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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第二章 エルフの少女ソラ
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41 ソラ、イザヴェルに向かう

 あっというまに朝ご飯を平らげた雲っちが、ぽんぽんとおなかを叩きながら、満足そうに雨っちに話しかけた。


「おいしかったねー、雨っち、もうさー、今日はこのままゆっくりしてさー、晩ご飯も食べてさー、聖樹様のとこに行くのはさー、明日にしようよー、お腹いっぱいでさー、眠くなってきたしさー」


「なに言ってんのよ、雲っち、そんなこと言ってダラダラしてて、ソラっちの気が変わったらどうすんのよ、今日中にギムレーに行って、明日にはまたソラっち連れて帰って来るんだから、その時に晩ご飯食べたらいいのよ」


「それはそうだけどさー、面倒なんだよねー、お腹いっぱいだしさー、じゃあさー、ちょっと寝るからさー、出発するときにさー、起こしてねー」


 雲っちはごろんと横になって、肘を支えに頭をこっくりこっくりと揺らし始めた。


 雲っちの眠るまでのあまりの早さにびっくりして、箸をとめて眺めていると、ソフィアさんがやって来て、泣きそうな顔でわたしの鼻先に顔を近づけてきた。


「ソラ様、やはり、わたくしをお供に加えていただけないでしょうか? はきもの係としてギムレーまでの道中を護衛させていただきたいのです」


 ――ソフィアさん、あきらめないなー。天馬二頭に四人乗るのが精一杯だって、さんざん言ってるのに。


「うーん、明日には村に帰って来るんだし、雨っちと雲っちがいるんだから護衛もいらないよね。シルヴィアさんは代官としてイザヴェルに戻らなくちゃいけないし、そうなるとソフィアさんが乗るとこないしね」


 ソフィアさんが、またがっくりと肩を落とし、すごすごと引き下がった。


 入れ替わるように食事を終えたシルヴィアさんがやって来て、わたしの耳もとでささやいた。


「ソラ様、ソフィア殿は護衛としてお供したい気持ちもあるのでしょうが、それと同じぐらい天馬に乗ってみたいのですわ。よろしければ一緒に村をひとまわりして来てはいかがですの?」


 ――うん? そういえば、ソフィアさんは天馬をものほしそうに見てたね。


「ソフィアさん、出発前に天馬に慣れるために誰かを乗せて村をひとまわりしようと……」


 わたしが呼びかけると同時に、ソフィアさんが目をキラキラさせてこちらを振り返った。


「よろしいのですかー! そのような大役をわたくしごときが仰せつかってもー!」


 ――うん、うん、ソフィアさんはわかりやすくていいね。


 とはいえ、シルヴィアさんがソフィアさんに気を使うのはめずらしいね。


 これは、ひょっとして村長さんからソフィアさんを引き離すための罠なのでは。


 そう思ってシルヴィアさんのほうに目をやると、その姿は村長さんともども消えていた。


 ――やられた。シルヴィアさんの黒い笑みが脳裏に浮かぶよ。


 わたしは大急ぎでご飯をかきこんで、ふたりの行方を探そうとしたが、顔中を笑顔でいっぱいにしたソフィアさんに捕まり、しぶしぶ天馬に乗るために庭に出た。


 そして、白毛の天馬にまたがり、大喜びのソフィアさんをわたしの前に乗せて盾で包んだ。


 白毛の子はわたしの思っていることが分かるのか、軽やかに飛び上がり、あっというまに村をひとまわりして、庭に着地した。


 感動のあまり滂沱のごとく涙を流すソフィアさんが、白毛の子の首筋に抱きつこうとしたが、盾で庭の隅まではじき飛ばされた。


 ――なっ! 天馬も盾ではじけるんだ。


 その場の雰囲気が一瞬、しらじらとしたものになったが、ソフィアさんはまったく気にしていない様子で、ずっと憧れのまなざしを天馬に送り続けた。


 そうこうしているうちに、村長さんと顔を真っ赤にした恋する乙女顔のシルヴィアさんが、どこからともなく庭に現れた。


 ――なっ! あれは、たぶん、終わってる。何があったかはわからないけど、終わってる。見逃したー。


 がっくりと肩を落としてたたずむわたしに、雨っちと雲っちが栗毛の子に乗って近寄って来た。


「ソラっちは代官さんを乗せて、あとをついてきてね、乗ってるだけで、勝手にわたしたちについてくると思うけどね」


 すっかりいつもの表情に戻ったシルヴィアさんが、わたしに頭を下げた。


 わたしは白毛の子にまたがり、シルヴィアさんを前に乗せて盾で包んだ。


 みんなが手をふってわたしたちを見送り、天馬は脚を大きく蹴りあげて一気に高度を上げた。


 眼下に広がる村があっというまに小さくなり、わたしたちは空を翔けあがった。


 天馬の盾とわたしの盾が混じり合い、風を切って飛ぶ感覚が気分を高揚させる。


 栗毛の子が近寄って来て、横並びになって、また離れていった。


 雲っちが雨っちの背中にもたれながら、こちらに手を振った。


 わたしの前に乗っているシルヴィアさんだけが、体をガチガチにしてブルブルと震えていた。


 ――天馬は聖エルフにしか操れない。というより、盾を持っていなければ、天馬の飛ぶ速度に耐えられないんだろう。


 天馬はけっこう気まぐれで、たまに逆さまになってみたり、急にちからを抜いて低空飛行したりするのだ。


 その度に、シルヴィアさんが体を硬直させて悲鳴をあげる。


 わたしや双子は盾のつながりが感覚として分かるので、手を離しても落ちないことが分かるのだが、シルヴィアさんはただ運ばれているような感覚しかないのかもしれない。


 双子の話によると、徒歩であれば四日はかかるイザヴェルに、天馬であれば三十分ほどで到着できるらしい。


 そう考えると、盾を持っているものにとっては、これほど効率のいい移動手段はない。


「ウルズ村に行くときも天馬に乗せてもらいましたけど、おそらく一生慣れることはありませんわ」


 シルヴィアさんがふるえる声で話しかけてきた。


「でも、シルヴィアさん代官になるんでしょう。これからは雨っちたちと出かけることもあるんじゃない?」


 雲っちが干し芋のようなものをポケットから出して、天馬の背中でむしゃむしゃと食べているのを横目に見ながら、シルヴィアさんに応えた。


「代官の仕事は書類とにらめっこすることですから、しばらくは天馬に乗ることもないですわ。これから書類をにらみつけ、そして旧代官派の不正をしらみつぶしにしていくだけで、何年かかることやら」


 栗毛の子が急に近づいてきて、わたしたちの乗っている白毛の子に軽くぶつかった。


「不正なんてあるの? 前の代官さんは悪徳代官なの?」


 栗毛の子が白毛の子をくりっとした目でのぞきこんで、そして速度を上げた。


「代官は悪徳ではなくたんなる役立たずなのですが、代官一族は長い年月をかけて、色々な官職を独占し、こつこつと私腹を肥やしているのですわ。聖エルフ様がたとはちがって、エルフにはどうしても私欲がございますから、大きな都市になればなるほど腐敗が進んでいきますわ」


 白毛の子が追いかけっこをするように、脚を大きくふりあげて栗毛の子を追った。


「そうなんだ。わたし、エルフってみんな仲良く幸せに暮らしてるって思ってた」


 シルヴィアさんがわたしのほうを振り返って、目を潤ませた。


「それはソラさまがウルズ村にいらっしゃったからですわ。あの麗しく高邁な村長様がウルズ村を公正に治めてらっしゃるからそう思うのですわ」


 ――そういえば、村長さんとシルヴィアさんの密会はどうなったんだろう? さすがの村長さんのことだから、うまくシルヴィアさんの恋心をつないだんだろうな。


「たしかに、あの明敏で公平無私な村長様のようなかたが郡の代官であったならば、わたくしも代官に取ってかわろうなどとは思いもよらなかったですわ。本来であれば、わたくしのように一族を持たぬ者がどれだけ望んでも代官になれるわけがなかったでしょうし、ソラ様のおかげでこのような地位を得たことは、やはり聖樹様の御意志であると思いますの。その御期待に応えるべく、できるかぎり皆が公平に取り扱われるようにすることが、これからのわたくしの存在意義となりますわ」


 ――やっぱり、村長さんの様付けとふたつのほめ言葉は必須なんだね。


「うん? 一族を持たないってどういうこと?」


 わたしはシルヴィアさんの言葉にふと引っかかりを感じた。


「そういえば、話しておりませんでしたわね。わたくしは孤児ですの。田舎では一族全てが消えてしまうなどということは通常考えられませんが、大きな都市となればいろいろな事情から、親類縁者がまったくいない者もめずらしくはないのですわ。ただ、わたくしに一族がいないということは、公正な政治をおこなう助けになると考えておりますわ。それこそが、わたくしがソラさま、ひいては聖樹様に代官として選ばれた理由だと思うのですわ」


 ――なるほど、そんな事情が。とはいっても、シルヴィアさんを代官にしたのは雨っちなんだけど、そのへんはどうなってるんだろうね。


「そうなんだ。すごいんだね、シルヴィアさんって。そんな境遇なのに史上最年少の一等書記官になって、さらには史上最年少の郡の代官になるだなんて」


 ――なにも知らずにエルフの社会を楽園のように考えてたけど、エルフさんにもいろいろとあるんだな。


「わたくしなど計算ができるだけの頭でっかちのバカですわ。それをソラ様と明達で賢慮な村長様のおかげで気がつくことができましたわ。これからは穎悟で仁恕な村長様にすこしでも追いつけるよう励みますわ」


 ――うーん、もはや村長さんへのほめ言葉の意味すらよく分からないんだけど。


 そんなことを思っていると、家屋が密集する大都市が目に飛び込んできて、みるみる近づいてきた。


 雨っちと雲っちを乗せた栗毛の子がしだいに高度を下げ、白毛の子も後に続いた。


「あれがイザヴェル郡の都、イザヴェルでございますわ、ソラ様」


 シルヴィアさんがまるで敵地に乗り込むかのように、キッとまなじりを上げて、メガネを光らせた。

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