38 ソラ、双子とお風呂に入る
「んー、やっぱりソラっちって胸が大きいよね、初めて見た時からそうなんじゃないかって思ってたけど、やっぱりね」
雨っちがわたしの胸をまじまじと見つめながら、手ぬぐいを頭にのせた。
「えっ! そんなことないよ。その、……ささやかなものだと思うけど……」
わたしは雨っちの胸をちらっと見て、自分の胸を腕でおおった。
「ささやかじゃないよ、わたしはエルフよりはるかに胸が大きいけど、ソラっちってさらに大きいよね、んー、けど癒やしっちには負けるけどね、癒やしっちの胸は、わたしの頭より大きいからね」
ソフィアさんもそうなのだけど、エルフさんたちはみんな胸が小さい。
それにくらべれば、わたしや雨っちの胸はたしかに大きいといえば大きいのだけど、わたしの基準でいえばささやかなという言葉がしっくりくる。
わたしの記憶に眠っているものさしのようなものに照らし合わすと、わたしの耳は長すぎだし、胸はささやかなのだ。
ただ、雨っちの十四、五歳に見える容姿からすれば、充分立派な胸だともいえる。
とはいえ、双子は二千百六十三歳なのだから、もはや何を基準にしたらいいのかさだかではない。
「んー、やっぱり温泉はいいよね、それに雲っち以外とお風呂に入るのって久しぶりだし、なんか癒やされるわ、そういえばソラっちって聖樹様の化身だから、わたしのお母さんになるわけじゃない、んー、そう思うと初めてよね、一緒にお風呂に入るのって、んー、そうか、だから癒されるのか、ふふふふっ」
雨っちが幸せそうにわたしに抱きついてきた。
「えー、ちがうよ、雨っち。わたしは聖樹様じゃないからね。明日ギムレーに行っても、わたしのことはちょっと変わった普通のエルフって紹介してよね」
わたしはひじで雨っちの腕をはずして、くっついていたからだをを引き離した。
「んー、聖エルフはともかく、普通のエルフって無理じゃないかな、誰も納得しないと思うよ、いいじゃない、聖樹様ってことで、んー、ソラっちやさしいから、きっと聖樹様だよ」
雨っちは甘えるように、わたしの腕にしがみついた。
「聖エルフが現われたって報告したら、偽物じゃないかって前の代官さんに言われたわけだし、聖樹様だなんて報告したら大問題になるんじゃない?」
雨っちは大きな茶色の目をくるっと回して考えこんだ。
「んー、そんなことないよ、それは代官さんがバカだっただけで、明日会うのは神っちだからね、神っちは頭いいから大丈夫だよ」
――いや、いや、そんな問題じゃないような気がするんだけど。
「そんなことより、ソラっち、あのね、お願いがあるんだけど、聞いてくれる? 聞いてくれるよね」
雨っちはわたしにぐいぐい体を密着させてくる。
「あのね、……わたしね、生まれてからずっと聖樹様の言いつけを守ってね、雨を降らしたり、雲を追い払ったりね、そりゃあ、普段ゴロゴロしてたりもしてたけどね、雲っちと一緒にがんばってきたの、……その、……だからね」
ウルウルした瞳で、わたしの瞳の奥を一心に見つめる。
「だからね、……その、……ほめてほしいの、よくがんばったねって、ほめてほしいの、誰もほめてくれないの、神っちはいっつもまじめに働けってうるさいの、ぜんぜんほめてくれないの、エルフはわたしたちにあれをして、これをしてって言うけど、ほめてくれないの、すごいですねとか、さすがですねって言うけど、ほめてくれないの……」
雨っちの大きな茶色の瞳が涙でにじんで、まつげがブルブルと震えた。
――聖樹様がどれほど雨っちを神の色で染めても、エルフがどれだけ聖エルフをほめたたえても埋められないものがあるのだろうか?
わたしにその足りない何かを埋めることなんてできるのだろうか?
そう思いながらも、わたしは雨っちをちからいっぱい抱きしめていた。
それから額と額を突き合わせて目を合わせ、頭をわしゃわしゃとなでた。
「うん、うん、雨っちはがんばったよ。二千百六十三年間ずっとエルフのために働いてきたんだね。うん、うん、雨っちはすごいよ。いいよ、たまには休んで温泉に入っておいしいものを食べて、ゴロゴロしなさい。みんな言葉にしないだけで、本当は分かってるんだよ。雨っちがどれだけがんばったか、分かってるんだよ。安心していいよ」
雨っちはわたしにしがみついて、大きな声をあげて泣きだした。
もらい泣きだろうか、わたしもいつしか雨っちと一緒に涙を流していた。
どのくらいのあいだ、ふたりでそうしていただろう。
いきなりお風呂場の引き戸が開いて、はだかの雲っちが入ってきた。
「もー、おそいよー、ふたりともー、もう一緒に入っちゃうよー」
雲っちは生まれたままの姿で、こちらに走って来ると、ぴょんとお風呂の壺に飛び込んだ。
「んー、いいんじゃない、三人で入ろうよ、このお風呂広いから、余裕だよね」
雨っちが涙のあとを消すように、お湯をすくってごしごしと顔をこすった。
「ちょっとー! ふたりは双子だからいいかもしれないけど、わたしはどうするのよー!」
わたしは目を宙にさまよわせて、できるだけ雲っちを見ないようにした。
「んー、いいんじゃない、だってソラっちは聖樹様だから、わたしと雲っちのお母さんじゃない、こどもとお風呂に入って恥ずかしいなんてことないよね、ねえ、雲っち」
「あー、そうかー、なんだー、じゃあ最初から一緒に入ればよかったじゃん、待ってて損しちゃったよー」
雲っちがそう言って、お湯の中に頭を沈めてブクブクと泡を出した。
「ちょっとー! 聖樹様じゃないって言ってるし、こどもなんて産んだことないわよー!」
わたしは雲っちが雨っちの向こう側になるように、体を丸めながら移動した。
「んー、だって記憶がないんでしょ、ソラっち、忘れてるだけで、産んだんじゃないの? わたしね、決めたから、ソラっちのこどもになるから、んー、もうこどもなのか、まあ、いいっか」
雨っちがニコニコしながら、雲っちの頭を押さえた。
雲っちがブクブクと出してた泡をとめた。
水しぶきと一緒に雲っちが水面に跳び上がって、雨っちが大きな声で笑った。




