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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第二章 エルフの少女ソラ
36/91

36 ソラ、双子を恐れさせる

 双子は大きな茶色の目をくるくるっと回して、首を大きくかしげた。


 ゴーンと鈍い音を立てて、お互いの頭がぶつかった。


 目をパチパチと瞬かせながら、お互いの頭をよしよしとなでた。


 そして、手を取りあって立ち上がり、広間の隅までこそこそと移動して、大きな声でひそひそ話を始めた。


「あんなこと言ってるけどどうするー、雨っち? 僕はいいと思うよー、だってさー、ここから聖樹様のところに行くのって半日はかかるでしょー、そのあげくさー、きっと風っちと氷っちに見つかって氷漬けにされてさー、誰が得すんのって話じゃん、ソラっちがここで暮らしたいって言ってるんだしさー、もう、それでいいじゃん」


「ちょっと、なに言ってんのよ、そりゃあ、わたしだってわざわざ氷漬けになんてされに行きたくないわよ、でも聖エルフを見つけて、報告もせずにほうっておいたら、神っちにあとでなんて言われるか分からないわよ、そうなったらぜんぶ雲っちのせいだからね、それでいいんならそうしなさいよ」


「えー、僕のせいなのー? それってずるくない? でもさー、氷っちの妹なんだよー、怒ったらどうなるか分からないよー、怒ってなくてもあれだけピカピカなんだよー、怒ったらどうなるのさー、僕らふたりで引きずっていけるわけがないんだからさー、やめとこうよー、というかさー、面倒だしさー、ここで暮らすって言ってるだけでさー、逃げるわけじゃないんだからさー、そうだ、風っちと氷っちが来ればいいんだよー」


「んー、そうね、たしかに面倒だね、そもそもなんでわたしたちがここに来てるの? 最初っから風っちと氷っちが来ればよかったんじゃない? そこがまちがいなんじゃない? 来なかったことにしたらいいんじゃない? ねえ、そうしようよ、わたしはソラっちのことを見たことも聞いたこともない、んー、ばっちりじゃない、今日ここにきたのは雲っちだけで、わたしは来ていない、んー、これでいこう」


「えー、それってどういうことー? 僕は来たってことー? 僕も来てないことにはならないのー? なんでさー?」


「考えてもみなさいよ、誰も来てないっておかしいでしょう? 天馬だって飛んでんのよ、雲っちぐらい来たことにしておかないとあとで突っ込まれるわよ」


「それはそうだけどー、じゃあさー、雨っちが来たってことにしてよー、なにも僕じゃなくてもいいじゃん」


「んー、ちょっと目を閉じて、雲っち、んー、そうそう、これで雲っちはここに来たけど、ずっと目を閉じてたことにするから、んー、こっちこっち、このまま連れて帰ってあげるからね」


 ――えっ? それでいいの? ありがたいんだけど、そんなことで大丈夫なの? 本当に?


 目を閉じた雲っちを、その手を取った雨っちが先導して、わたしにじゃあねーと手をふって歩き出した。


「ありがとうねー、雨っち、雲っち、気をつけて帰ってねー」


 わたしも雨っちに手をふり返して笑顔で見送ろうとした。


「お待ちください、雨の聖エルフ様、雲の聖エルフ様」


 突然、シルヴィアさんの高く張った声が広間中に響き渡った。


 正座のまま背筋をぴんと張り、メガネの横からのぞくまなじりがキッと上がっている。


 双子をまっすぐ視線の先にとらえ、大きく息を吸い、力のこもった声を出した。


「ソラ様は聖樹様と同じく結界を張ることができます」


 雲っちが薄目を開け、雨っちが疑わしげに目を細めてシルヴィアさんを見た。


「なに言ってるの書記官、あなたそもそも聖樹様の結界を見たことがあるの?」


 雨っちが険しい表情で冷たく言い放った。


「はい。一度だけではございますが、ギムレーを訪れ聖樹様の結界をくぐったことがございますわ」


 シルヴィアさんは一歩も引かない構えで、雨っちに応えた。


「へー、そうなの、でも結界を張れる聖エルフなんてありえないわ、そんな適当なことを言って無事ですむと思ってるの?」


 雨っちはすこしあごを上げて、見下したような視線をシルヴィアさんに向けた。


「まちがいであればどのような罰でも受けますわ」


 シルヴィアさんは腰を曲げながらも、低い姿勢から鋭い視線を返した。


「いいわ、じゃあ、見せてもらうわ、そのかわり、まちがいだったら書記官を辞めてもらうわよ」


 雨っちはピンとはじき飛ばすように、ソフィアさんに人差し指を向けた。


「ということは、もしソラさまが結界を張れたら、ほうびをいただけるのでしょうか?」


 シルヴィアさんは大袈裟に首をかしげてみせた。


「そうね、それは、そうなるわね、まあ、ありえないけどね」


 シルヴィアさんは頭を深く下げ、その表情を雨っちから隠した。


「では、そのありえないことが起こったなら、わたくしを代官にしていただきとうございますわ。むろん、ありえないことでしょうが」


 雨っちがあごを引いて、シルヴィアさんをまじまじと見つめた。


「んー、いいわ、いずれにせよ、代官さんには罰が必要だし、新しい代官をあなたにしてもいいわよ、まあ、ありえないけどね」


 ――えー! どうするの、これ? わたしはどうしたらいいの? 


 えーっとー、結界を張るとシルヴィアさんが代官になって、その場合わたしはどうなるの?


 結界を張れなかったら、シルヴィアさんが仕事をクビになって、わたしは村で暮らせるの?


 そもそもわたしの張ってる結界って、シルヴィアさんが結界だっていったから、結界ってことになってるんだし。


 ひょっとしたら結界じゃない可能性もあるわけだ。


「あのー、雨っち、もし結界を張れたら、わたしはどうなるか聞いていいかな?」


 わたしは思い切って雨っちに答えを聞いてみた。


 ――うんうん、先に聞いておかないとね。


 どちらが正解か分からないもんね。


「結界は聖樹様しか張れないわよ、もし結界が張れたら、それは聖エルフではないわ」


 ――うん? 聖エルフではない?


 ということはわたしが結界を張れれば、シルヴィアさんは代官になれて、わたしは村で暮らせるってことだね。


「ん、そうなんだ。じゃあ、やってみるね」


 わたしは手をかかげて聖樹様の結界を思い浮かべ、軽く振りおろした。


 盾から風が巻き起こり、わたしを中心に半円状の透明の膜がかたちづくられた。


「これって結界なのかな? それとも風の壁か何かかな? どう思う、雨っち?」


 わたしはちょっとわくわくしながら、答えを教えてもらおうと雨っちを見た。


 ――うんうん、分からなかったことが解き明かされるっていいよね。


 しかし、わたしが視線を送った先には、すでに雨っちも雲っちもいなかった。


 わたしの視界に映ったのは、広間の隅っこで抱き合ってぶるぶる震えている双子の姿だった。

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