5 聖エルフ、村長と会う
それは村長のお屋敷というようなものではなく、まさに豪族の館という言葉がふさわしいほどの立派な建物だった。
用水路を流れる水を引き込んだ掘でまわりを囲まれ、周辺よりもはるかに高く組み上げられた石垣が周囲を威圧する。
その上に建つ大きなお屋敷が、ぐるっと囲む石壁の向こうに屋根をのぞかせている。
水堀をまたぎ門へとつづく橋は、跳ね上げ式になっているのか、堀の向こうに大きな木製のからくり装置のようなものが据え付けられている。
「えーっと、……敵が攻めて来たりするの?」
のどかな風景に似合わない、ものものしい造作に驚いたわたしは、ソフィアさんに尋ねた。
「とんでもない。ここ三百年ほどは獣どもがこの村に入ってきたという記録はございません。ただ、この屋敷は開拓時代に拠点として使われておりましたので、このような堅牢なつくりとなっております。かつては風の聖エルフ様がここを拠点として、白狼や翼竜といった獣どもを打ち払い、さらにはヴァナヘイム渓谷におけるドラゴンとの戦いの際には、土の聖エルフ様もご一緒にここに滞在されたとい、……そして、……まさに……」
白狼とか翼竜とか、さらにはドラゴンなどという物騒な言葉とともに、風の聖エルフに土の聖エルフといった聞き逃せない言葉が、次から次へとソフィアさんの口から飛び出してくる。
しかし、ソフィアさんは聖樹様や聖エルフが関係する話となると、とたんに熱が入って早口になるようだ。
途中まではかろうじて聞き取れたのだが、身ぶり手ぶりが大きくなってきたあたりからほとんど理解不能となってしまった。
ソフィアさんは歩きながらも、大きく手を振りまわしながら、早口で聖エルフの戦いらしきものを語り続けた。
後で時間をとってゆっくりと話を聞かせてもらう必要があるなと考えていると、橋の向こうから立派な服を身につけた男のエルフさんが、ぞろぞろと大勢のエルフを引き連れて現れ、わたしの前でいっせいにひざまずいた。
「聖エルフ様、ようこそウルズ村へ。わたくしはここの村長をさせていただいておりますヨルゲンと申します」
――あれ? 村長ということはソフィアさんの父親のはずだ。
しかし、どうみても二十歳前後に見える。
というか、ここにいるほとんどのエルフさんが二十歳前後に見える。
「世話を、……かけます……」
そう応えながらも、そういえば、ここに着くまでの間に出会ったエルフさんたちのなかに、お年寄りはおろか壮年といえる年齢の人すらいなかったことに気がついた。
こどもたちは大勢いたが、見た感じ最高齢が二十歳代前半といったところだっただろうか……。
わたしは挨拶を交わした後、考え込んで思考をとばしていたのか、気付くと村長さんを先頭に奥に見える一番大きな建物へと向かって歩いていた。
門から続く石畳の通路を、頭を少し下げ胸の前で手のひらを上に向けて道案内をする村長さんに、私はあわててついていく。
広大な敷地の中には他にも家が数軒、あちらこちらに建っていて、そのあいだには畑や動物小屋のようなものも見える。
ふと見ると、にわとりらしき鳥が地面をせわしなくついばんでいたり、親豚が子豚たちを引き連れて歩いていたりと、とてもにぎやかでほほえましい。
通路の両脇にずらっと片膝をついてひざまずくエルフさんたちの間を抜けて、大きく開けはなたれた扉から屋敷の中に入った。
そこは石が敷き詰められた大きな部屋になっており、そのまわりに一段高くなった板が腰掛けのようにめぐらされている。
わたしは入って少し進んだ左手の腰掛けの前まで案内されると、ソフィアさんに腰をかけるようにうながされた。
ソフィアさんがわたしの靴に手をかけ、脱がそうとしたその時だった。
「おばあさま、わたしが洗いますゆえ」
進み出たこれまた二十歳前後の女の人が、ソフィアさんとわたしの間にすっと割り込んだ。
――今、たしか、おばあさまって、聞こえたような気が……。
「おばあさまって、……親の、その親?」
聞き間違いか、それともわたしの言葉の覚え間違いなのか、ソフィアさんに確認してみた。
「はい。この子はわたくしの四番目の息子の三女で、エレンと申します」
――えーと、……よんかけるさんはじゅうに。いや、そういうことではない。そうではないけど、孫がいるってことだよね。それも、いっぱい。
もう、どこを驚いていいのか。というか、ここまで認識のずれがあるということは、わたしがおかしいのだろう、たぶん。
「ソフィアさんって、……何歳なの?」
靴を脱がせ水を含ませた布で足を拭こうと手を伸ばしかけたエレンさんに、こっそりと問いかけた。
「聖エルフ様……」
横からずいっと顔を出してきたソフィアさんが、恥ずかしそうにつぶやいた。
「女性の歳を探るものではございません」
そう言われるような気がしてエレンさんに聞いたのだが、さすがはソフィアさん、読み通りの答えを放りこんできた。
「ちなみに、わたくしは今年で百二歳でございます」
さすがは村長さんだ、気をきかせて自分の年齢を教えてくれた。
――親が百二歳で孫がいる。
うん、うん、充分な情報だ。
いや、つっこみどころが満載すぎて、よくわからくなってきた。
足元では、わたしの足を拭こうとしたエレンさんが、聖エルフの盾に何度もはじかれ、肩を落としてうなだれていた。
「聖エルフ様、どうぞ、こちらへ」
さすがの村長さんは、何事もなかったようにゆったりとした貫禄のある笑みを浮かべ、わたしを奥へ広がる部屋へと導いた。




