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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第三章 空の聖エルフ
48/91

48 聖エルフ、聖樹様を見上げる

 ――うん? 今、なんて言った?


 わたしの聞きまちがいかな?


 神口の聖エルフの言葉が、頭の中で何度も何度も繰り返される。


 聖樹様を首が痛くなるほど見上げ、振りそそぐ慈愛を手のひらで受けとめてみる。


 そして、そのまま時がとまったかのように、わたしは立ちつくしていた。


「えーーー! ちょっとーー! どういうことー! 聖樹様の声を耳にしたことがないってー! えっ、だって、かみくちって神様の神に口だよね。神様の声を伝える役目だよね。それが聖樹様の声を耳にしたことがないって…… ああ、そうか、心に語りかけてくるんだ。そうか、神様だもんね、心と心で通じあうよね。あー、びっくりしたー、驚かせないでよ」


 思わず神口の聖エルフに詰め寄りそうになったが、ひとりで納得して落ち着きを取り戻した。


「ふーん、きみはわたしと聖樹様が心と心で通じあうことができるなどと考えているのかね。なるほど、さすがは空の聖エルフだ。おもしろい考え方をするね」


 神口の聖エルフは感心するかのように、ふむふむとうなずいた。


「えーっと、他に方法があるの? 目と目で通じあうとか? あとは身ぶり手ぶりとか?」


 神口の聖エルフは軽く肩をすくめて、考えこむようにあごに手をそえた。


「ふーん、おもしろいね。聖樹様に目があるとしてどのあたりにあるのかな? 身ぶり手ぶりって、どのあたりを動かすのかな?」


 ――えー、まさかとは思うけど。


「聖樹様が何を考えているのかまったく分からないってことはないよね。ぼんやりと分かるとか、曖昧だけど分かるとか、そういうことだよね」


 ――いや、いや、まったくってことはないよね、だって神口の聖エルフだし。


「さすがは空の聖エルフだね。理解が早くて助かるよ。そうだね、わたしは聖樹様の考えていることなど、これっぽちも分からないんだよ」


 ――おーい、どうするのよー、これー。聖エルフっていったい何なのよ。


「いや、いや、でも、神口の聖エルフって名前はどうなるの? エルフの物語にだって神口の聖エルフが聖樹様の言葉を伝えたって書いてあるんでしょう?」


 ――うん、うん、そうだ。ソフィアさんだってシルヴィアさんだってそう言ってたはず。


「うん、そうだね。わたしの名前はわたしが勝手に名乗ったものだし、エルフの物語はわたしが編纂させたものだからね。わたしが黙っていれば誰にも分からないからね」


 ――えー、ウソついてたってこと? 六千年もずっと?


 茫然と立ちつくすわたしに、神口の聖エルフはがらんどうを指さした。


「聖樹様に応えてはもらえないけど、問いかけることぐらいならできるがね」


 どう応えていいか分からず、黙って首を横に振った。


「わたしもきみのように光り輝いていれば、聖樹様の御子として崇められたかもしれないがね。見てのとおり、わたしのちからなどエルフたちと大差がなくてね。そのうえ、まとう盾は薄暗く、黒い髪に黒い瞳という異質な存在だ。がらんどうから出てすぐエルフたちに取り囲まれてね。盾をまとっていたおかげで、かろうじて事なきを得たがね」


 ――そうか、最初の聖エルフなんだ。エルフから見れば何者だっていうことになるのか。


「そこでね、わたしはウソをついたんだよ。わたしは聖樹様の言葉をエルフに伝え、獣たちにおびえる暮らしから解放するために遣わされた聖エルフだとね」


 神口の聖エルフはすこし腰をかがめて、まぶしそうに目を細めながらも、漆黒の瞳をわたしの瞳に近づけた。


「うーん、それならウソついてもしょうがないね。それに、それからの物語は本当なんでしょう? 獣たちを追い払って、村を作ったりして、エルフのために働いてきたんでしょう? 聖樹様だってこんなにのんびりしてるし、喜んでるんじゃないかな」


 応えを求められているような気がして、わたしは思っていることをそのまま言葉にした。


「そう言ってもらえてうれしいよ。さすがは空の聖エルフだね。イザヴェルの雨の聖エルフの言っていたとおり、きみはとてもやさしいね。ところで、聖樹様がのんびりしてるしているというのは、どういう意味なのかな。たしかに、わたしが聖エルフとして目覚めた頃の聖樹様は明らかに怒っていたね。聖樹様のたもとにもエルフの住みかがぎっしりと立ち並んで、富める者と貧しい者が憎しみあい、争いが絶えなかったからね。だからこそ、わたしが遣わされたのだろうが、きみはその頃の聖樹様を見たことがあるわけではないよね」


 漆黒の瞳が好奇心を満たそうとあやしく光った。


「えーっと、……うん、見たことないよ。ただ、わたしの頭の中の聖樹様というか、わたしの知っている聖樹様は、もっとまわりを威圧しているというか、ピリピリしてるの。それにくらべてこの聖樹様はのんびりしてるなって思ったの」


 ギムレーの聖樹様を見たときに感じた違和感を、わたしはなんとか言葉にかえた。


「ふーん、それはいいことを聞いた。それもきみの使命を探るなにかの手掛かりになるかもしれないね。実に興味深いね」


「その、使命ってなに? そういえば、がらんどうに入る前にも言ってたよね?」


「うん、そうだね。きみも知ってのとおり、聖エルフというのは聖樹様に創造された存在なんだよ。つまり、使命というか、何らかの目的のために創造されたと、考えられるよね。わたしの場合は推測になるのだが、好き勝手に振る舞い始めたエルフを統制するために創造されたのだろうね。他の聖エルフについては、これはまちがいなく断言できるのだけどね、わたしの願いを聞き入れて、その目的にかなうように創造されたのだよ」


 ――えっ! 願いを聞き入れた?


「聖樹様は神口の聖エルフの言葉が分かるってこと? じゃあ、エルフの物語にある三日三晩飲まず食わずで祈り続けると聖エルフが生まれるっていうのは本当なの?」


 わたしは驚いて、神口の聖エルフに詰め寄った。


「うん、そうだね。聖樹様は聖エルフに関しては、わたしの願いを完全に聞き届けてくれたね。ただ、その話にはひとつだけウソが含まれていてね。祈ったのはほんの五分といったところでね、さすがに短すぎるということで、記録に残すときに長くしておいたんだ。まさか本当に聖エルフを遣わしてくれるとは思わなくてね、四日目の朝にがらんどうの中で風の聖エルフを見つけたときは、驚きのあまり自分の頬っぺたをつねってしまったよ」


 わたしが詰め寄った分だけ、神口の聖エルフはまぶしそうに手をかかげて、後ろに下がった。


「えっ、じゃあ、ひょっとして……」


 期待と不安の入り混じった感情が、わたしの心をギュッと締めつける。


「わたしのことも、聖樹様に祈ったりは、……してないよね?」


 神口の聖エルフは手のひらを上に向け、両手をかかげて肩をすくめてみせた。


「申し訳ないんだがね、まったくそんな覚えはないんだよね。ただね、ここ千年ほどわたしはすっかりエルフの世話にうんざりしてきててね。誰かにわたしの代わりをしてもらおうかと考えていたんだ。だからね、わたしの代役として聖樹様がきみを遣わしたという可能性がないわけでもないのだよ。まあ、記憶を失くしているということだし、いきなりわたしの代わりをするのも大変だろうからね。しばらくはわたしのそばにいてもらって、仕事を覚えてもらおうかな」 

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