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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第二章 エルフの少女ソラ
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46 ソラ、命名される

 神口の聖エルフはあぐらをかいた膝の上に片肘をつき、頬杖をついてわたしを眺めていた。


 身にまとう黒いオーラのせいか、漆黒の瞳がゆらゆらと揺らめいているように見える。


「ひょっとして、きみは聖樹様の化身なのかな?」


 神口の聖エルフのもつ独特の貫禄に気圧され、視線が泳ぐ。


「ちがうけど……」


 逃げるように床に視線を落とした。


「普通のエルフ、だと思う……」


「ふーん。なぜ、きみは自分が普通のエルフだと思うんだい?」


 低くくぐもった声に、すこしだけ不思議そうな色が混じった。


「えっ、……だって、わたしは聖樹様の化身なんかじゃないし、聖エルフは聖樹様に創造された存在なんでしょう? だから、……その、……ちがうよね……」


 今までそんな聞かれかたをされたことがなかったせいだろうか、応えにつまったわたしは視線を板目に合わせて滑らせた。


「そうか、なるほど。イザヴェルの雨の聖エルフから聞いた話だと、きみは記憶を失くしているそうだね」


 神口の聖エルフはとくに反論することもなく、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「うん、……そう、だね。森の中で目が覚めたら、すっかり記憶を失くしていて、自分が誰なのか、そこがどこなのかも分からなくて、ウルズ村のエルフさんたちに助けられて、村に住まわせてもらって……」


 雨っちがよつんばいではってきて、首を突っ込んだ。


「それをわたしと雲っちが見つけて連れて来たってわけよ」


「そうか、なるほど。それは先ほど聞いたな、イザヴェルの雨の聖エルフよ」


 ふふんっと自慢げに鼻をふくらませた雨っちに、神口の聖エルフはかかげた手の甲を見せ、軽く振って追い払った。


「記憶を失くしたと、きみは確信している。それはなぜなのかな? そこで生まれたとは思わず、記憶を失くしていると断言できる根拠を知りたいな」


 ――そこで生まれた? そんなことがあるわけがない。


 わたしは気持ちを奮い立たせ、顔を上げて、神口の聖エルフの漆黒の瞳をまっすぐ見つめ返した。


「だって、あたりまえじゃない。生まれてすぐ言葉が喋れたり、知識があったりする訳がないじゃない。親から生まれて、いろんな経験をして、そうやって生き物は大きくなっていくものでしょう」


「そうか、なるほど。それがきみの持っている常識というわけだね。そして、その常識に基づいて判断をすれば、自分は記憶を失くした普通のエルフである、ということでいいかな?」


 神口の聖エルフはゆっくりと、話している自分の言葉を再確認しているかのように、わたしに問いかけた。


「そうだね、うん。……そうなるね」


 わたしは神口の聖エルフの言葉を頭の中でゆっくりとなぞって、うなずいた。


「うん、きみは本当にすばらしいね。きみのような存在に出会ったのは初めてだよ。長生きはするものだね。わたしはたしか六千年以上生きてきたと思うのだが、これほど心躍る出来事に立ち会えようとは、思ってもみなかったよ」


 神口の聖エルフはそう言って、あごの下で両手を組んだ。


「えーっと、……それはどういう意味なのか聞いてもいい?」


 どう見ても心が踊っているようには見えない神口の聖エルフを前に、不安を覚えたわたしはおずおずと疑問を口にした。


「きみは聖樹様に会ってみたいとは思わないかい?」


 神口の聖エルフはすこしだけ楽しげな表情をみせて、わたしの問いに問いで応えた。


「えっとー、もう会ったというか、見たけど……」


「遠くからじゃなくて、聖樹様のがらんどうに行って、きみの手で触れて、きみの言葉で話しかけてみたくないかい? もしかすると、きみが知りたがっていることを聖樹様が直接、きみの耳に教えてくれるかもしれないよ」


 漆黒の目が優しく細められる。


 ――わたしの言葉で?


 そういえば、わたしの思考言語はみんなの言葉とはちがうんだ。


 すっかり忘れてた、というか、いつからか気にならなくなってたんだ。


 ひょっとしたら、聖樹様と同じ言葉をしゃべれるという可能性もなくはないのか。


 神口の聖エルフが神の言葉をエルフに伝えるということは、聖樹様の言葉はみんなの言葉とはちがうということになるし。


 ということは、わたしの思考言語を神口の聖エルフが理解できるという可能性もなくはない。


 うーん、複雑すぎてよく分からないけど、聖樹様に直接会えば何かが分かる可能性はあるのか。


 わたしは傾けていた頭を、ふむふむと縦に振った。


「うん、会ってみたいな。聖樹様のがらんどうに行って、話しかけてみたいな」


 神口の聖エルフもふむふむとうなずいた。


「そうか、それはよかった。天馬に乗ればあっというまに着くからね。誰か天馬を二頭連れて来てくれないかな。ああ、それとね、聖樹様のたもとには聖エルフか、はきもの係か、聖樹様の世話係しか入れないきまりになっているんだ」


 ――うん? そういえば、雨っちもそんなこと言ってたね。


「どれがいいかな? 聖樹様の化身でもいいけど、どうする? きみが好きなものを選んでいいよ?」


 わたしは、神殿の控室でかいがいしく雲っちのお菓子を運んで来てくれた、緑一色の世話係さんを思い浮かべた。


「じゃあ、聖樹様の世話係にしようかな。あの緑の服を着ればいいんだよね?」


「うん、そうだね。ただね、聖樹様の世話係になるには一年に一度、試験があってね、それに合格しないとなれないんだ。わたしが決めたことだから、わたしがそれを破るという訳にはいかなくてね……」


 神口の聖エルフの困ったような目を見て、わたしはあっさりと世話係をあきらめた。


「そうなんだ。じゃあ、はきもの係にしようかな」


「うん、そうだね。では、どの聖エルフのはきもの係にしようか? 誰でもいいよ」


「うーん、そうだね。雨っちに頼もうかな。雨っち、わたしをはきもの係にしてくれる?」


 雨っちは目をまん丸にして、ぶんぶんと首を横に振った。


「んー、それは無理だよ、だってソラっちは聖樹様の化身なんだよ、忠誠なんて受け取れないよ、というか逆に、わたしが忠誠を捧げるほうだよ」


 雨っちのあまりの首の振りように、わたしはしかたなく雲っちに目を移した。


 すると、雲っちが雨っちと同じように首をぶんぶんと横に振った。


 続いて、ギムレーの雨の聖エルフ、雲の聖エルフにも視線を送ったが、ふたりとも笑顔で首をぶんぶん横に振っていた。


 それではと、氷っちに視線を送ったが、氷っちは風の聖エルフの胸に顔をうずめたまま、ピクリとも動かなかった。


 その流れで、風の聖エルフとも目があったが、目があった瞬間、風の聖エルフは手をかかげてぶんぶんと横に振った。


 しぶしぶながら、わたしは神口の聖エルフに視線を戻した。


「じゃあ、神口の聖エルフのはきもの係ということでお願いしていい?」


 ――ちょっと近寄りがたいけど、聖樹様に会うためだしね。


「すまないが、わたしははきもの係を選ぶときには、少なくとも一年間はその者の働きを見て、それから判断することにしているんだ。申し出はとてもうれしいんだが、その基準を変えるわけにもいかなくてね……」


 神口の聖エルフは、またしても申し訳なさそうに言葉を濁した。


「えっ、じゃあ、どうすればいいの?」


 選ぶものがなくなったわたしは、戸惑いながら神口の聖エルフに尋ねた。


「うん、そうだね。あとは聖樹様の化身か、聖エルフだね。どちらでも好きなほうを選んでいいよ。もちろん君の意思で選んでいいからね」


 神口の聖エルフはうながすように、手のひらをこちらに向けた。


「えっ、……どちらかって、……その、どちらかしか選べないの?」


 神口の聖エルフは困ったような表情を浮かべて、考えこむように口もとを手でおおった。


「もし、きみが選べないというのなら、よかったら、わたしが決めてあげてもいいんだが。そうしようか?」


 神口の聖エルフは漆黒の目を楽しそうに細め、人差し指をわたしのほうに向けて、何かを決めるかのような素振りをみせた。


「ちょ、ちょ、待って、待って、自分で決めるから大丈夫。自分のことは自分で決めるからね」


 わたしは両手をぶんぶん振り、大声を出して神口の聖エルフの口が開くのを押しとどめた。


「じゃあ、聖樹様のところに行く時だけ聖エルフってことで……」


 神口の聖エルフは漆黒の瞳に喜色を浮かべたまま、すっと立ち上がった。


「きみはソラという名前だそうだね」


 その場にいた聖エルフ全員に視線を送り、最後にわたしに向かって貫禄ある声を響かせた。


「きみは今から空の聖エルフだ。聖樹様により遣わされた御子であり、二十三人目の聖エルフであると認め、聖樹様のたもとに立ち入ることを許そう」

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