39 ソラ、告白される?
にわとりのけたたましい鳴き声が、わたしの意識をぼんやりとした眠りの中から引きずり出した。
わたしにしがみついて寝ている雨っちと、その雨っちにしがみついて寝ている雲っちが、半分閉じられた視界の中で薄暗く光っていた。
陽が昇る前の薄暗い部屋の中で、自分に欠けているものをたぐり寄せるかのように、雨っちの腕に力が入った。
――うん、そうだった。雨っちも雲っちもまぶしくて寝られないって言いながらも、結局は一緒に寝たんだった。
雨の聖エルフと雲の聖エルフ。
聖樹様の御子にしてイザヴェル郡を管理する双子の聖エルフ。
わたしは聖エルフという存在を、神である聖樹様が創造した完璧な存在だと思っていたのかもしれない。
ところがどうだろう、ふたを開けて飛び出してきたのは、天真爛漫な二千歳の双子のこどもだ。
雨っちは昨日のお風呂の後から、わたしにべったりくっついて甘えてくる。
まるで、聖樹様にかまってもらえなかった二千年を一気に埋めようとするかのように。
わたしが動くと雨っちがくっついて動き、雨っちが動くから雲っちがくっついてくる。
双子とはいっても雨っちと雲っちの関係は姉と弟のようだ。
そして雲っちは姉である雨っちに頼り、雨っちは弟である雲っちを助けて、二千年間ずっとエルフのために働いてきたのだろう。
知識だけを持たされて、生まれてすぐに聖エルフとしてエルフたちを導き、聖樹様の御子として振る舞うことを求められる。
聖エルフとはいったい何者なのだろうか?
わたしは雨っちの腕を抜けだし、双子が抱き合うかたちに動かして、そっと障子を開けた。
隙間から体をすべらせて、縁側を音をたてないように端までいってしゃがみこんだ。
夜明け前の、凛とした冷気をまとった風が足もとから巻き起こった。
――聖エルフは生まれた時に、すべてのものを持たされている。
エルフの言葉を操り、エルフの価値観を持ち、聖エルフの盾とちからを持っている。
雨っちも雲っちもそう言った。
それに引き換え、わたしはどうだろう。
エルフの言葉を操り、聖エルフの盾とちからを持ち、結界を張ることだってできる。
ただ、エルフの価値観を持っていない代わりに、雨っちたちとは違う思考言語とものさしらしきものを持っている。
今日、ギムレーに行って聖樹様に会えば、何か分かるだろうか。
謎解きに行ってみたいような気もするが、このまま行かずにすませたいとも思う。
記憶を取り戻すことがわたしの幸せにつながるとは限らないと、わたしのものさしが言っているような気がするのだ。
わたしは縁側の床を盾で掃くように指をすべらせた。
ふと頭を上げて、庭に視線を送った。
まだ明けきらぬ陽の光が、雲を伝ってあたりを暗闇から浮かび上がらせた。
「ソラ様、……あの、……おはようございます」
気がつかないうちに、アルがすぐそばに立っていた。
「あれ? アル、おはよう。こんなに朝早くから、どうしたの?」
そういえば、初めてアルと会ったのもこんな朝の早い時間だった。
「あの、……ソラ様が、聖樹様のところに行っちゃうって聞いて、……その、……」
アルが直立不動の姿勢で、唇を震わせながら、視線をさまよわせた。
「うん? それで心配して来てくれたんだ。大丈夫だよ。聖樹様に会ったらすぐ帰って来るからね。天馬に乗っていけば半日で着くんだって」
わたしはアルに手招きして、縁側に座るようにうながした。
「本当ですか? 本当にすぐ帰って来るんですか? そのまま帰って来ないってことはないですよね?」
アルは両手を握りしめたり開いたり、パタパタ振りながら、口をとがらせた。
「アルも昨日見たんじゃない? わたしが天馬に乗ってるところ。すごいよー、あの速さで飛んだらどこからだってあっというまに帰ってこられるよ」
――ふふっ、そうか、アルはわたしがいなくなるかもしれないって思って、こんなに朝早くにやってきたのか。いつもながら、かわいいね。
アルは立ったままピンと背筋を伸ばし、わたしの目を覗き込んで、そして、照れたように視線を外した。
「あの、……ソラ様に、……その、……ソラ様にとって、……僕って、その、特別ですよね?」
アルは顔を真っ赤にしてうつむいて、両手で耳をつかんで下に引っ張った。
「うん? そうだね、アルは特別だね、いつも一緒に遊んでるしね。うん、特別だよ」
わたしはそう応えながら、心臓の音がトクンとなったのが聞こえた気がした。
――これは、……これは、ひょっとして、こ・く・は・く?
わたしが遠くに行っちゃうって聞いて、わざわざ朝早くに会いに来た。
いつものアルとはちがうぎこちない動きとつっかえつっかえの言葉。
「そうですよね、……ソラ様は最初に会ったときに、僕のことをアルって呼んで髪を直してくれたし」
――これは、まちがいない! どうしよう、これは告白だよ、たぶん。
この年頃の男の子って年上の女の人に憧れるっていうし、ふたりが離れ離れになるかもっていう状況が、いっそう恋心を加速させて。
うーん、でも、アルは年下だし。
とはいっても、三歳違いとしてアルが二十歳の時はわたしは二十三歳。
うん、うん、それならば問題ないよね。
でも、今すぐはどうかなー? でも、ここで断わっちゃったら、せっかくのわたしの生涯初の告白が台無しに。
「昨日も、僕のお父さんのケガを治してくれて、……それに、僕のお母さんのことを、おかあさんって呼んでくれたってことは、つまり、その僕のことを」
――うーん、ここはうまくアルに期待を持たせながら、大きくなるまでわたしを好きでいてもらえるような返事をしなければ。
むずかしい、むずかしいよ、アルにふられたと思わせず、かつ恋心を持ち続けてもらうという、言うなれば姉を大好きな弟のような。
お・と・う・と?
「その、……もちろん、ソラ様がそのえらいかただっていうのはわかってるんです。でも、……僕のこのソラ様を想う気持ちを」
頭痛の前触れのように、頭がどこかチリチリする。
――なんて言ったの? 初めて会ったときにアルって呼んだ? なぜ? アランの愛称がアルって知ってたの?
アルのお父さんの火傷を見てからの記憶がぼやけてるのはなぜなの?
アルのお母さんのことをおかあさんって呼んだ?
また、あの頭痛だ、頭が割れそうだ。
そういえば、初めて村に来たときに、エルフの女の子の声が聞こえた。
ヤット、カエッテキタって。
ソフィアさんを初めて見たときになぜ女性だと思ったの?
アルのお姉さんが三カ月前に煙にまかれたって、たしか、パウラさんって。
そう思ったとき、こめかみを押さえる程度ではすまない強烈な痛みがわたしを襲った。
「痛い! 痛い! 痛い! あ・た・ま・が……」
わたしは床に突っ伏して頭を腕でおおった。
――いや、考えろ、もうすこしだ、なにかを思い出しかけてる。
なぜ、わたしはみんなの言葉がしゃべれるの?
そうだ、パウラだ、わたしはパウラの記憶を持ってるんだ。
じゃあ、わたしはアルのおねえさ、……いや、ちがう、パウラはこの村のエルフだ。わたしの思考言語はどうなるの? 言葉がちがう。ものさしもちがう……。
ふっと頭の痛みが消え、そして、わたしは意識を手放した。




