのに、なぜ、……意味が分かるんだろう?

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