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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第二章 エルフの少女ソラ
45/91

45 ソラ、風の聖エルフと対峙する

 わたしの言葉を聞き届けた結界が波打つように光り、氷っちの壁を溶かしながらゆっくりと大きくなっていった。


 氷っちが長いまつげをたくわえた銀色の目を大きく見開き、両手を大きく広げて風の聖エルフを背後にかばった。


 結界は氷っちの冷気をきらめく光にかえながら、氷っちと風の聖エルフに向かってゆっくりと広がっていった。


 ついに結界が氷っちの間際までせまったとき、ふいに風の聖エルフが氷っちを背後から抱きかかえ、はるか後ろにポーンと放り投げた。


 そして、そのやんちゃ坊主のような瞳をキラキラと輝かせたまま、仁王立ちになり、両手を高くかかげた。


「よーし! そのまま! どーんと来い!」


 風の聖エルフは楽しみでたまらないといった大声を出し、満面の笑みを浮かべて結界を待ち受けた。


 ソフィアさんの姿と風の聖エルフの姿が重なり、思わずわたしは手を横に振って結界が大きくなるのを押しとどめた。


 結界は風の聖エルフに当たる直前で波打つように全体を光らせ、その動きをとめた。


「おーい! なぜやめるんだ! どーんとはじきとばしてくれよ!」


 風の聖エルフが結界をこぶしでどんどんと叩き、ペタペタとさわってほおずりし始めた。


「おー! すげーな、これ! ほんとーに結界だな! いやー、まさかほんとーに結界を張れるとはな! すげーよ、これ!」


 ――こどもだ、まるっきりこどもだ。どうしたらいいんだろう、これ?


 わたしが胸の奥から自然と押し出されてくるため息を、なんとか吐き出さずにこらえていると、後ろに投げ飛ばされていた氷っちがこちらに走って来て、風の聖エルフを守るようにピッタリとくっついた。


 氷っちの顔に張り付いた悲しみと恋慕が入り混じったような想いが、わたしの心の奥深くを冷たく吹き抜けた。


「風の聖エルフ、あなた、今、こ、恋人をかばったよね?」


 ――あぶない、あぶない、氷っちって呼ぶとこだった。えーと、なんだっけ? 氷っちって何の聖エルフだったっけ?


 氷っちが何の聖エルフかとっさに思い浮かばなかったわたしは、こいびとという言葉を代わりに当てはめた。


「こいびと?」


 氷っちと風の聖エルフがまったくちがった声色で同時に応えた。


 きょとんとしている風の聖エルフに対して、氷っちは薄い白雪のような肌をほんのりと桃色に染めて、わたしを見つめた。


「こ、こ、こい、……び、と、……に、見えるの? ねえ、恋人に見えるの? その、……わたしと、その、風の聖エルフが?」


 氷っちは銀色の瞳をキラキラと輝かせて、まるでわたしが恋の相手なのではと錯覚させるほどの勢いで、胸の前で手を組んで、わたしの目をまっすぐ見つめた。


「うん? 恋人でしょう、ふたりって? あ、それとも、もう結婚してるの?」


 ――えーっと、たしか風の聖エルフが三千歳ちょっとで、氷っちが二千六百歳ぐらいだったけ? それなら、とっくに結婚してるか。


「け、け、け、けっこん? 結婚って、そんな……」


 氷っちの声がひっくり返り、顔だけでなく耳も桃色に染められた。


「なに言ってんだよ! エルフじゃあるまいし、聖エルフが結婚なんてするかよ! おまえ、かわってんな!」


 風の聖エルフが驚いたように、金色の目を大きく見張って眉をつりあげた。


「うん? でも、お互いに好きなんでしょう? 聖エルフだって好きどうしなら結婚できるよね?」


 わたしは指で軽くあごを押さえて、小首をかしげた。


 氷っちが目を潤ませて、小刻みに首をたてに振った。


「なに言ってんだ。俺は別に土の聖エルフが好きってわけじゃないぞ」


 風の聖エルフの何も考えていない台詞に、氷っちの盾が凍ったように光った。


 ――うん、これは、あれだ。風の聖エルフは好きということがよく分かっていない男の子なんだ。


 つまり、口説き落とすには面倒くさいタイプの男の子だ。


 しかし、このままでは氷っちがずっと悲しむことになるし、そもそも二千五百年以上も氷っちは耐えてきたんだ。


「風の聖エルフ、あなた、さっき土の聖エルフを後ろに投げ飛ばしてかばったよね。自分がはねとばされても、土の聖エルフは無事にすむように、遠くに投げたんじゃないの?」


 ――ようやく氷っちが土の聖エルフであることがわかったよ、よかったー。


「たしかに投げたな。そりゃあ、俺がはじかれて土の聖エルフに当たったら、ひょっとしたらケガをするかもしれないからな。当たり前だろ」


 わたしは結界が小さくなる姿をイメージして、軽く手を横に振った。


「それは、つまり、土の聖エルフが大切だからケガをさせたくなかったってことだよね」


 結界がゆっくりと小さくなっていき、それにつられるかのように、氷っちと風の聖エルフがこちらに歩いてきた。


「たいせつ? そうだな。土の聖エルフは大切だな。それは、そうだ」


 氷っちの盾が、その光をやわらかなものに変えた。


「ねえ、もし、わたしと土の聖エルフが同時にドラゴンに襲われていたら、どちらを助ける?」


 わたしは結界をさらに小さくして、ゆっくりと大きな声を出した。


「なに言ってんだ。両方とも助けるに決まってんだろ」


 風の聖エルフはニヤッと笑って自信満々で即答した。


 ――おーい、そこは土の聖エルフって答えるところでしょうよ、このバカっちめ!


「じゃあね、……わたしと土の聖エルフは遠く離れた場所にいてどちらかしか助けられないの。どうする?」


 氷っちが顔の前で手を組み合わせて、祈るように風の聖エルフを見つめた。


「そりゃあ、土の聖エルフだな。だってよー……」


 さらに話を続けようとした風の聖エルフに、氷っちが跳びついて抱きしめ大声を上げて泣き始めた。


 ――あぶない、あぶない、今、風の聖エルフはわたしは結界で守られているとか何とかいらない説明をしようとしたな。


 よしっ! このままなんとかして、ふたりをうまいことくっつけるぞー!


「風の聖エルフ、あなた知ってる? 土の聖エルフはあなたのことが大好きなのよ」


 わたしは結界を消して、ふたりにゆっくりと歩み寄った。


「大好きって、……なに言ってんだ。俺たちは聖エルフなんだぞ。好きとかなんとかってエルフの話だろう?」


 ――うーん、このふたりは三千年とか二千五百年とか、どれだけの時間を無駄にして生きてきたんだろう。


「ねえ、土の聖エルフ。今まで風の聖エルフに気持ちを伝えなかったの? だめだよ、想ってるだけじゃ気持ちなんて伝わらないのよ。言葉にして相手に伝えなければ、想いは届かないのよ」


 わたしはふたりの前で腰をおろし、そのままふたりを見守り続けた。


 わたしの思いが通じたのか、氷っちが風の聖エルフにしがみついたまま、涙にぬれた瞳に決意を込めた。


 ――よしっ! いけー、氷っちー! ここで一気にいけー!


「あの、わたし、風の聖エルフのそばにずっといたいの。一緒にいていい?」


 氷っちは胸の奥から絞り出すように、たくさんある想いのうちの、たぶんいちばん大切な想いを言の葉に変えた。


「なに言ってんだ。ずっと一緒に決まってるじゃないか。なにをいまさらそんなこと言ってんだ」


 風の聖エルフは、あきれたように目をパチパチして氷っちに応えた。


 氷っちが銀のまつげをこまやかにふるわせ、風の聖エルフの胸に頭を沈みこませた。


 風の聖エルフが氷っちの頭をぎこちなくポンポンと叩き、困ったような視線をわたしに送った。


 ――うーん、とりあえずはよしとしようか。二千五百年も進展のないふたりなんだから、いきなりは難しいよね。


 そう思いながら静かに立ち上がろうとしたわたしは、ふいに闇のような影に気がついて動きをとめた。


 いつからそこにいたのだろうか、わたしのすぐそばに、闇をまとったような神口の聖エルフが、薄暗い微笑をたたえ、興味深そうにその漆黒の瞳をこちらに向けていた。

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