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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第二章 エルフの少女ソラ
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44 ソラ、氷っちと戦う

「やっぱりさー、ギムレーのお菓子はおいしいよねー、ソラっちも食べなよー、イザヴェルのお菓子もおいしいけどさー、なんだろうねー、ちょっとちがうんだよねー」


 上から下まで緑一色の制服を着た聖樹様の世話係のエルフさんが、手慣れた動きで雲っちのお菓子を次から次へと運んでくる。


 そして、運ばれてきたお菓子や飲み物を、雲っちが次から次へと口に放りこんでいく。


 聖樹様の神殿の控室ですっかりくつろいでいる雲っちとは対照的に、緊張してカチコチになっているわたしは、目の前のお茶すら飲む気になれないでいた。


「ソラっちー、どうしたのー、食べないと損だよー、僕らだってめったにギムレーには来ないんだしさー、せっかくだからいろいろ食べないとさー」


 ――神口の聖エルフに報告に行った雨っちはなかなか帰ってこないし、雲っちはのんきにお菓子を食べてばっかりだ。


 やっぱりこんなところにわざわざ来ないで、ウルズ村でこそっと勝手に暮らしてればよかった。


 聖樹様にはどこか違和感を感じるし、神話に出てくるような聖エルフに会うのも気が重い。


 そもそも、わたしは普通のエルフなのだから、こんなところにいるのは場違いなのだ。


 そんな考えばかりが、さっきから何百回と頭の中でぐるぐる回り続けている。


 そして何十回目かのため息をつこうとした時、控室の扉がバーンと開いて、雨っちが飛び込んできた。


「お待たせ、ソラっち、じゃあ、神っちのところに行くよ、んー、雲っちも一緒に行くよ」


 雲っちが目を白黒させ、自分の顔を指さして、しかめてみせた。


「僕も行くのー? いいよー、待ってるからさー、ふたりで行ってきなよー」


「なに言ってんのよ、神っちが雲っちも来いって言ってんのよ、というか、ここまで来て神っちに会わずに帰れるわけないでしょ」


「えー、どうせさー、またさー、神っちに小言を言われるんでしょー、もー」


 雲っちはそう言いながらも、おとなしく立ち上がり、わたしの腕をとった。


 雨っちもわたしの腕をとって、ふたりに両腕を絡められて連れ去られるように控室から外に出た。


「えっ! なんでふたりともわたしの腕をとってるの? わたし、捕まえられるの?」


 背丈の倍ほどの高さがある大きな扉の前まで連れてこられたわたしは、状況についていけず双子の顔をキョロキョロとのぞきこんだ。


「神っちが初めて誰かに会うときにはね、必ず風っちがいるのよ、そして風っちがいるところにはね、必ず氷っちがいるのよ」


「そうなのさー、僕らを守ってねー、ソラっちー」


 双子がそう言ったとたん、扉がおごそかに開き、わたしはふたりに引きずられるように神殿の最深部に足を踏みいれた。


 お香でもたかれているのか、ほのかに甘くかぐわしい香りが鼻をくすぐった。


 村長さんのお屋敷の広間とは比べものにならないほどの広がりをもった空間の一番奥に、漆黒の長髪と深い闇をたたえた瞳をもつ聖エルフがあぐらをかいて座っていた。


 聖エルフの盾さえも闇を宿したかのように暗く、ぼんやりとまわりの光を飲み込むかようにあやしく光っていた。


 ――あれが、神口の聖エルフか。さすが六千年も生きているだけあって、貫禄がそなわってるね。


 そして、その右手の前のほうに並んで座ってるのが風の聖エルフと土の聖エルフだろう。


 風の聖エルフはまさに戦いの化身というか、りりしい眉毛に整った目鼻立ちといい、俊敏な動きを想像させる体つきといい、まさにソフィアさん好みの外見をしている。


 ただ、無鉄砲なやんちゃ坊主を思わせる金色の瞳が、金色の髪と相まって、三千歳という年月の積み重ねをまるで感じさせない。


 その横にひっそりと座っている土の聖エルフは、まさに氷の美女という言葉がしっくりくる。


 氷を連想させる銀色の長い髪と瞳をもち、悲しそうな表情を浮かべてこちらを見ていた。


 左手の前のほうには、風っちと雲っちに雰囲気がよく似た双子がちょこんと座っていた。


 この双子はおそらくギムレーの雨の聖エルフと雲の聖エルフなのだろう。


 ふたりとも興味深そうに、ニコニコしながらわたしたちを見守っていた。


 雨っちと雲っちはわたしの腕を捕まえたまま、ずんずん広間の中央に向かって進んだ。


 座布団が三枚並べて敷かれているということは、あそこに座れということなのだろう。


 もう少しで座布団に座れそうだと思った時に、とうとう恐れていた言葉が風の聖エルフの口からもれた。


「へー、これが新しい聖エルフか。なるほど聖樹様の化身かと言われるだけあって、今までにお目にかかったことがないほどの美しさだな。まさに、美の女神様ってところだな」


 その瞬間、土の聖エルフの盾が輝きを増し、まとう風がまるで凍っていくかのようにふくらんで、わたしをめがけて押し寄せた。


 雨っちがひっと悲鳴を上げてしがみついてきた。


 雲っちがはじかれたように跳びあがって、雨っちの背中にしがみついた。


 ――これが、氷っちの風の壁。


 そう思った瞬間、わたしは思わず手を振りあげていた。


 わたしの盾から風が巻き起こり、結界がかたちづくられた。


 氷っちの壁に対抗するように、結界はすぐさま大きくなってわたしたちを包んだ。


 わたしをめがけて押し寄せていた風の壁が、結界に阻まれてまばゆい光を放った。


 雨っちと雲っちはぎゅっと目を閉じて、体をぶるぶる震わせていた。


 だけど、わたしには氷っちが怒っているようには見えなかった。


 ――氷っちは怒ってるんじゃなくて、悲しさを抑えきれないだけなんだ。


 氷っちの悲しみは風の壁に姿を変えて、何百、何千、何万枚と重ねられて、まわりに伝わっていく。


 結界のようにいちばん外側の聖樹様の慈愛だけを使っているのではなく、まわりのあるすべての慈愛を悲しみに染めていく。


 氷っちの心から押さえ切れずあふれだした悲しみは、幾重にも重ねられ、わたしを動けないように閉じ込めようとしていた。


 でも、悲しみの壁は結界にふれたとたんに、キラキラと光を放ちながら溶けたように消えていった。


 風の聖エルフが、まるで新しいおもちゃを見つけたこどものように、金色の目をキラキラと輝かせて、こちらに一歩、二歩と踏み出した。


 その姿を見た氷っちが、銀色の目を悲哀でいっぱいにして、一歩、二歩と風の聖エルフに追いすがった。


 氷っちのまとう風の壁がさらにその冷気を増し、結界を激しく光らせた。


 ――うん? 風の聖エルフは氷っちの壁の中でも動けるんだ。


 そうか、たしか氷っちは風の聖エルフを助け、守るために生まれてきたんだ。


 だから、風の聖エルフだけは氷っちの壁の中で動けるのかもしれない。


 そして、氷っちは風の聖エルフだけを見続けるように、創造されているのかもしれない。


 ただ、その氷っちの一途な愛は、風の聖エルフのワクワクしているこどものような瞳には映っていない。


 氷っちが切れ長の銀色の目をキッとわたしに向けて、風の聖エルフを守るようにさらに前へと足を踏み出した。


 まとう風が嵐のように渦巻き、冷気がさらに結界へと殺到し、光へと変わっていく。


 だが、その冷気は本当はわたしに向けられているものではない。


 氷っちの悲しみが向かっている先も、その瞳がとらえて離さないものも、閉じ込めたいものも、本当はぜんぶ風の聖エルフなのだ。


 ――雨っちと雲っちの言うとおりだ、風の聖エルフは、なんにも分かってない。


 わたしは振りあげた手を風の聖エルフに向けて振りおろした。


「風の聖エルフだけをはじき飛ばして!」

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