36 ソラ、双子を恐れさせる
双子は大きな茶色の目をくるくるっと回して、首を大きくかしげた。
ゴーンと鈍い音を立てて、お互いの頭がぶつかった。
目をパチパチと瞬かせながら、お互いの頭をよしよしとなでた。
そして、手を取りあって立ち上がり、広間の隅までこそこそと移動して、大きな声でひそひそ話を始めた。
「あんなこと言ってるけどどうするー、雨っち? 僕はいいと思うよー、だってさー、ここから聖樹様のところに行くのって半日はかかるでしょー、そのあげくさー、きっと風っちと氷っちに見つかって氷漬けにされてさー、誰が得すんのって話じゃん、ソラっちがここで暮らしたいって言ってるんだしさー、もう、それでいいじゃん」
「ちょっと、なに言ってんのよ、そりゃあ、わたしだってわざわざ氷漬けになんてされに行きたくないわよ、でも聖エルフを見つけて、報告もせずにほうっておいたら、神っちにあとでなんて言われるか分からないわよ、そうなったらぜんぶ雲っちのせいだからね、それでいいんならそうしなさいよ」
「えー、僕のせいなのー? それってずるくない? でもさー、氷っちの妹なんだよー、怒ったらどうなるか分からないよー、怒ってなくてもあれだけピカピカなんだよー、怒ったらどうなるのさー、僕らふたりで引きずっていけるわけがないんだからさー、やめとこうよー、というかさー、面倒だしさー、ここで暮らすって言ってるだけでさー、逃げるわけじゃないんだからさー、そうだ、風っちと氷っちが来ればいいんだよー」
「んー、そうね、たしかに面倒だね、そもそもなんでわたしたちがここに来てるの? 最初っから風っちと氷っちが来ればよかったんじゃない? そこがまちがいなんじゃない? 来なかったことにしたらいいんじゃない? ねえ、そうしようよ、わたしはソラっちのことを見たことも聞いたこともない、んー、ばっちりじゃない、今日ここにきたのは雲っちだけで、わたしは来ていない、んー、これでいこう」
「えー、それってどういうことー? 僕は来たってことー? 僕も来てないことにはならないのー? なんでさー?」
「考えてもみなさいよ、誰も来てないっておかしいでしょう? 天馬だって飛んでんのよ、雲っちぐらい来たことにしておかないとあとで突っ込まれるわよ」
「それはそうだけどー、じゃあさー、雨っちが来たってことにしてよー、なにも僕じゃなくてもいいじゃん」
「んー、ちょっと目を閉じて、雲っち、んー、そうそう、これで雲っちはここに来たけど、ずっと目を閉じてたことにするから、んー、こっちこっち、このまま連れて帰ってあげるからね」
――えっ? それでいいの? ありがたいんだけど、そんなことで大丈夫なの? 本当に?
目を閉じた雲っちを、その手を取った雨っちが先導して、わたしにじゃあねーと手をふって歩き出した。
「ありがとうねー、雨っち、雲っち、気をつけて帰ってねー」
わたしも雨っちに手をふり返して笑顔で見送ろうとした。
「お待ちください、雨の聖エルフ様、雲の聖エルフ様」
突然、シルヴィアさんの高く張った声が広間中に響き渡った。
正座のまま背筋をぴんと張り、メガネの横からのぞくまなじりがキッと上がっている。
双子をまっすぐ視線の先にとらえ、大きく息を吸い、力のこもった声を出した。
「ソラ様は聖樹様と同じく結界を張ることができます」
雲っちが薄目を開け、雨っちが疑わしげに目を細めてシルヴィアさんを見た。
「なに言ってるの書記官、あなたそもそも聖樹様の結界を見たことがあるの?」
雨っちが険しい表情で冷たく言い放った。
「はい。一度だけではございますが、ギムレーを訪れ聖樹様の結界をくぐったことがございますわ」
シルヴィアさんは一歩も引かない構えで、雨っちに応えた。
「へー、そうなの、でも結界を張れる聖エルフなんてありえないわ、そんな適当なことを言って無事ですむと思ってるの?」
雨っちはすこしあごを上げて、見下したような視線をシルヴィアさんに向けた。
「まちがいであればどのような罰でも受けますわ」
シルヴィアさんは腰を曲げながらも、低い姿勢から鋭い視線を返した。
「いいわ、じゃあ、見せてもらうわ、そのかわり、まちがいだったら書記官を辞めてもらうわよ」
雨っちはピンとはじき飛ばすように、ソフィアさんに人差し指を向けた。
「ということは、もしソラさまが結界を張れたら、ほうびをいただけるのでしょうか?」
シルヴィアさんは大袈裟に首をかしげてみせた。
「そうね、それは、そうなるわね、まあ、ありえないけどね」
シルヴィアさんは頭を深く下げ、その表情を雨っちから隠した。
「では、そのありえないことが起こったなら、わたくしを代官にしていただきとうございますわ。むろん、ありえないことでしょうが」
雨っちがあごを引いて、シルヴィアさんをまじまじと見つめた。
「んー、いいわ、いずれにせよ、代官さんには罰が必要だし、新しい代官をあなたにしてもいいわよ、まあ、ありえないけどね」
――えー! どうするの、これ? わたしはどうしたらいいの?
えーっとー、結界を張るとシルヴィアさんが代官になって、その場合わたしはどうなるの?
結界を張れなかったら、シルヴィアさんが仕事をクビになって、わたしは村で暮らせるの?
そもそもわたしの張ってる結界って、シルヴィアさんが結界だっていったから、結界ってことになってるんだし。
ひょっとしたら結界じゃない可能性もあるわけだ。
「あのー、雨っち、もし結界を張れたら、わたしはどうなるか聞いていいかな?」
わたしは思い切って雨っちに答えを聞いてみた。
――うんうん、先に聞いておかないとね。
どちらが正解か分からないもんね。
「結界は聖樹様しか張れないわよ、もし結界が張れたら、それは聖エルフではないわ」
――うん? 聖エルフではない?
ということはわたしが結界を張れれば、シルヴィアさんは代官になれて、わたしは村で暮らせるってことだね。
「ん、そうなんだ。じゃあ、やってみるね」
わたしは手をかかげて聖樹様の結界を思い浮かべ、軽く振りおろした。
盾から風が巻き起こり、わたしを中心に半円状の透明の膜がかたちづくられた。
「これって結界なのかな? それとも風の壁か何かかな? どう思う、雨っち?」
わたしはちょっとわくわくしながら、答えを教えてもらおうと雨っちを見た。
――うんうん、分からなかったことが解き明かされるっていいよね。
しかし、わたしが視線を送った先には、すでに雨っちも雲っちもいなかった。
わたしの視界に映ったのは、広間の隅っこで抱き合ってぶるぶる震えている双子の姿だった。




