42 ソラ、郷愁にかられる
碁盤状に敷きつめられた街路のすきまを埋めるかように、小さな家がぎっしりと立ち並ぶ。
中心にある大きな建物から四方にのびる大通りに沿ってお店が立ち並び、たくさんのエルフたちがせわしなく行き交う。
エルフが住んでいるというより、エルフを詰め込んでいるといったほうがしっくりとくるイザヴェルの街並みに、わたしは軽いめまいを覚えた。
のどかなウルズ村からは想像もしていなかった過密な大都市に戸惑いながらも、天馬の導くままに中心の大きな建物へと向かった。
雨っちと雲っちを乗せた栗毛の子が建物の一角に先に到着し、わたしたちを乗せた白毛の子がその横にふわっと着地した。
ふと横を見ると馬小屋の中に、茶色と白のぶち毛の天馬と真っ黒の天馬がいて、耳をピンと立ててこちらを見ていた。
「ソラっち、わたしたちは用事を済ませてくるから、ここで待っててね、代官の引き継ぎとかあるから、ちょっと時間がかかるかもしれないけど、聖樹様のところにはそこのぶちと黒に乗っていくから、遊んでてもいいよ」
雨っちはそう言うと、雲っちとシルヴィアさんを連れて、建物の中に入っていった。
ひとり取り残されたわたしは、天馬たちを順番にわしゃわしゃとなでたり、天馬の世話係のエルフさんとお茶を飲んだりして時間をつぶした。
さっき空から見えたいろんなお店に行ってみたい気もしたけど、あれだけのエルフさんに囲まれては酔ってしまいそうな気もする。
わたしはもうすでに、ウルズ村に帰りたくてたまらなくなっていた。
自然に囲まれたのどかなウルズ村で、釣りをしたり、タケノコを採ったり、池で跳ねたりした日々がたまらなく懐かしく感じる。
聖樹様のところで神口の聖エルフに会って、ウルズ村に住めるように頼んで、帰ったらアルの髪をわしゃわしゃして、ソフィアさんの肩でももんで、村長さんとお茶を飲んで……。
そんなことを考えていると、ようやく雨っちと雲っちが帰ってきた。
「おまたせ、ソラっち、お弁当も持ってきたから、さっそく行こっか、わたしとソラっちが黒に乗って、雲っちがぶちね、だいたい四時間ぐらいで着くから、んー、お昼の二時ぐらいには着くかな」
「えー、僕ひとりなのー? ていうかさー、途中でどっかに寄ってかないのー、なんかおいしいものもらったりさー、おやつもいるよねー」
「わたしもソラっちと遊びながら、ゆっくり行きたいけど、明日には帰ってこないとね、無理を言ってソラっちに来てもらってるんだからね、わがまま言わないの、雲っち、んー、でも、おやつはいるわね」
「だよねー、ぴゅーっと行ってとって来るからさー、待っててー」
雲っちはそう言うと、大急ぎで建物のほうに戻っていった。
「ねえ、雨っち、ギムレーにもこんなにたくさんのエルフさんが住んでるの?」
わたしは重くなった気分をまぎらわそうと、黒の首にしがみついた。
「んー、ギムレーは広いからね、ここよりはたくさんエルフが住んでるけど、見た目はギムレーのほうがゆったりしてるわね、それに聖樹様のたもとには聖エルフとはきもの係と、聖樹様の世話係しか立ち入ることができないからね、まあ、森みたいなものね、聖樹様と草原がずーと広がってる森ね」
雨っちはすこし首をかしげて、わたしの目をのぞきこんだ。
「そうなんだ、よかった。うん、なんだろうね、わたしは森の中とか自然の多いところのほうが落ち着くみたい。たぶん、記憶をなくす前はウルズ村みたいな緑の多いところで暮らしてたんだろうなって思うんだ」
わたしは黒の背中に飛び乗り、寝っころがって空を見上げた。
「んー、昔はイザヴェルもこんなにいっぱいエルフがいなかったんだけどね、どんどん増えて、どんどん街が大きくなって、道路を広げたり、区画を整理したりね、それでも追い付かないんだよね」
雨っちが黒の背中に手をかけて、まじめな声で応えた。
「そういえば、雨っちって二千年もここにいて、イザヴェルを管理して大きくしてきたんだよね。すごいなー、雨っちって。そうだよね、雨っちと雲っちががんばってこんなに大きな街ができたんだ。ごめんね、わたし、ぜんぜん分かってなかったよ。田舎のほうがいいなって、自分のことばっかり考えてた」
――そうなんだ、雨っちも雲っちもシルヴィアさんもエルフのために働いてるんだ。
シルヴィアさんが聖エルフには私欲がないって言ってたけど、たしかに雨っちと雲っちには欲というものが感じられない。
ゴロゴロしたいとか、おいしいものが食べたいとか、ほめて欲しいとか、ほんの些細なことばかりだ。
うーん、それにくらべてわたしは自分のことばっかりだ。
エルフのためとか、存在意義とか、目的とか、そういったものをまったく考えたことがない。
なぜだか分からないけど、記憶を取り戻しても、目的と意義とかいったたいそうなものは持っていない自信がある。
それでいて聖エルフだとか聖樹様の化身だとか言われて、ちやほやされてしまっている。
いったいなんなんだろう。この、わたしという困った生き物は。
「ソラっち、今、わたしのことほめたよね? んー、まちがいないね、ほめたよね、んー、もっとほめてね、どんどんほめてね」
雨っちがいつのまにか、黒の背中に乗っているわたしにおおいかぶさって、ニコニコしながら目をのぞきこんでくる。
「うん? ほめた? イザヴェルを大きな街にしてすごいねってとこかな?」
わたしの盾と雨っちの盾と黒の盾が混じり合い、お互いの盾が相手をつかまえて離さない一体感に包まれる。
「そう、そう、ほめたよね、もっとほめてね、どんどんほめてね」
わたしの額に額をくっつけた雨っちの茶色の双眸が、欲でおぼれそうになっていた。
――うーん、やっぱり私欲がないってわけじゃないんだよね。
そう思いながら、わたしは雲っちが帰って来るまでずっと、雨っちをほめちぎったのだった。




